34話
「ラビルお嬢様、おかえりなさいまーー」
「アニモ、ただいま! お兄ちゃんの婚約の件、本当なの!?」
屋敷に帰ってきてアニモと顔を合わせるなり、トーイから聞いた話が事実かと問えば、もうご存知だったんですねとあっさりと肯定される。どうやら本当の話のようだ。
急展開に驚きはあるものの、それ以上に前世で結ばれなかった二人に縁が出来たのはとても嬉しかった。これは詳しく兄から話を聞かなければ、と思った矢先に扉をノックする音が聞こえた。
「ラビル、おかえり。今、少し話せるか?」
「お兄ちゃん、ナイスタイミング! どうぞどうぞ!」
今まさに執務室に向かおうとしていたのだが、兄から来てくれた。話というのも十中八九、ミラーナとの話に違いない。アニモが扉を開ければすぐ兄が入ってきたが、その様子はどこかそわそわと落ち着きがないように見えた。
「それで話って何かな?」
「あ、あぁ。その……」
何を話したいのかなんて予測は出来ていたけど、あえて知らないフリをする。気恥ずかしそうにしている兄の姿が新鮮でつい、からかってしまいたくなったけど、アニモの嗜めるような視線を感じて助け舟を出す事にした。
「ミラーナさんと婚約したんだよね?」
「え!? そうだが……誰から聞いたんだ?」
「アーシックの領地でたまたま、トーイ君に会って聞いたんだ」
「そ、そうか。……その、ラビルはミラーナの事をどう思う?」
「ん? どう思うって何が?」
質問の意図が分からず、聞き返すと兄は視線を落ち着きなく彷徨わせていた。どんなに年上の相手だろうと怯む事なく堂々と会話するのに、ミラーナの事となると年相応になるのは前世の姿と重なって見える。
「その、実は彼女からすると仮の契約に近い婚約なんだ。だから、好意があるから婚約した訳じゃない」
「へ、へぇ~、そうなんだ!」
本当はその話もトーイから聞いているので知っているのだけど、話すと説明が難しいのでここも知らないフリで通す事にする。普段の兄なら気付くだろうが、今は彼も余裕がないので全く気付いていないようだ。
「ラビルが居ない間、彼女と色々な話をした。それで……」
「それで、本当に好きになっちゃったとか?」
なーんて、と茶化そうとしていたのだがどうやら図星だったようで、兄の顔が瞳の色と同じくらいの赤になっていた。仮とはいえ婚約だけでも驚きだったのに、既に恋心まで芽生えていたなんてもはやラビルの出る幕は無いのかもしれない。そう考えて頬が緩み始めていたのだが、ふと兄の顔が暗くなる。
「だが……俺は好意があっても、彼女は王家との結婚が気が向かないから俺と手を組んだだけかもしれない」
「え? なんでそう思うの?」
「いや、特に理由はないが」
思わずズッコケそうになるのをなんとか堪える。今、ツッコミを入れてしまっては話が進まなくなってしまう。
「と、とりあえず! お兄ちゃんはミラーナさんが本当に気になってきてるんだよね?」
「あぁ」
「じゃあ、今は仮の契約婚約みたいな状況を本当の婚約にしたいんだよね?」
「……それは、その、彼女の気持ち次第だが……」
「もう! 弱気すぎる!! 好きな人にはがっつりアタックあるのみだよ、お兄ちゃん!」
「そ、そういうものなのか……」
完全無敵な兄の唯一の弱点とも言えるのは、恋愛に対して消極的すぎる点だ。領地の運営について他の貴族達と話し合う時の威厳を今も発揮してほしいものだ。
何やらごにょごにょと言っているが、兄の気持ちはミラーナの方に向いてきている。あとはミラーナが兄をどう思っているのかを確認するだけだが、トーイから聞いた話の感じでは兄と同様な気がしていた。
そうなると問題は王家との婚約破棄をどうやって行うか、だ。
兄は火の家門後継者で火の術は料理や明かりなど日々の生活に欠かせないものなので、その術が込もった道具一式が使えなくなってしまうのは王家も困るはずので、交渉次第では婚約破棄に持ち込めるかもしれない。
だけど、その交渉をどうするかを考えた結果、ある案が浮かぶ。
「ねぇ、お兄ちゃん。王家とミラーナさんの婚約破棄させる方法って何か案はあったりする?」
「一応、考えてはいるが……実力行使以外はまだ妙案はないな」
実力行使はもはや案のうちに入らないのではというツッコミをぐっと堪えて、ラビルは兄に頼む。
「あのさ、手紙を王家に送る事って出来るかな?」
「王家に手紙を? 送る事は出来るが、普通に話しただけでは難しいと思うぞ」
「ううん、送る相手は皇帝じゃないよ」
「皇帝じゃない? なら、一体誰に送るんだ?」
不思議そうに首を傾げる兄にラビルは告げる。
「それはもちろん協力者に、ね」
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