夏休みまでの3つの壁 3話〜4話

3話


 それから昼休みまで秋川の言う『方法』とやらを考えてみたが、やっぱり何も思いつかない。


 素直に教えてくれたら、恥をかく必要はないのだが。


 からかいスイッチの入ったあいつを止めることは不可能だ。


 4限目終了のチャイムが鳴り、俺と夜奈は神崎先生がいるであろう職員室に向かう。


「夜奈、秋川の言ってた方法ってなんか思いついた?」


「えっと、すみません。考えていませんでした」


「ああ、いや、ごめん。俺が勝手に考えてただけだから」


 俺はその方法を考えるのは諦めて、夜奈の補修への同行を許可してもらえるような説明を考えることにした。


 職員室のドアを開け、近くにいた先生に神崎先生を呼んでもらう。


 どうやら、先生はランチタイムだったようで、名前を呼ばれると慌てて持っていたお箸を置き、俺たちに駆け寄ってきた。


「2人ともどうしたの? 私は今、お昼食べてたんだけど」


 顔は笑っていたが、少しの怒りを感じる。


「すみません。お聞きしたいことが2つありまして」


「聞きたいこと?」


「えっと、1つ目は夕咲……さんの補修のことで」


「ああ、それは最初来れなかった分で」


「あ、いや、それはわかっててですね……」


「? なら何が聞きたいの?」


 やっぱり、口に出すのは恥ずかしい。


「えっと……その補修って俺も受けれますか?」


「え? えーーと。ちょっとドア閉めるね」


 先生は一度困惑した表情を見せ、何かを悟ると職員室のドアを閉めた。


「言いにくいんだけど、夜凪くんって愛が重いタイプ?」


「はい!?」


「あ、まあ、自覚はしてないか。普通」


「え、いや。愛が重い? 何か勘違いしてませんか!?」


「え、……私はてっきり、かなりのヤンデレ彼氏なのかと」


「違います! 彼氏じゃありません!」


 まだ、と付け加えそうになったがなんとか堪える。


 補修を一緒に受けたいと言うだけで、ヤンデレ彼氏認定する教師はこの世でおそらくこの人だけだ。


 しかも、勝手に認定した後の質問が『愛が重いタイプ?』とか。


 流石に直球質問すぎる。


「えー、じゃあ、なんで?」


「え、えーと。夕咲さんが心配、だから……ですかね?」


「『ですかね?』って聞かれても、……よくわからないけど、まあ、受けることはできると思うよ。でも、他の人もいるからうるさくはしないこと、いい?」


「はい。もちろんです」


「あ、あと、夕咲さんは大丈夫? 脅されたりしてない?」


「人をなんだと思ってるんですか」


「私は大丈夫です。夜凪さんがいた方が安心しますから」


「『安心』って……先生は2人の関係が不安になってきました。で、2つ目は?」


 すでに先生の頭の中は疑問符でいっぱいだろうが、残念ながらもう少し増やすことになる。


「えっと、席替えのことなんですけど」


「まさか、隣の席にしてください、とか?」


「……」


「はぁ、図星かい。けど流石にそれはねー。夕咲さんには交友関係も広げてほしいし」


「う、そうなんですけど。そこをなんとか」


「うーん。できないことはないけど」


「「本当ですか!?」」


「わっ! 2人で言わないでよ、びっくりするから。あくまで方法としてはだよ? 一応、視力を悪くすれば隣になれるけど」


「た、確かに」


 席替えをくじ引き行った場合、視力が悪い人への配慮として、前の座席への移動が可能だ。


 そこで2人で手を挙げれば、最前列にはなるが、隣の席になることができる。


「けどねー。先生的にはあんまりしてほしくないんだよね。理由はさっき言った通りだし。それに夜凪くんの交友関係も広がらないよ?」


「ああ、いや。俺は別にいいですけど」


 だが、夜奈の交友関係を広げる邪魔になってしまうのは確かに問題だ。


「よくないけどね。夕咲さんはどうしたい?」


「私は夜凪さんが隣にいてくれた方がいいです。わからないところも聞きやすいですし」


「そっか。まあ、止めはしないけど……条件をつけてもいい?」


「条件ですか?」


「うん。この条件を満たせばこの1年は許してあげる」


「条件ってどんなのですか?」


「シンプルに、友達を作ること!」


「「え」」


4話


「いやいや、『え』って……具体的に言うと、そうだね……夏休み明けの面談で使う紙に春谷くん、秋川さん、そしてお互いの名前以外にもう1人以上名前を書くこと。クラスは別でもいいけどこの学校、学年内でね」


「ええと……それは2人で共通の友達でも?」


「まあ、それならいいかな。どうする?」


「俺は、……いやまずは夕咲から」


「わ、私からですか? 私は……頑張ってみます」


「はい。俺も一緒です」


「うん、じゃあ頑張って。あ、あと、相手の人も名前書いてなかったらダメだからね?」


「え!? それかなりキツくないですか?」


「じゃないと証明のしようがないじゃない」


「そ、そうですけど」


 面談用の紙にかける名前は4つ。


 つまり、ここからの2ヶ月半ほどで誰かと仲良くなって、その人の仲の良い友達ランキング上位4人に入らなくてはならないということだ。


 普通に考えて無理だ。


 神崎先生はこの方法を使わせるのがよっぽど嫌なのだろう。


「どう? やめる?」


「いや……やってみます」


「私も同意見です」


「そっか。じゃあ、私は昼ごはん食べるから、2人も早く食べないと昼休み終わっちゃうよ?」


「はい。失礼しました」


「失礼しました」


 先生が職員室の扉を止めると同時に、俺は大きなため息をつく。


「はぁーー」


「夜凪さん、大丈夫ですか?」


「大丈夫だけど、どうしよっか?」


「友達づくりですか……、私はしたことがありません」


「俺は一応あるけど。もう無理だなー」


「秋川さんたちに相談して見るのはどうでしょう?」


「いいと思うけど。ハルたちの友達と仲よくなれるかな?」


 ハルたちはもちろん俺なんかよりも友達が多い。


 だが、2人は、特に秋川は典型的な陽キャなので、その友達となるとやはりそっち系の人たちになる。


「あの2人の友達はほとんど秋川タイプだから。正直俺は苦手」


「秋川タイプ?」


「グイグイ来るようなタイプ。秋川と仲良いのもハルがいたからだし、高校始まってもう2ヶ月だし」


「グイグイ来るタイプ、ですか。私も得意ではありませんね」


「だよねー。いったいどうすれば……」


 席替えの件は一旦は解決したものの、新たな問題もできてしまった。


 しかも、結構の難題。


 教室に戻った俺たちはハルたちに先生と話したことを伝えた。


「やっぱりー。先生ならおんなじことを言ってくれると思ったよー」


「秋川が教えてくれてたら変な条件はつかなかったのに」


「まあまあ、協力はしたげるじゃん」


「けどなー、バド部に夜凪と会いそうなやつとかいねーし、かといってこのクラスだとそこまで顔広くないしな」


「ま、そうだよな。活発すぎるのは苦手だし。はぁ」


「いっそのこと、誰かに頼んで書いてもらったら?」


「うーん。あの先生相手に隠し通せる気がしない」


「私もそう思います」


「「「「うーん……」」」」


 結局、4人で考えてもいい解決策は思いつかず、5限、6限と過ぎていき、放課後。


 席替えを先生に提案された方法で乗り切った俺と夕咲は、部活組の2人を見送って帰路についていた。


「はぁ、これで後には引けなくなったと」


「大丈夫ですか? 夕さん」


「大丈夫。夜奈は機嫌良さそうだね」


「はい。夕さんと隣の席になれましたので」


(なんだこの可愛い生き物)


 夜奈は小さく微笑みながら俺の少し前を歩く。


「ま、深く考えすぎない方がいいか」


 この問題に関しては考えてもどうにもならないし、まず、友達なんて作ろうと思って作るものじゃない気がする。


 何度か喋って、遊んで、気づけば仲良くなっている。


 きっとそんなものだ。


 これからまだテストもあるし、今はこんなことを考えていられるほどの余裕はない。


 そう割り切ったら、頭がスッキリして、気分が軽くなった気がした。


「ありがとう。夜奈」


「はい? 私は何もしてませんが……」


「いいから、いいから」


「?」


 夜奈と一緒ならなんとかなる。


 根拠はないが、なんとなくそんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る