第2話 巣立ちはしても、また巣に帰る
目を覚ましたらお昼をとうに過ぎていた。
頭に鈍い痛みを感じる。カーテン越しに外を見つめながら思った。きっと今日は雨か曇りだろう、と……。
洗面所で顔を洗うと高校2年生――、花の女子高生とは思えない気怠そうな顔をした女がこちらを見つめていた。目の下にはくっきりとわかる隈ができている。昼夜逆転の生活になっていつからか、それが目立ってきた。
癖のある真っ黒な髪は、まるで鞄の中の有線イヤホンだ。顔を洗ったその手を乾かさずに、そのまま手櫛で荒ぶる髪を撫で付けた。
リビングにいくと、テーブルの上に食卓カバーを被せた食事が置いてあった。ハムエッグと生野菜のサラダ、袋入りの食パンが2切れ。
きっとお母さんが朝、仕事へ出掛ける前に準備したものだ。もっとも、私がそれを口に入れるのは決まってお昼なのだけど……。
サラダの中のミニトマトをひとつ摘まんで口に放り込む。皮が弾けると強い酸味と遅れてほのかな甘みが広がった。
私は2つ目のトマトを放り込み、ぼんやりとリビングに突っ立っていた。視界の先には、55インチの液晶テレビがある。そこには妙に身体に馴染んでいるくたびれたジャージに身を包んだ、痩せ細った陰鬱な雰囲気の女が写っていた。
『――しりっ! 尻っ! 支離滅裂っ!!』
リモコンの赤いスイッチを押すと、いきなり珍妙なリズムに合わせ大きな声が飛び込んできた。
画面には、スーツに真っ赤なネクタイ、縁の大きい眼鏡をした男が尻を小刻みに振ってなにか叫んでいる。
たしか、最近小学生を中心に流行っているらしいピンのお笑い芸人だ。1人で寸劇をしながら頭に「しり」が付く単語にオチを導いていくとかなんとか……。
最後は決まったリズムで「しりっ! 尻っ!」と叫びながら先の奇妙な振りをするのが芸風のようだ。
私が過去に見たネタはたしか――、最後が「
適当にテレビを点けるとよく目にするのだが、芸人の名前まではよく知らない。
「――全然おもしろくないし……」
虚空に呟いて私はチャンネルを変えた。ポチポチと――、いくつかのチャンネルを変えた後、結局は再び赤いボタンを押してテレビの電源を落とした。
スマートフォンの画面を見ると、大好きなアニメの主人公と目が合った。そこに被さって「14:41」と表示されている。
そのまま特に当てなくスマートフォンを触りながら、テーブルの朝食を食べた。お皿とコップを洗って片付けた後、自室に戻ってベッドに飛び込む。
眠くはない。けど、なにかしたいわけでもない。体は覚醒しているのに、頭はまだ目覚めていないかのようだ。何も手に付かない不毛な時間、近頃はずっとこんな時間を過ごしている。
半年ほど前は時間割表を見て、教科書を読みながら勉強をしていた。同級生においていかれる危機感と使命感があったのだ。
ところが、今となってはその感覚も薄れてきていた。同い年の学生が勉学に、スポーツに、芸術に、恋愛に――、勤しんでいる中、私はなんて無駄な時間の浪費をしているんだろう?
そう――、私は今、高校一年生。でも、今は休学中の身で、かれこれ1年近くが経過していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます