39話

 それから、ビリアスとミラーナの婚約話は順調に進み、結婚式の日程まで決まった。

 そこに至るまでに掛かったのはわずか数日で、我が兄ながら恐ろしく仕事が早いものだと感心してしまった。

 ちなみにわたしはというと、コルディニアが帰ってすぐ皇帝陛下に話をしたのか、翌々日にはミラーナの代わりと各地を巡って癒しの術で民を救って欲しい、との通達が来た。

 書面上はお願いのような書き方だが、実際は否定する権利などない。

 もしかしたら、ミラーナはこれも見越した上で謝罪をしていたのかもしれないが、わたしの事より今は結婚式の準備に集中しないと! と言えば、何か言いたそうにしてはいたがミラーナは頷くだけだった。

 

 (……トーイ君、元気かな。会いたいな……)


 ミラーナが王家との婚約破棄から一転、今度はビリアスとの結婚でどうやら手続きや家門の雑務諸々の処理に追われているようで、トーイともアーシックの領地で別れて以来、一度も会えていない。

 まだコルディニアとの婚約の話は大々的には発表されていないが、トーイの耳に入る前に誤解されないよう自分の口で説明したかった。

 気分転換を兼ねて少し外に散歩でも行こうかと考えていると、外から馬車の音が聞こえてきた。お客さんでもきたのだろうか、と気になって外を見るとちょうど馬車が開いて誰かが降りてくるのが見える。

 その人物はーー、


 「え! トーイ君!?」


 思わず窓から顔を出して叫んでしまったわたしに、トーイはいつもの優しい笑顔で落ちたら危ないよと注意する。つい、子供のような事をしてしまったと恥ずかしくなるが今はそれどころじゃない。すぐに部屋を飛び出して玄関へと向かう。

 トーイもこちらに向かってくれていたらしく、ちょうどリビングの前で合流できた。


 「トーイ君、久しぶり! 会えて嬉しい!」

 「うん、久しぶり。ラビルちゃんも元気そうで何よりだよ」


 そう言って瞳を細めて優しく微笑むいつもと変わらないトーイの姿に内心でひっそりと安堵した。この様子なら、もしかしたらまだコルディニアとの婚約の話は聞いていないのだろう。ミラーナが気を遣ってまだトーイには伝えていなかった可能性もある。第三者の口から聞いてしまう前に、自分の口から誤解がないように話したい。

 そして、口を開きかけた瞬間。


 「そういえば、王太子殿下と婚約したんだね。おめでとう」

 「…………え?」


 ぴたりと、時が止まったかのようだった。

 トーイは今、なんて言った?


 「風の噂で聞いたよ。ミラーナだけじゃなくて、ラビルちゃんまで俺に隠すなんて酷いじゃないか」


 寂しそうに笑う顔に、わたしは何も言葉が出てこない。


 「しかも、ラビルちゃんから王太子殿下にプロポーズしたんだってね。そんなに仲良くなってるなら、仲間はずれにしないで俺にも教えてほしかったな」

 「どう、して……」


 そんな事を言うの、と言葉が続かない。次々と紡がれる音に耐えられず、もうトーイの顔を見る勇気がなく、俯いてしまう。それでもトーイは続ける。


 「きっと、ラビルちゃんなら良い皇后陛下になれるよ。これからも王太子と仲良くーー」

 「トーイ君のバカ! もう知らない!!」


 これ以上、トーイの話を聞きたくなくてわたしは自室へと踵を返す。

 後ろからトーイが何か言っているのが聞こえたが、聞こえないフリをした。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 リビングに一人残されたトーイは頭を抱えて絶賛自己嫌悪中だった。


 (あぁ~! 俺の馬鹿野郎!! なんであんな事を言っちまったんだよ!!!!)


 ラビルがコルディニアと婚約を結んだ話は、ミラーナの代理人として婚約破棄を手続きしに王城へ行った際に聞かされた。ミラーナに事実なのかどうか問えば、躊躇いながらも頷いたから本当の話なのだろう。

 ミラーナとビリアスの幸せを願うラビルが代わりとなって王太子と婚約したのだろうという推測は立っていたが、王城で偶然に会った王太子殿下から直接聞いたのだ。

 今回のはプロポーズは彼ではなくて、ラビルの方からしてもらったのだと。不敬だと言われようと王太子のその言葉を信じる事が出来なかった。

 ラビルがミラーナと同等か、それ以上の才能を秘めた治癒術の使い手だったと分かっただけでも十分に衝撃的だったのに、婚約話まで聞かされてトーイの頭の中はパンク寸前だった。

 そんな時、ちょうど今後について話し合いがしたいとビリアスから手紙が届いて今に至る。

 本当はあんな言葉を言うつもりなんてなかった。

 まるで、ラビルの婚約を祝福するかのように紡いでしまった言葉の数々。きっと彼女の事だから、何か考えがあっての策だったのだろう。

 でも、久しぶりに会えて嬉しかったのも一瞬、脳裏には浮かんだのはあの日の王太子の笑顔。

 

 『彼女の方から僕にプロポーズしてくれたんだ』


 必死に忘れようとしても、あの日から脳裏にこびり付いたかのように忘れられなかった。

 だから、咄嗟におめでとうだなんて、あんな心にもない発言をしてしまったのだ。

 止めなくてはいけない、頭の中ではダメだと思っていても一度開いた口は止まらない。

 その時だった。

 ラビルの朱色の瞳にはたくさんの水分が含まれていて、しまったと思った時には彼女はもう背を向けて走りだしていた。その背中に声は掛けたが振り返る事はなかった。

 こんな子供のような振る舞いで彼女を傷つけてしまう、その情けなさにトーイは大きなため息を落とした。


 「……トーイ」


 背後から名を呼ぶ声にびくりと肩を揺らす。

 恐る恐る振り返れば、そこに立っていたのは恐ろしいほどの笑顔を浮かべたミラーナとその隣には呆れた表情のビリアス。


 「あ、あー……もしかして、さっきの見てたり……?」

 「えぇ、もちろん。ちょっと、お話しましょうか?」

 「……はい」


 普段は穏やかな姉だが、怒ると誰よりも恐ろしい。

 特に今は怒られる心当たりしかないので、トーイは静かに二人の後をついてリビングルームに入っていくのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 早速リビングルームに入るとトーイ、向かい側にビリアスとミラーナが並んで座る。


 「それで、トーイ。どうしてあんな酷い事をラビルちゃんに言ったの?」


 ほんの少し前まで浮かべていた笑顔は完全に消失しており、今は鋭い視線を向けられる。

 変に誤魔化したところでミラーナはともかく、隣に座るビリアスには通じないだろうと諦めて素直に話す事にした。


 「先日、王城に行ったら王太子殿下本人からそう聞いたんだよ。この婚約はラビルちゃんから持ち掛けた話だってさ」

 「そ、それは……」


 すぐに否定をしないという時点で、やはりこの情報は正しいのだろう。淡い期待を抱いていたがそれは砕かれてしまった。

 だが、もうそれで良いとも思えた。ラビルは前世はもちろん、今世でもとても素敵で魅力的な女性だ。王太子が恋心を抱くのも納得だ。更に相手が王太子ともなれば玉の輿だし、前世のように生活で苦労するなんて事態は訪れないだろう。

 ラビルが王太子と結婚すれば、ミラーナはその役目から解放されてビリアスと結婚も出来て、トーイ以外の皆が幸せになれるのだ。これこそ、自分自身が心から望んでいた未来の形ではないか。

 本来の小説とはかけ離れた内容にはなるが、もうここはただの小説の世界ではなくて現実だ。無理に小説と同じ物語にする必要はない。


 (だから……このままで良いんだよな)


 まるで自分に言い聞かせるようにトーイは心の中で思う。

 このまま、自分だけは今までのようにサブキャラとして裏で支えていけばいい。それが少しでも前世で皆の命を奪った贖罪になるかもしれない。

 そんな覚悟を決めつつあったトーイの頭が突如、バシッと音と共に衝撃を受けた。

 いつの間にかテーブル越しにビリアスが手を伸ばしたようで、どうやら叩かれたらしいと認識したのは数秒後。


 「び、ビリアスさん……?」

 「兄弟になるんだし、さんはいらない。それより、おまえは思ったよりバカだな」

 「バカって……何がだよ」


 今まで静観していたくせに急に話したかと思えばバカだと言われたり、頭を叩かれたりと後から少しずつ苛立ちが出てきてつい荒っぽい口調になってしまったが、言い直しはしなかった。


 「どう考えてもバカだろ。トーイ、おまえはラビルが本気で自分からコルディニアと婚約したいと言ったと思っているのか?」

 「それは……」


 ビリアスの問いに言葉を失う。先ほどの反応から考えて、ラビルが積極的に婚約話を持ち掛けたとは思えなかったからだ。ミラーナとビリアスを結婚させる為に彼女は王太子にプロポーズするフリをした可能性が高い。

 だが、それを言ってしまえばラビルの頑張りが水の泡になってしまうようでトーイの口からはとてもじゃないが答えられなかった。

 言外に匂わせた内容を察したようなトーイの様子を見てビリアスは小さく微笑む。口下手ではあるが少ない言葉で言いたい事が伝わってくる。やはり、彼には前世から今世でも敵いそうにない。


 「……気付いたみたいだな。その上で、トーイに頼みたい事がある」

 「分かったよ。なんでも言ってくれ」


 険悪な空気から一転、二人の様子を心配に見守っていたミラーナだったが最後には笑い合っている姿を見てホッと一安心するのだった。

 

 

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