第7話 確定演出の負けイベント?
深夜2時過ぎ、私は小走りをしていた。昨日、ムハンマドくんから、「ミズキ先輩、明日イルヨ!」と聞いている。
ソーシャルゲームのガチャで確定演出をもらったようなものだ。今日は間違いなく「かわせさん」がいる。私は小躍りする心の衝動をそのまま足へと伝えて、軽やかな足取りでコンビニへと向かった。
店の少し前で呼吸を整え、自動ドアを潜る。すると、いつものチャイム音に混ざって語気の荒い男性の声が聞こえてきた。
「だからっ! 昨日買った弁当に割り箸が入ってなかったんだよ!」
「はい……、その――、申し訳ございません」
「謝って済むと思ってんのかっ!? ロボットみたいに『割り箸お付けしますかー?』って毎回聞いてくるクセによおっ!?」
「はい……、ですから、私どもも確認はしております。ですが、お手元にそれが無かったのでしたら当方に手違いがあったのかもしれません。誠に申し訳ございませんでした」
「だーかーらっ! 謝って済むと思ってるのかって聞いてんだよっ!? こっちは箸がねぇからよ! 手ぇ使って火傷してんだよ! 治療代払えや!?」
「いいえ……、その――、それはこちらではできかねます」
なんてことだ――、「かわせさん」が変な客に絡まれてる。ど、ど――、どうしよう? どうしよう!?
「そっちのせいでこうなってんだろうが? 謝るんだったら誠意を示せや!?」
「ええと――、『誠意』と言われましても……」
「誠意は誠意だろっ!? 謝罪の気持ちが感じられねえんだよ!? こうしてる間も大事なオレの時間が消費されてんだよ!?」
「かわせさん」を助けなきゃ……。お店には他に誰かいないの? ムハンマドくんは? ――っていうか、この客なに言ってんの? 昨日の弁当の話って、それを言いにわざわざこの時間にコンビニに? どんだけ暇なの?
それでなに? 箸がないから手を使って食べたって? いやいやいや……、どこの子どもだよ? いや、子どもでもそれはないって? それともあれですか? インドの食べ方的な?
それに「大事なオレの時間」って? 時間が大事なら、たかがお箸のことで文句言う時間がもう無駄でしょ? 意味のわかんないクレーム相手でそれこそ「かわせさん」の時間が無駄だって。
私の頭の中には「かわせさん」を怒鳴りつけるお客への怒りとツッコミが同時に溢れ出していた。
けど――、迷惑客の妄言をレジから死角になるコーナーで聞きながら、私はなにも言えないでいた。しれっと会計に並んだりしたらあの客はどこかへ行ってくれるかな?
いやいや――、それで失敗したらもう店を出る以外に選択肢がなくなっちゃう。どうにか、どうにか「かわせさん」を救う方法は……。
そんなことを考えながら、いつの間にか私はなにもせずに店の自動ドアを潜って外へ出ていた。冷たい風が情けない私を嘲るように出迎える。
深夜のコンビニだもの、変なお客だっているし、きっと「かわせさん」もそんな客には慣れてるはず。
今だって謝りながら心の中では、「さっさと帰れ、バーカ」くらいに思ってる……、はず。傷付いてない、傷付いてなんていない、傷付いてなんていないはずだ!
私は祈るように、自分にそう言い聞かせてコンビニに背を向けたまま足早に歩き出した。
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