32話

 そして、最終日の夜。

 食事会以降もわたし一人の来客にも関わらず、大盤振る舞いの最後の夕食を頂いてからお風呂も済ませて二、三人は余裕で眠れそうなベッドにぼんやりと腰掛ける。

 アーシックの領地に来てから、たった数日間だったのに色々な出来事があった気がする。

 兄以外のメインキャラ達である他の三人と知り合って、皆やっぱりメインキャラなだけあって魅力が溢れかえっていた。さすが小説のキャラ達である。

 アーシックは財力だけでなく武芸に優れていたし、ジェイルは頭脳明晰で心優しく、フェイズは麗しい美貌に商才があったりとヒロインどころか、ただのサブキャラであろうわたしすらここが小説の世界だと知らなかったら、恋に落ちてしまっていたかもしれない。

 特にアーシックはこの数日だけでかなり親しくなった気がする。


 (……というか、アレ……本気、だよね……多分)


 先日にアーシックから言われた告白が脳裏に過ぎって頭を抱える。

 最初はからかっているのかとも思ったが、茶の瞳はまっすぐに確かな熱を込めてラビルを捉えていた。あれは色恋に聡くないわたしですら本気だと分かる。

 

 (でも、メインキャラがサブキャラを好きになるって物語的にどうなんだろう……? というか、小説だと結局、誰と結ばれたのかトーイ君も分からないって言ってたし……。…………あ~、もうわかんない!!!)


 次から次へと浮かぶ疑問に困惑から次第に怒りへと変わっていき、くしゃりと髪を掴む。

 ふと苛立ちを誤魔化すように窓へ目を向けると、庭園が視界に入る。


 「そういえば、アーシックのご両親がかなり力を入れてお世話してるって言ってたっけ。せっかくだし、帰る前に少しだけ見させてもらおうかな」


 滞在中、アーシックの両親は崩壊した土地がないかの確認で定例の他の領地へ見回りに行くついでに観光してから帰る、と言って一ヶ月は帰ってきていないらしい。そんな自由奔放な夫婦で更に仲がかなり良いみたいで、初老が近い年齢ではあるけど一人息子の前で手を繋いだりキスをするから目のやり場に困ると、アーシックが苦々しく語っていた。

 そんな両親の出会いのきっかけが二人とも花が好きで、元々は庭師だった父親が花の事を母親に教えているうちに恋心が芽生えて婿養子となって、母親がロッキー当主を継いだらしい。当初は兄弟などから反発があったが、母親の地の術が後継者では無いにも関わらず、かなり強力な方で力でねじ伏せたと聞いて震えた。

 だから夫婦喧嘩をごく稀にしたとしても、謝るのはいつも父親の方で母親から謝っている姿は見たことがないそうだ。母は強しである。


 「わぁ~、すごい綺麗な花! というか種類も多いし、花でか!」


 ロビーから出てすぐの位置にある庭園に着くと、真っ先に視界に入ったのは土が良いからなのか普通より大きめに咲いている色彩豊かな花々。滞在中、出かける際は出入り口が違ったのでこんなにゆっくりと見られるのは初めてだった。前世では小さな花壇を作って皆でお世話を頑張っていたものだ。

 完璧人間のように思える兄が唯一、苦手な芋虫が出た時はよくあみ姉やとも兄に取ってもらっていた。


 「……懐かしいなぁ」

 「何が懐かしいんだ?」

 「うわぁ!? あ、ああああ、アーシック!?」


 突然、背後から聞こえた声に驚いて振り返ると変な顔だな、と笑う顔が月明かりに照らされて整った顔立ちを更に際立たせている。


 「我が家自慢の庭園はお気に召してもらえたか?」

 「それはもちろん! 土が良いとこんな大きく成長できるんだね。それに色々な花があってすごく綺麗!」

 「ハハッ、それはよかった」


 わたしの言葉に豪快に笑う姿があまりにも絵になるので、つい視線を奪われてしまった。すると無意識に見ていたのに気付いたのか、視線が重なる。


 「……明日、帰る日か。あっという間だったな」

 「う、うん。数日間、本当にありがとね。すごい楽しかったよ」


 なんとなく視線を重ねたままは良くない気がして、花へと移す。が、少しの衝撃の後に前は暗くなり代わりに筋肉質な硬い腕に囲まれてしまった。


 「な!? ちょ、ちょっとアーシック!?」

 「……このまま帰したくないって言ったら、どうするんだ?」

 「え……?」


 なんとか腕の中から顔だけ抜け出して抗議しようと見上げた先での問いかけ。


 「この間のは冗談じゃない。オレはオマエを気に入った。好きだ。だから……オレの婚約者になるのを考えてくれ」

 「そ、そんな急に言われても……」


 返答に困り言葉に詰まっていると、ぽつりとアーシックが呟く。


 「……あのトーイって男が好きなのか?」

 「え!? な、なんで」

 「……なんとなく。でも、オレは諦めるつもりはない。絶対にラビルを惚れさせてみせる」


 強い眼差しに見つめられて身動きが出来ないわたしの手を取ったかと思えば、手の甲にチュッと恭しく口付けが落とされる。それはまるでおとぎ話の中で騎士が姫に愛を誓うようで一気に顔が熱くなる。そんなキャラじゃないくせに絵になるなんて、メインキャラは卑怯すぎる。


 「本当は庭園を案内してやりたかったが、もう時間も遅いからな。そろそろ冷えてくるから、今日はもう寝た方がいいぞ。部屋まで送ってやる」

 「う、うん。ありがとう……」


 硬い囲いから解放されて一安心していたが、今度は風邪を引いたら困るからと言って、アーシックの上着を掛けられて部屋まで送られた。

 部屋に向かう途中もずっと近くからアーシックの香水なのだろう、爽やかなシダーウッドのような香りに包まれて心臓が破裂しそうなのを悟られないようにするので精一杯だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る