第9話 深夜の奇行は勇気の証
体が熱い。うすら寒く感じていたはずの夜風は、なぜか火照りを冷ますようで心地よかった。
コンビニを出た私は夜道を全力で走っていた。日頃の運動不足がたたってか、膝は上がらず、手の動きもぎこちない。傍から見たらきっと変な姿勢で走っていたんだろうな。
いつも無視している信号機が「停止」の色を示していたので、そこで立ち止まった。そんな長い距離でもないし、決して速くもないはず。けど、私の息は絶え絶えで呼吸が落ち着くまでに信号の色は一周していた。
「――あはっ! あーっはっはっはっ! あーっ、おかしいおかしい! もう、なんだってのよ!?」
息が整ってくると今度は内から笑いが込み上げてきた。こんな夜更けの道の真ん中で、私は笑い声を上げる。
コンビニでのやりとりがあまりにおかしかったのと、安堵、緊張が解けたのが全部合わさって、ひとつの感情になって口から流れ出ていった。
知らない人にまともに声をかけられない私が、悪質なクレーマーっぽい人に注意なんてできるわけがなかった。
そんな私が思い付いた苦肉の策――、というか、ずっと前に、電車の中でイヤホンの無線接続が切れてることに気付かず、大音量で音楽を聴いている人を見かけたのを思い出してとった『奇策』。
我ながらあまりに珍妙な行動で、思い出すだけで笑いと恥ずかしさが同時に溢れ出してくる。
本当に――、ホントに私はなにをやってるんだか……。そんな呆れにも似た感情とともに私は心底、安堵していた。
わけのわからないことをしたけど――、結果として私は「かわせさん」を助けられたんだ!
最初、私は迷惑客に怒鳴られている「かわせさん」を背にして、コンビニを出て行った。きっと私がなにか言ったってあの客が鎮まることはない。「かわせさん」だって適当に聞き流しているはずだ。
無関係な私がしゃしゃり出ていったら余計に事態をややこしくしてしまうかもしれない。そうしたら余計に迷惑をかけてしまう。
そんなことを考えながら一度はコンビニの外へ出た。でも、私は立ち止まった。これまでの人生、学校生活――、嫌というほど自分の「ダメさ」を実感してきた。もう自己嫌悪の念はこれでもかってくらいにお腹いっぱいだ。
そんな私だけど、まだギリギリのところで踏みとどまっていた。
こんな自分でもなにかあるんじゃないか?
こんな私でも自分で自分を好きになれるところがあるんじゃないのか?
ここでこのまま逃げたら――、私はもう立ち直れないくらいに自分を嫌いになってしまう! そんな感情がコンビニから離れようとする私の足を止めた。
私の勝手な、一方的な憧れだけど――、私に元気をくれる人が傷付いているのを見て見ぬふりなんてできない!
その結果があの奇行・奇策。
本当にこれ以上あるのかってくらいに醜態を晒してしまった。恥ずかしくてしばらくコンビニに近付く勇気もわかないかもしれない。
でも、それでも――、「かわせさん」がそれで救われたのなら、私はそれで満足だ。
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