33話
ミラーナが優れた治癒術の使い手として、各地を巡回し始めたのは15になった春だった。
それまでは近所に住む領民のちょっとした怪我や病気を治療する程度だったが、未来の皇后陛下にしたいから箔をつけたいであろ皇帝陛下から各地を巡ってその素晴らしい治癒術で民を救って欲しい、と報せが来てからミラーナの生活は一変した。
それから様々な領地で領民を癒して回るという多忙な日々、ミラーナは自分の限界を考えずに治癒術を使うのでトーイは無理をさせすぎないようにとストッパーかつ女性一人で歩いては危険なのでボディーガードと兼用で共に行動をしていた。しかし、これまで機会はあったはずなのに各家門の後継者達と会う事は一度も無かった。
だが、その理由は今日判明した。
いつものようにミラーナの治療が終わったので、彼女だけ先に馬車で自宅まで帰してから施設の手伝いに赴いたところ、たまたま地の家門後継者であるアーシックと出会ったのだ。その彼から聞いた話によると、ミラーナと後継者達は皆、会う事を禁じられていたらしい。恐らく後継者達は皆、ミラーナと年が同じな上に美男子ばかりなので恋仲になるのを防ぐ為だろう。なんともあのずる賢い皇帝が考えそうな事だ。
そんな皇帝の息子である皇太子にも警戒心を抱いていたが、皇太子でありながら彼の噂はあまり聞いたことがなかった。唯一、知っているのは外交が得意ではなくパーティーに参加しないどころか、外にもあまり行かないらしいという情報だけだった。だから、王太子の事を詳しく知る人物はあまり居らず、様々なパーティーに参加して情報収集を行ってきたが、容姿についても王家直系の特有である七色の瞳を持っているという事しか掴めなかった。
ラビルには伏せていたが、実は小説の内容をトーイは少し覚えていた。
それでもうろ覚えの情報ではあるが、確か小説の中でヒロインであるミラーナに想いを寄せていたのはビリアスとアーシックだったのは覚えていた。だったのだが、それが変化していた。
何故かアーシックの領地にラビルが訪れていた。ただ訪問していただけではなく、なんと呼び捨てで呼び合い、タメ口で気さくに話すような仲になっていた。決定打にはトーイとラビルが話している時、アーシックが向けてきた視線には明らかな敵意が含まれていたのだ。
確実に、アーシックはラビルに好意を抱いていた。
小説の中ではラビルもトーイも、メインキャラの弟妹というだけで名前がさらっと出る程度のサブキャラだったはず。その物語に変化が現れているという事はこれはもう小説の中という訳ではなく、ただの現実なのだと思い知った。そう考えると、サブキャラであるラビルがメインキャラであるアーシックと結ばれる可能性もあるのかもしれない。そんな思考が脳裏を過ぎってしまい、振り払うように強く頭を振る。
(……俺には気持ちを伝える資格がないよな)
前世のようにラビルが抱きついてきた時、前世ではなんとか理性で抑えられていたが、今世は女性らしい体つきになっていた影響か、どうしても赤くなる顔を制御できなかった。それだけではなく、秘めていた想いまで口を滑らせてしまいそうになった。
この世界は前世とは違う。
ミラーナは王太子と結婚させられそうだが、ビリアスが動けばそれを防げる可能性はかなり上がる。それに先日の話し方からして、ミラーナの心はビリアスに惹かれているようだった。慎重なビリアスがミラーナに婚約の提案をしたというから、多分ビリアスもミラーナに惹かれてきているのだろう。前世でも今世でも、やはりあの二人は想い合う運命なのかもしれない。
だから、前世の贖罪の意味も込めてトーイは二人の為に出来ることはなんでもするつもりだ。
しかし、ラビルに対してだけは最善な行動が分からなかった。
彼女はビリアスとミラーナを今世こそ幸せにしたいと願っているから、今後は当然喜んで協力する。だけど彼女自身の幸せがどこにあるのか、トーイには分からなかった。
つい敵対心を出してしまったが、アーシックこそラビルにはお似合いの相手なのかもしれない。
彼は地の家門後継者で金銭的に困るような事態は絶対に有り得ないし、武道にも優れていてラビルを守るのは朝飯前だろう。何より、今日ほんの少しの時間を過ごしただけなのにラビルを大事に想っているのが伝わってきた。
「……俺なんかより、あいつと一緒に居た方がラビルちゃんの為、か……」
前世ではラビルが慕う二人だけではなく、彼女自身の命を奪う原因を作ってしまった自分とアーシックとでは比較対象にすらならないだろう。
ずきんと痛む胸に目を背けて、トーイはある事を決意するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます