25話

 翌朝、豪華過ぎる客室でわたしは目覚めた。

 客室でありながら、普通にわたしの部屋より数倍は広い部屋。更にもう金額が分からなくて触れるのさえ躊躇うレベルの調度品の数々に、昨夜は緊張してなかなか寝付けなかった。おかげでまだ太陽が少し顔を出したばかりの早朝に目が覚めてしまった。


 (ぜ、全然眠れなかった……!)


 アーシックが用意してくれたネグリジェには恐らく最高級の生地で作られている上に様々な術を掛けられているのだろう、この世界には当然エアコンという現代機器は存在しない。

 しかし、代わりに火や水の術があるので生地にその術を込める事で体温に合わせた服を用意出来る。その術を込めるのが四家門の後継者である兄やアーシック達が行っているのも昨夜の食事会で初めて知った。中でも兄は後継者達の中でも、6歳という幼いうちから火の術を扱えていたらしく、国中で名を知らない者は居ないくらいには有名らしい。

 特に同年代だと憧れを抱いている者がたくさん居るとアーシックが熱弁しており、あの様子からして彼本人も該当者なのだろうと分かった。本来なら兄が来る筈だったのに、代理がわたしで申し訳なく感じてしまう。

 恐らく、その気配を察してくれたのだろうフェイズがコスメの話を振ってくれて、女性が居たから参考意見が聞けて助かるわ~と言ってくれた。どうやら顔が良いだけでなく、気配りセンスも抜群のようだ。


 昨夜の食事会での出来事を反芻しながら、手持ち無沙汰なのでぼんやりと広過ぎる窓から外を眺めてみる。

 すると、アーシックの家の騎士達の訓練場なのか、綺麗に木刀や盾が置かれている場所が見えてそこで背の高い一人の男性が木刀を素振りのように振ってトレーニングしている姿が見えた。


 (こんな時間からトレーニングなんて真面目だなぁ~。やっぱり、四家門の騎士ともなると大変そうーーあれ?)


 訓練をしていた男性が気が付いたら、ラビルの方に振り向いていた。更に手まで振っている。

 驚いてよく見たら、手を振っていたのはアーシックだった。


 ◇  ◇ ◇


 毎朝の日課だという剣の素振りを終えてから、お風呂で身なりを整えてからアーシックが部屋にやって来た。意外と真面目な上に綺麗好きなようでギャップ萌えのてんこ盛りすぎて、朝から胃もたれしそうだ。


 「おはよう。よく眠れたか?」

 「おはようございます。もう、素敵過ぎるお召し物をお借り出来たおかげで最高でした!」

 「ハハッ、それが気に入ったなら良かった。なら、帰る時は食事とネグリジェも追加してやるよ」

 「ええっ、太っ腹すぎない!? じゃない! さ、さすがにそれは申し訳ないですから」

 「そうか? あ、じゃあ、交換条件にこれはどうだ?」


 あんな便利すぎる上に生地も最高級品を使われたネグリジェだ、恐ろしい交換条件が来るのではないのかとラビルはドキドキしながら、続く言葉を待つ。


 「さっきみたいな口調で話すこと。オマエだって四家門の一族なんだ、敬語で話さなくても良いだろ」


 ニカっと白い歯を見せて太陽のような明るい笑顔で告げた条件の内容に唖然とする。


 「え、そんな事でいいの?」

 「あぁ。こうでもしないとオマエ、敬語辞めなさそうだからな」


 どうやらアホそうに見えて鋭い所もあるようだ。


 「……オマエ、今なんか失礼なこと考えただろ?」

 「な、なんのことかなぁ? まぁ、ともかくお言葉に甘えて! ほ、ほらほら、今日は色々案内してくれるんでしょ? 支度するから出てった出てった!」


 不服げな表情のアーシックを何とか追い出す事に成功したラビルは、クローゼットに向かう。

 クローゼットの中も、昨夜の食事会の如く様々なテイストのドレスが所狭しと並んでいた。ちなみにこの中のドレス全て新品で気に入った物があれば持ち帰っていいぞ、と言われている。オレ様オラオラ系イケメンならぬ太っ腹イケメンすぎる。

 持って帰るのは気が引けると言えば、一度袖を通した衣服は捨てるだけだと返されてしまい、捨てるくらいならもらうと伝えたらアーシックは笑っていた。彼のツボはイマイチ謎である。


 「さて、と。今日は何のドレスにしようかな?」

 

 何に着替えようかなと考えながらクローゼットを眺めていると、ふと袖や足元がレースの付いた涼しげで真っ白な可愛らしいドレスが視界に入る。季節は四季で例えるなら初夏に入る手前くらいなので、このくらい涼しいドレスがちょうど良さそうだ。

 たまたま目に入ったのも縁があったのかもしれない、そのドレスに決めると離れがたかったネグリジェを苦渋の思いで脱ぎ、着替えを始めた。そして、袖を通しながらそこである事に気付く。

 そう、ラビルは今世では一人で着替えをした事がない。

 前世の洋服なら簡単だったし、今世より幼い年齢だったが着替えに困る事などないから一人でも全く問題は無かった。

 だが、今世の貴族達が着るドレスは使用人が手伝うのを想定して作られているからか、一人での着替えが難しい。コルセットは前留めになっているので、一人でも何とか装着は出来た。

 問題はドレスの後ろ側にあるリボンとチャックをどう上げるか、だ。

 本来ならば同行者であるアニモに頼むべきだが、数日で帰るから大丈夫だよ、兄に手紙を渡してと彼女にお願いをしたので、頼りの存在も居ない。

 まだ陽が昇りきっていない早朝なので、使用人達は起きてはいるだろうが朝食の支度で忙しいだろうし、何より今の中途半端な着替えの状態で人の家を歩くのはさすがに非常識過ぎる。

 どうしたものかとラビルは考える。


 「あ。そういえば、朝はライスとパンどちら派なんだ?」


 とてつもなく、地味な質問をしにわざわざ戻ってきたらしいアーシックの声がドア越しに聞こえる。もう背に腹はかえられないってやつだ。


 「あー、あのさ。アーシックに頼みたい事があるんだけど、いいかな?」

 「ん? あぁ、分かった。じゃあ、入るぞ」


 ガチャリとドアが開けられてすぐ、アーシックの叫び声が早朝の屋敷内に響き渡るのだった。

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