第8話 声は出せなくても音なら出せる!
「『申し訳ございません』じゃねぇんだよっ!? さっきから言ってるだろ? 気持ちが――」
『――それはあなたの、しり! 尻! 私利私欲っ!!』
「――ってぇと……、なんだっけ? そう、気持ちだ! お前の謝罪には気持ちが――」
『――そんなあなたの発言は、しり! 尻! 支離滅裂っ!!』
「うっせえっ!! なんなんだよっ!!」
レジで怒号を飛ばしていた男の矛先がこちらへ向いた。私は素知らぬふうを装って雑誌のコーナーを物色するフリをしていた。スマートフォンからは大音量で、あの謎に尻を振る芸人の声が流れ出ている。
「おい、お前! お前だよ、お前っ!? それイヤホンつながってねぇだろ!? 音漏れてんだよ!? なに大音量で『
「あっ――、えっと……、ホントだー。ブルートゥース切れてた。超恥ずかしー、あははっ、スイマセーン」
私は耳に入れてる無線イヤホンを手にしてそう呟いた。――っていうか、あの尻振り芸人、「サワジリケツオ」ていうのか。私、今初めて知った。動画検索で「尻」と「お笑い」だけ入れたら出てくるんだもの。
「オ疲レサマー、ミズキ先輩! 休憩終ワッタカラ変ワルヨ? アレ、イツモノオ姉サン? スマホノ音、漏レテルヨ?」
クレーマーっぽいお客の注意が私に向いたところで、運よくムハンマドくんが姿を見せた。なんていいタイミングなんだ。
「ムハンマドくん! このお客さん、昨日お弁当に箸ついとらんかったって怒っとっちゃけど、覚えとう?」
すると、「かわせさん」は彼に状況説明を始めた――、なぜかものすごく訛った話し方(?)で……。
「Oh、タシカニオ客サン、昨日弁当買イニ来テタネ! 昨日、トッテモオ客少ナカッタカラ覚エテルヨ。デモ私、絶対オ箸入レタネ! チャント確認シタカラ間違イナイヨ!」
「そうだ、外人野郎! 昨日、店にいたのはたしかにお前――」
『――この感触! この材質は、しり! 尻! シリカゲルっ!!』
「お前はスマホさっさと止めろよ! 沢尻決男だわ、外人が来るわ、急に方言なるわ――、情報量多いんだよっ!!」
私も思った。情報量が多い。わけのわかんないクレームを入れる割に的確なツッコミも入れれるじゃないか……、そう思ったが最後、「情報量多いんだよ」が捨て台詞になって、そのお客――、もとい「迷惑客」はお店を出ていった。
そして――、当然、「かわせさん」の注目は、謎のスマホ大音量女「私」に向かう。
遅れて凄まじい勢いの恥ずかしさの波が、それこそダムの決壊のごとく押し寄せてきた。いたたまれなくなった私は、スマホの音だけオフにして、無言でお店を立ち去った。
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