17話
暑い。熱は引いたはずなのにおかしいな、と夢現なわたしを遠くで兄が呼んでいる気がする。
「ーー……ろ、ーー……しっかりしろ、朱音!」
「え? な、なんか頭がボーッとする……」
視界に入るのはいつも冷静な兄の取り乱した姿。そして、鼻腔をくすぐる焦げた匂い。
「火事が起きてる。今すぐに外へ向かう。……歩けなさそうだな。俺に捕まって」
「で、でも、わたし重いよ?」
「大丈夫だから早く!」
兄は成長期と言えど、そこまで背が高い方ではなく、わたしと数センチ程度の差。わたしをおんぶしたものの、足元は覚束ない。火の回りは早く、先ほどよりも広範囲が燃え上がっていた。このままでは二人とも確実に助からない。
わたしは決意する。
「……コウお兄ちゃん、わたしを置いて逃げて」
「逃げられる訳がないだろう!」
「そうじゃないとコウお兄ちゃんまで死んじゃうんだよ……!」
ただでさえ、呼吸がしにくくて眩暈がするというのに叫んで、また頭がくらっとしたし息は苦しい。それに寝ている間にまた熱がぶり返したらしく、まとめに走れる状況じゃないわたしは完全に兄の足手まといにしかならない。
そう判断したわたしはなけなしの体力を使い、兄の背中から無理矢理飛び降りる。
「わたしのせいでコウお兄ちゃんが死んじゃうなんて絶対に嫌だよ……」
「朱音……」
泣かないように歯を食いしばるわたしと戸惑う兄。そこへ聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「紅輔君! 朱音ちゃん、無事!?」
「よかった! ここに居たのね!」
「待ってろ! すぐに今、ドアを開けるから!」
炎に包まれつつある部屋のドアの外から、あみ姉ととも兄の声がする。それからすぐにドアに体当たりをする音が聞こえてくる。
「とも兄!? ダメだよ、火傷しちゃう!」
「くっ……! だい、じょうぶだよ……! あみは危ないから、下がって!」
「ダメよ! 私にも手伝わせて! っ……!」
ドアの外から何度も体当たりの音と、火傷に苦しむ声が聞こえて戸惑って立ち尽くすわたしの体を兄が持ち上げる。
「こ、コウお兄ちゃん!? 危ないからダメだよ!」
「あの二人にばかり頼っていられないだろう」
既に火は部屋の半分以上に広がっているので通る道全てで火傷を負う兄に、わたしは涙が止まらない。
「お願い……コウお兄、ちゃん……一人で、逃げて……!」
「それは、……くっ、出来ない」
たまに苦痛で顔を歪めはするが、兄の足はドアを目指したまま止まらない。わたしをしっかり抱き上げた手もそのままで。
「どうして、そんなにしてくれるの!?」
前だけを見ていた瞳が一瞬、わたしの方に向けられる。
「それは……朱音は俺の大事な妹だから。兄が妹を守るのは当然だろう」
いつも仏頂面のような真顔ばかりの兄が浮かべていたのは、包み込んでくれるような優しい笑顔。
その直後、バキッという破壊された音がしたから見ると、半分開いたドアの隙間からあみ姉が必死に手を伸ばしていた。
「紅輔君! 朱音ちゃん! 早くこっちに!」
必死に手を伸ばすあみ姉のいつもは真っ白で綺麗な手が火傷で赤くなっている事に酷く胸が痛む。きっと、とも兄も同じかもしくはそれ以上に酷い状態かもしれない。
だいぶ、ドアの近くに来れた兄があみ姉の手を掴もうとした瞬間。
ーーガラガラガラ!
激しい音と衝撃に、何が起きたのかわたしは理解出来なかった。
瓦礫の隙間から兄が必死にわたしに手を伸ばす。
「だ、……じょうぶ、だ……あかねは……おれが、まもるから……」
「コウ、おにぃ、ちゃん……」
視界は朱色に染まり、上手く思考回路が動かず、ただ名前を呼ぶ事しか出来ない。
少し離れた場所から、あみ姉が必死に兄に手を伸ばしているのが見える。
「こう、すけ……くん……」
「あみ……」
あみ姉に名を呼ばれて気が付いたのか、わたしとは違う方の片手を必死に伸ばす兄。
その手が繋がるか、繋がらないかの一瞬。
わたしの世界は暗闇になった。
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