40話

 夜になると、せっかくトーイが来てくれたから家族になるし、皆で食事をしようとなってダイニングルームに集まる事になった。

 いつもならトーイ君に会えるとルンルン気分でアニモにとびっきり綺麗にしてとお願いするところだが、さっきのやりとりが完全に尾を引いていて今のわたしにそんな余裕は無い。なんなら食事に行きたくないまである。

 あれから部屋に戻るなり、ひとしきり泣いたせいで目は赤くなってしまったし、そのまま泣き疲れて眠ったせいでむくみも酷い。こんな状態でトーイ君に会うなんて色々な意味で嫌だ。


 (行きたくないけど……ミラーナさんやお兄ちゃんが心配しちゃうだろうし、行くしかないよねぇ……はぁ~、気まずいなぁ)


 そこでふと思いつく。理由はよく分からないが、自分も治癒の術が使えるのであればもしかしたら、今のこの酷い状態の顔も治せるのではないかと。

 試しに手を自分の顔に当ててみるが、あの時は必死だったのでどうやって治癒術を使ったのか全く覚えていなかった。


 (うーん。とりえあず、なんか念じてみたら治ったりするかな? 痛いの痛いの飛んでいけー、なんてね)


 心の中で呟いたのと同時に、あの時ほどではない淡い白の光に包まれる。

 確認の為に部屋の中にある鏡で自分の顔を確認すると、先ほどまでの酷い顔色が嘘のようにいつも通りになっていた。


 (わたし、本当に治癒術が使えたんだ……)


 あの日以来、慌ただしい日々だったので確認する時間がなかったが本当にラビルは治癒術が使えるようだった。代わりに家門である火の術は使えない。これに関して、トーイは小説には兄妹共に火の術が使えるという設定だったと思うんだけどなと不思議がっていた。

 もしかしたら、ラビルとして転生したのが朱音だったから使えなくなった可能性もある。本来、火の術が使えたはずなのに使えなくなったのは、前世で火に対して強い嫌悪感を抱いてしまったからかもしれない。代わりに治癒術が使えるようになったのは、前世の最期に自分を庇って大怪我をした兄を救いたかったという強い願いが起因している気がした。

 そして、ミラーナの婚約破棄を頼む為に王太子であるコルディニアをうちに招いて、あの事件が起きたのだ。結局、犯人であるメイドは自害したが、ビリアスが調べた結果、王太子の命を狙う勢力の一部の組織的犯行のようだった。シュデリウス家に招待されたという情報をどこからか知って、メイドを潜入させていたようだ。恐らくラビルが自宅に誘ったかどうかは関係なく、いずれは起きた事件だったのだろう。

 しかし、ラビルは自分が呼んだからという責任と罪悪感から治癒術を使って、本来ならあの場で尽きる宿命だったコルディニアの命を救ったのだ。

 朱音がラビルとして転生した事で小説の物語を大きく変えてしまったのだろう。

 どうしたものかと一人で頭を抱えていると、控えめにドアをノックされる。


 「あの、ラビルちゃん。少しだけ、お話いいかな?」

 「ミラーナさん!? 待ってね、今すぐ開けるから!」


 ドアを開けると眉を下げたミラーナが立っていて、目が合うとすぐに頭を下げられた。


 「ラビルちゃん、さっきはごめんなさいね。トーイがあんな事を言い出してしまって……」

 「え? ……ううん。それはミラーナさん悪くないし、気にしないで! まだ少し時間あるし、部屋でお話しよ?」


 でも、とまだ謝罪しようとするミラーナの背をいいからいいからと押して、ソファに座らせる。


 「お菓子……は食事前だからダメか。ちょっと口寂しいけど、紅茶だけでもどうぞ」

 「ふふ、そうだね。ありがとう」


 アニモがせっかく淹れてくれていたけど、全く飲む気にはなれなかったその紅茶をミラーナにも譲る。少しだけ冷めていたけど、十分美味しくて一気に飲み干してしまった。気が付かないうちに涙でかなりの水分を失っていたようだ。


 「……ねぇ、ラビルちゃん。あなたは本当にこのままでいいの?」

 「え? な、なんの話かな?」


 わざとらしくボケてみたが、ミラーナのまっすぐに見つめてくる青の瞳はトーイと同じで、お揃いの色いいなぁなんてぼんやりと見当違いの事を考えてしまった。


 「ラビルちゃん。トーイの事、どう思ってる?」

 「え! そ、それは、えっと」


 なんて答えればいいのか、必死に頭の中で思考を巡らせる。

 わたしが返事をする前にミラーナが言う。


 「ラビルちゃん、トーイの事が好きなんでしょう?」

 「!」


 否定も肯定もしないわたしを見て、ミラーナは優しく微笑む。


 「なんとなく、気付いていたの。でも、私がこのままだと王太子殿下と結婚させられてしまうから、言わなかったんじゃないかなって」

 「それは……」


 そう言って悲しげな表情を浮かべるミラーナにわたしはうまく言葉を返せない。心優しいミラーナは誰かを犠牲にしてまで自分の幸せを得ようとは思わないだろう。だからこそ、あの時ラビルは自分からまるで積極的な雰囲気を出して王太子に婚約を持ち掛けたのだ。それは全てミラーナや兄に罪悪感を抱かせない為でもあった。

 トーイが誤解してしまう前に彼にも早く話をしたかったのに、なかなか予定が合わず、やっと今日会えたかと思えばあの有様である。


 「ごめんなさい! 本当はね、さっき二人の会話聞いちゃったの。それで、そうなのかなって」

 「あー、さっきの見てたのか……。でもね、私はお兄ちゃんとミラーナさんに幸せになってもらいたいんだ」

 「でも、それだとラビルちゃんの気持ちが」

 「大丈夫だから。私に任せて! ね?」


 力強く宣言するわたしを見てやっと諦めてくれたのか、申し訳なさそうにしながらも頷くミラーナに満面の笑みを向ける。

 少し誤解が生じてしまってはいるけれど、トーイにはまた改めて説明をして治癒術の使い手を探すのを手伝ってもらえばいい。幸いにもまだまだ時間はある。

 でも、ミラーナの婚約破棄についてはもう時間がないのでラビルが代わりに引き受けるしか方法が無い。

 もし、ラビルが自分の気持ちを優先させてしまえばミラーナはコルディニアと結婚しなくてはならなくなってしまう。コルディニアも悪い人間ではなさそうだったが、ミラーナの目にはビリアスしか映っていない。逆も然り。前世で叶えられなかった二人の幸せを今世でこそ、どうしても守り抜きたかった。


 「あー! もう時間じゃない? お兄ちゃん達お腹ペコペコで待ってるだろうから、早く行こ行こ!」

 「あ、本当だ。じゃあ、行きましょうか」


 ちらりと時計を見れば、約束の5分前になっていた。

 早く早くと急かすわたしにミラーナはくすっと小さく笑って、一緒にダイニングルームへ向かって歩き出す。

 向かう道中、また謝罪しようとするので首を横に振れば今度はありがとうとミラーナが笑顔で言う。この笑顔を守る為にも色々頑張らないと、と気合いが入るのだった。 


 わたしとミラーナがダイニングルームに到着すると、既に二人は来ていたようで遅いぞ、と兄から声を掛けられた。トーイは少し気まずそうに、それでもぎこちないながら笑顔を向けてくれた。それにわたしも何とか笑みを作って返して、席をどうしようか悩んだが兄の隣はミラーナが良いだろうと思い、トーイの隣に腰掛けた。

 トーイはこちらを見てはいないが、一瞬緊張した感じの空気感が伝わってきたがあえて気付いてないフリをする。


 「これで全員揃ったな。それじゃあ、食事にするか」

 「うん。いただきまーす!」


 ビリアスが全員を見渡して号令を掛けると共にラビルもカトラリーにスプーンに手を伸ばす。部屋に居た時は食事会に行きたくないと思っていたのに、目の前のご馳走を前にしてしまえばお腹が切なげに鳴りそうになるのだから現金な体だ。


 「そういえば、トーイ。シラセフ家の方は大丈夫? その、特に叔父様とか」

 「あー、平気平気。最初、王太子と婚約破棄するって言った時は顔を真っ赤にして怒り散らかしてたけど、ビリアスと結婚するって言ったら喜んでたよ」

 「そうか。何か困った事があれば俺も協力する。遠慮なく言ってくれ」

 「あぁ。でももう、話はついてるから平気だよ。ありがとな」


 こうして三人が話している姿を見るのは今世ではこれが初めてだったが、懐かしさで胸が一杯になってしまう。

 もし、あの火事が無かったらーーと思う日が無い訳ではないけど、今世では生活に困らない分、前世よりも恵まれていて幸せなのかもしれない。


 「ラビル、どうかしたのか? さっきから手が止まっているが」

 「あ、ううん。なんでもないよ。お兄ちゃんとミラーナさんの結婚式が楽しみだなぁと思って」


 考え事をしたいたからか、どうやら食事の手が止まっていたようで心配そうに兄が声を掛けてきた。本心の言葉を言えば、二人が幸せそうに微笑む。


 「ラビルちゃん、ありがとう。本当になんてお礼を言ったらいいのか……」

 「お礼なんていんだよ。二人には幸せになってほしいだけだし、」

 「お食事中のところ、申し訳ありません!」


 和やかに会話をしていると、緊迫した様子のアニモが飛び込んでくる。


 「どうした、何があった?」

 「はい。王家の敷地内で地震があったそうで、至急、治癒術の使い手に登城してほしいと皇帝陛下から直々の速達が届いております」


 アニモから受け取った手紙を読んでいたビリアスの表情が曇っていく。


 「……ラビル。おまえが来るようにと書いてある」

 「へ? 私?」


 まさかの名指しに驚いていると、ミラーナが椅子から立ち上がる。


 「でも、ラビルちゃんはまだ治癒術を使う事に慣れていないと思うわ。だから、私が代わりに行ったほうが」

 「それは無理だ」

 「え?」


 提案に対してずっと浮かない表情をしていたビリアスだったが、はぁと小さく息を漏らすと手紙を皆に見えるように広げて見せる。


 「王城への立ち入り許可証がラビルの分しかない。皇帝は恐らく、ラビルを逃がさないよう確実に手に入れようとしているんだろうな。これで行ったら城から出してもらえない可能性もあるだろう」

 「そんな……」


 ビリアスの推測にミラーナは声を震わせて、ラビルは愕然とした。ミラーナのように自由を与えてしまったら、また違う誰かに横取りされるのを皇帝が恐れているからというのが兄の予想だった。

 なんでも皇帝陛下は一度、大怪我をされて今は亡きコルディニアのお母様に治癒術を使って治されてから、治癒術の使い手に依存するようになったらしい。コルディニアのお母様は婚前は平民ながら治癒術を使い、診療所を営んでいたが皇帝の怪我を治してからすぐに正妃となった。それから、コルディニアが生まれたらしい。

 しかし、コルディニアは治癒術が使えなくて皇帝はそんな彼を見放した。それから母に育てられていたが、側妃やその子ども達に母が嫌がらせをされて精神を病んで、その心労がキッカケで亡くなると皇帝は更に治癒術の使い手に盲信するようになる。

 治癒術を使えないコルディニアが王太子殿下となれたのは、王家特有の七色の瞳を持っていたというそれだけの理由だった。

 だから、異母兄弟達からは無能だと罵られて、皇帝からは外交を遠ざけられて秘匿に近い存在だったようだ。

 これがトーイが様々なパーティーに参加して得た情報だった。

 

 (……そっか。だから、コルディはあの時、僕には何もないって言ってたんだ……)


 あの時は王太子なのにそんな事があるのかなと思っていたけど、そんな事情があったとは思いもしなかった。


 「……この話を聞いたからって、ラビルが責任を感じる必要はない」

 「え……?」


 顔を上げると、ビリアスがまっすぐにラビルを見つめてハッキリと言う。

 それに同調するようにミラーナもうんうんと頷いている。


 「うん、俺もそう思うよ。ラビルちゃんだけが背負いこまないで、俺達にも協力させてくれないかな?」

 「トーイ君……! うん、ありがとう!」


 やっとトーイと目を合わせて、心からの笑顔で向き合えた。

 まだまだ問題は山積みだけど、わたしには力強い存在がいる。

 だから、きっと大丈夫だ。

 

 

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