一章 夏休みまでの3つの壁 1〜2話
1話
水曜日、週の折り返し。
休日まであと少しという考える人と、まだ折り返しという考える人。
この2通りの考え方があると思う。
俺はというと、2ヶ月前は前者だった。
が、今は違う。
夜奈が来てからというもの毎日が楽しくて仕方がない。
遊びに行ったり、旅行に行ったりしているわけではない。
将来的にはしてみたいと思うが、金銭的に難しいのでまだ夢物語だ。
だが、そんなことしなくても毎日が充実している。
今は通学中。
朝に何度か心配させてしまったせいか会話は少ない。
「うぅ、暑いです」
いや、気温のせいかもしれない。
確かに、最近になって急に気温が上がったので、まだ体がそれについていけていない気がする。
「夜奈、大丈夫?」
「はい。ですが、なるべく早く行きましょう。溶けてしまいそうです」
「あはは、そだね。なるべく日影を歩くようにしよっか」
早くいく、といってもこの暑さの中、走ろうという気にはなれない。
夜奈とのランニングは続けているが、まだ歩いている時間の方が長いくらいだ。
なので、体力がついたとは言えない。
それに、そろそろあいつらが来る頃だろう。
「おっはよー、ふったりっともー!」
こんなに暑いのにも関わらず、元気一杯の挨拶を飛ばしてきたのは、やはり秋川だ。
「だから急に走んなって言ってんだろ」
そのあと、少し遅れて追いついたのはハル。
最近ではすっかり、この4人がいつメンとして定着した。
「おはよう、2人とも」
「おはようございます。秋川さん、春谷さん」
「まったく、どうやったらこの気温でそんな元気にしてられんのか教えてほしいよ」
「逆になんでそんな元気ないのか教えてほしいよ、私は」
「まあ、お前ら部活入ってないからな。部活中の体育館は今の倍くらい暑いぞ」
「う、想像しただけでクラクラしてくる」
「大丈夫ですか? 夜凪さん」
「あ、ごめん。今のは冗談というか、比喩というか」
夜奈の顔がぽっと赤くなる。
(かわいい)
今のように、夜奈の勘違いでオチがつく、ということも最近では多く。
その度に恥ずかしがっている夜奈。
夜奈には申し訳ないが、俺はそれを見て癒されている。
まあ、これも夜奈が会話に参加できている証拠なのでとても良いことなのだ。
「さ、暑いんだったら早く行こ。冷房が効いた教室が私たちを待ってるぞー!」
そう言って4人も先頭に立つ秋川。
「なんかあいつ今日テンション高くない?」
「まあ、今日の放課後に席替えあるしな。あいつああいうの好きだから」
「「え?」」
2話
同時に声を上げたのは俺と夜奈。
俺は前科があるのでわかるが、夜奈が知らなかったのは意外だった。
「『え?』って。また話聞いてなかったのかよ」
「きょきょきょ、今日⁉︎」
「だからそうだって。焦りすぎだろ」
(ま、まずい。いや、まずくないかもだけど、いや、やっぱりまずいかも)
「なんでそんなに焦ってんだよ。しかも2人して」
どうやら夜奈も同じ考えを持っていたようだ。
「いやー、お恥ずかしながら……夕咲が心配で」
「は、はい。私も不安です」
「親と子か。別におんなじ教室にいんだから大丈夫だろ」
「いや、わかんないところとかすぐに教えられないし、ペアワークとかもできるか心配だし」
「私も同意見です」
「はぁ。そんなに嫌なら頑張って隣の席になれよ。決め方はくじ引きだし」
「「それだ/です!」」
「お前らバカになってないか?」
可能性は低いがくじ引きなら希望はある。最悪、隣にならなくても前後くらいなら安心できる。
最低でも4人グループを作るときに同じメンバーになれるくらいの席がいい。
「そろそろいくぞバカ2人。由奈がもう見えなくなってる」
「あ、忘れてた。けど、走んのはちょっと」
「時間見ろよ。時間」
「時間?」
スマホの待受画面を見ると遅刻まであと5分を切っている。
「やばっ! 夕咲、走ろう!」
「へ? あ、はい!?」
咄嗟に夜奈の手を掴み、学校に向けて走り出す。
学校に着くと、急いで靴を履き替え、階段を駆け上り、教室のドアを開ける。
「はぁ、はぁ、間に合っ、た……」
ドアを開けるとクラスメイトの視線が俺たち3人に向けられる。
黒板の前には、すでに神崎先生が立っている。
「いやー、惜しかったね。でも、遅刻です」
「「「す、すみませんでした」」」
クラスには笑いが起こり、羞恥心で赤くなった顔を下に向けながら席に着く。
「遅かったね〜。3人とも」
斜め前に座っている秋川がニヤニヤしながらこちらを見ている。
「うるさい」
SHR後、神崎先生からご指導を受けるため、3人で廊下に出る。
「遅刻理由は? 3人一緒?」
「はい。時間見てなくて。話してたらいつの間にか」
「はぁ、これからは気をつけてね。次やったら反省文書かせるからね」
「「「はい。すみません」」」
短い聴取が終わり、教室に戻ろうとすると、
「あ、夕咲さんはちょっと残って。話すことがあるから」
「? はい。わかりました」
俺は、その場にいることは流石にできないので、先に教室に戻る。
一体なんの話だろうか。
気になるが、あとで本人から聞くとしよう。
少しして、廊下から夜奈が戻ってくる。
その表情は少し暗い。
「夕咲、なんの話だった?」
「私は夏休みに入ってから5日間、補修があるそうです」
「補修? テストの点数は問題なかったはずだけど」
「あ、いえ。最初の2週間ほど、休んでいた分の補修です」
「ああ、それか」
仕方のないことだが、夏休みが5日減るのはかわいそうだ。
それに、その5日間は夜奈だけで学校に行くことになる。
それは少し心配だ。
「一緒にいけばいいんじゃない? 夜凪も」
夜奈との会話に入ってきたのは秋川。
「一緒に? そんなんことできるの?」
「できるかはわかんないけど。聞いてみるだけきてみたら」
「確かにできるならいいな……てか、なんで俺の考えてることわかったの?」
「過保護な夜凪のことだし。それに顔に書いてあった」
「夜凪は夕咲さんのことになるとすぐ顔に出るからな」
「あはは、……そんなに?」
「「そんなに」」
「あ、あの……」
会話が一段落したタイミングで夜奈がに復帰した。
「どうかした? 夕咲ちゃん」
「はい。夜凪さんはいいのですか? 無理をしていただく必要はないですよ?」
「いやいや、夕咲を家で見送るだけは罪悪感残るし、家に1人でいてもすることないしね」
寂しい、というのも少しあるが恥ずかしいので口には出さない。
「そうですか。そう言っていただけるのなら、甘えさせていただきます」
夜奈の口角が少し上がった。
夜奈も嫌ではなかったようで安心した。
「じゃあ、昼休みにでも聞きに行くよ。夕咲もついてきてくれる?」
「はい、もちろんです」
「ついでに席替えのことも頼んでこいよ」
「流石に無理でしょ」
「席替えのこと? なにそれ?」
(げっ)
絶対にいじってくるやつが食いついた。
(ハルめ、いらないことを)
「言わなくていいから。てか言うな」
「潤、もちろん言ってくれるよね?」
「ははは、夜凪。すまんな」
ハルは秋川からの圧に耐えきれず、しっかり全てを話した。
「はははー、ちょっと引くレベルだわ。まあでも、そんなに隣になりたいなら1つだけ手があるよ」
「まじ? どんなの?」
「え〜、どうしよっかな〜」
こんなところで小悪魔を発動させないでほしい。
「もったいぶらずに教えてよ。いや、教えてください」
「必死だね〜。ま、先生にでも聞いてみれば〜? 多分、おんなじこと提案してくれるから」
「誤解生まれない?」
「どうせいつかは本当になるんだから。別にいいでしょ」
「今教えてくれたらいいのに」
まあ、可能ならば隣の席にはなりたいので、もっともな言い訳を考えるしかない。
ため息と同時に1限開始のチャイムがなった。
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