いざ、遠足へ 6〜7話

6話


「お疲れ、夕咲」


「はぁ、はぁ、はい。夜凪さんのおかげです」


「まあ、まだもう一個残ってるんだけどね」


「え?」


「とりあえず一番上まで行こっか」


「わ、わかりました」


 そう、このアスレチックにはまだもう1つだけ夕咲にとっての難関が残ってる。


 ジップライン。


 手を離しても落ちることはないが、それでも、降りている時はほとんど宙吊り状態。


 つまり、先ほどとほぼ同じ状態になるということだ。


 少々、いやかなり心配だが、地上に降りるためにはあれを使う以外方法はない。


 その現実を直視した夕咲はというと、


「あ、あ……」


 と固まってしまっている。


「夕咲、俺が先に行って待ってよっか?」


「ええと……可能ならば同タイミングでお願いします」


「わかった。えっと、お願いできますか?」


 この時、係の人達にどう思われたかは知らないが、相手の表情から考えて何か勘違いをされたような気がする。


 命綱を付け替え、あとは押し出してもらうだけ。


「夕咲、タイミングは?」


「夜凪さんが決めてもらって大丈夫です」


「わかった。じゃあ……5秒後で」


「え⁉︎」


「5、4、3、2、1、0!」


 俺が『ゼロ!』といったタイミングでスタッフの人達が押し出してくれる。


 思っていた以上のスピードだ。


 もちろんジップラインが初めてというわけではないが、乗ったのがかなり前なのでとても早く感じる。


 俺は楽しめているが夕咲は、


「うぅ……あぁ」


 どうやら声も出ないようだ。


 顔も青ざめ半泣き状態だ。


 終わったら宣言通り、満足するまで撫でてあげよう。(本当にこれでいいのかはわからないが)


 時間としては一分ほどだったが、それでも夕咲をノックアウトするには十分だったようだ。


「夕咲、大丈夫?」


「……」


 夕咲は顔面蒼白で、小刻みに震えている。


 まあ、高所恐怖症の人間が約20メートルの高さからジップラインで降りてきたのだ。


 こうなるのも無理はない。


 係の人から荷物を返してもらうと、スマホにメッセージが届いていた。


秋川:『終わったらショッピングモールまで来

て』

 結構時間がかかってしまったので、2人は待ちきれずに先に行ってしまったらしい。


 ということは、近くに2人はいないということ。


「夕咲、本当にお疲れ様」


 夕咲の頭を優しく撫でる。


「覚えていてくださったんですね。ありがとうございます……えへへ」


 ジップラインの時とは打って変わり、今の夕咲は柔らかい表情を見せている。


「地面があるというのは安心しますね」


「あはは。本当に無事に終わってよかったよ」


「そうですね。本当にありがとうございました」


 ストレートに感謝を伝えられるのは、少し照れ臭いが素直に嬉しい。


「さ、ハル達を待たせてるし、急ごっか」


「はい。ですが、その……ダッシュは無しでお願いします」


「わかった。じゃあ早歩きくらいで」


 来た道を戻り、最初の集合場所まで戻る。


 途中で秋川から催促のメッセージが届いたので結局後半はダッシュで向かうことになった。


 そのおかげで夕咲は、


「はぁ……はぁ……す、少し休憩をいただいてもよろしいでしょうか?」


「ねえ夜凪、どんだけ走ってきたの?」


「いや、そこまで走ってないんだけど」


「す、すみません。先に行っていただいても構いませんので」


「いやいや、そんなことしないって」


「こっから飯だしな」


「本当ですか⁉︎ 春谷さん」


「お、おう。本当だ」


 ご飯と聞いただけでここまで元気になるとは。


 よっぽど食べることが好きなのだろう。


 昼食は各自、フードコートやレストラン街の店で食べえることになっているためタイミングは自由だ。


 俺たちは予算のことを考えて、ショッピングモールの2階にあるフードコートで食べることにしたのだが、


「……う〜〜ん」


「めっちゃ悩んでるね」


「なあ夜凪、夕咲さんっていつもあんなに悩むのか?」


「うん、まあ。そうだね」


 俺含め夕咲以外の3人はすでに注文を済ましており、今は料理の完成を待っている。


「夜凪、決めんの手伝ってあげたら?」


「うーん。けど急かしてるみたいになるのはちょっと……」


「気にしすぎだ。ほら、さっさと行ってこい」


「しょうがないなー」


 俺は席から立ち上がって悩んでいる夕咲の横まで行く。


「夕咲、どれで悩んでるの?」


「それが……まだどのお店にするかも決められていません」


(まじかぁ……)


「どうしましょう? どれも食べたことがないものばっかりで……」


「あ、そっか。うーん。難しいな」


「何かおすすめはありますか?」


「おすすめか……子供っぽいかもだけど、オムライスとか」


「では、それにします」


(あれ? なんかデジャブなような……)


「いいの? 俺のおすすめで」


「はい。 秋川さん達をかなり待たせてしまっていますので」


(分かってたんだ)


「そっか。まあ、夕咲がいいなら」


 夕咲が無事注文を終えたことを確認して俺は席に戻る。


 その頃にはすでにハル、秋川、俺の料理は完成していたようで、机には3人分の料理が並んでいた。


「持ってきてくれたんだ。ありがとう」


「貸し一な」


「はいはい」


「どうする? 先食べる?」


「いや、俺は夕咲のが来るまで待つよ」


「そう、なら私たちも」


「そだな」


 適当に雑談をして時間を潰していると夕咲が戻ってきた。


「お待たせしてすみません」


「大丈夫だよー。ほら、座って座って」


「ありがとうございます」


「じゃあ」


「「「「いただきます」」」」


 4人で手を合わせ食べ始める。


「夕咲、どう? オムライスは」


「とても美味しいです」


「ならよかった」


 相変わらず夕咲の食べるスピードは早い。


 俺たちが半分くらい食べたくらいで食べ終わってしまった。


「え! 夕咲ちゃんもう食べ終わっちゃったの?」


「は、はい。どうやら、私は食べるのが早いみたいで」


「じゃあ、私たちも頑張って食べなきゃね」


「そうだな。服買う時間は長い方がいいから

な」


「あ、忘れてた」


「おいおい、お前が言い出したんだぞ」


「あはは、ごめんごめん」


「ねえ、夜凪。服見る時、夕咲ちゃん借りてていい?」


「俺に聞かないでよ」


「私は大丈夫ですが、その間夜凪さんはどうするのですか?」


「夜凪はハルと回ってもらうよ。いいよね?」


「うん。いいけど、なんで?」


「その方がワクワクするでしょ?」


「?」


 何に対してワクワクするのかはわからないが、別に断る理由もないのでいいと言っておく。


 次のプランが決まったところで、昼食はさっさと済ませフードコートをあとにする。


 その後すぐに2組に分かれ、人生初の服選びがスタートした。


7話


「夜凪はどんな服がいいんだ?」


「別に、俺はなんでも」


「それじゃ選びにくいだろ」


「そんなこと言われてもなぁ……」


 ハルと2人になり歩き出したはいいものの、ファッションに興味のない俺に特にこれと言った希望はない。


 なので、俺の服選びは難航してしまっている。


「なんでも良いからさ、なんかないのか?」


「そうだな……派手じゃないやつ、とか?」


「はぁ……、もうメジャーな店で選ぶか」


 ということで俺たちが入ったのは全国に展開しているアパレルショップ。


 一人暮らしをする前に親に連れられて来たのがおそらく最後だ。


 店内にはおしゃれな服をきたマネキンが並んでおり、自分のファッションセンスの無さを痛感させられる。


 

「派手なのは嫌なんだよな?」


「うん」


「じゃあ今回はシンプルなのにしとくか」


「シンプル、というと?」


「そうだな、何か羽織る系のやつと中のTシャツ。あとは、それに合うパンツ。あ、黒はなしな」


「う、なぜ……」


「お前が黒しか持ってないからだろ」


「はい、おっしゃる通りで」


 その後、俺は試着室に放り込まれ、ハルが持って来た服を試着していった。


 かなりの数を試着した気がするがなかなか決まらない。


「ねえ、ハル、選んでもらってる身で言うのもおかしいけど、いつになったら終わんの?」


「我慢しろ。あと20分だ」


「20分?」


「お前、メッセージ見てないのか?」


 スマホを確認すると秋川から3人のグループにメッセージが届いていた。


秋川:『2時半からお披露目会♪』


 文章の最後には音符マークがつけられており、秋川のご機嫌具合が読み取れる。


(ワクワクって、これか)


「お、見たのか。やる気出て来ただろ」


 ハルが新しい服を持って試着室のカーテンを開ける。


「見たけど、別にやる気は出てない」


「そうなのか? 夕咲さんに見せるんだぞ」


「だ、だから?」


「なんで強がるんだよ。てか、俺と由奈は知ってるからな」


「ハハ、そうでした」


 我ながら嘘をつくのは下手だと思った。


 ハルたちには伝えていたはずなのだが、どうやら、この気持ちを堂々と肯定するほどの度胸は今の俺にはないようだ。


「ま、あと20分で決め切るから、やる気出せよ」


「へいへい」


 それから20分、俺はそれまでよりもかなりのハイペースで試着をし、なんとか2つまでは絞った。


「どっちにするんだ?」


「うーん。どうしよう」


「2つとも買ってもいいんじゃないか? 1つしかなかったらまたあの黒いやつ着るだろ」


「確かに。ならどっちも買うか。予算的にもいけそうだし」


「じゃあ、どっちを着て行くんだ?」


「あ、そっか。結局選ばなきゃか。うーん」


「じゃあ、じゃんけんで決めるか。俺が勝ったら右、お前が勝ったら左な」


「わかった」


 じゃんけんで勝ったのはハル。


 なので俺の右手に持っているセットを着て行くことにした。


 背中に小さく文字が書いてあるだけのシンプルな白いTシャツに水色のシャツを羽織り、これまたシンプルなデニム生地のパンツ。


 これがおしゃれなのかは俺にはわからないが、今までのファッションと比べればかなり良くなっただろう。


「夕咲たちはどこにいるの?」


 服を買い、店を出る。


 選んだ服を着てもうワンセットは袋に入れてもらった。


「ちょっと待て、聞いてみる。…………お、もう外に出てるってよ」


「そうなの? じゃあ急ぐか」


 ショッピングモールの外に出ると太陽は頭上に登っており、アスレチックをしていた時よりもさらに気温が上がっている。


「あ! 夜凪ー、潤ー、こっちー」


 秋川がこちらに気づいて手を振っている。


「お待たせ……あれ? 夕咲は?」


「ああ、夕咲ちゃんなら、ほら、あそこ」


 だが秋川が指差した先には誰もいない。


「え? どこ? あっちには何も……」


「いや、あるでしょ」


「あるでしょって、あそこにはトイレくらいしか……って、まさか……」


「うん。そのまさか。なんか恥ずかしいんだって」


「恥ずかしいって、そんなやばい服買ったの?」


「いやいや! しっかり真面目に選んだよ!」


「……どうすんの?」


「トイレの中に隠れてるんだし、私が呼ぶしかないでしょ。それとも何? 夜凪が呼びにいきたい?」


「はよ行ってきて」


 こちらを見てニヤけている秋川を見送り、ハルと2人で夕咲を待つ。


「楽しみだな〜。な、夜凪〜」


(まったく、このカップルは人をいじらないと生きていけないのか?)


「ちっ、ああ、そうだな」


「なんだ、やけに素直だな」


「いじられるのは疲れるんだよ」


 小さくため息をついて前に向き直る。


 それから少しして秋川がトイレから出てくる。


だが、近くに夕咲の姿は見当たらない。


「秋川、夕咲は?」


「何言ってんの? いるじゃん」


「え? どこにって、あ!」


 夕咲は秋川の後ろに隠れていた。背が小さいのもあって、そこまで背が高いわけでもない秋川に隠れることができたのだ。


「ごめん、夕咲。気付けなくって」


「いえ、隠れていたのは私ですから」


「あのー、夕咲ちゃん? そろそろ私の後ろに隠れるのやめたら?」


「あ、すみません。ですが、自信がなくて……」


「大丈夫だよ、夕咲なら」


「ほお〜、その根拠は? 夜凪くん」


「秋川、ちょっと黙ってて。夕咲、耳だけでいいからかして」


「は、はい」


 隠れたままの夕咲の耳元にまで近づき、他2人に聞こえないように小声で話す。


「自信持って。俺は、その……夕咲ならなんでも似合うと思ってるから」


「そ、そうですか? 夜凪さんがそう言ってくださるなら……」


 やっと決心してくれたようで夕咲も隠れるのをやめてくれそうだ。


 これなら恥を忍んで言った甲斐があった。


「まだ少し恥ずかしいですが……夜凪さん、どうでしょうか?」


 心配と恥じらいが混ざった表情を浮かべながら、夕咲はゆっくりと秋川の後ろから姿を表した。


 それを見た俺の率直な意見はというと、


「かわいい…………、あ」


「「ほぉ〜〜」」


「あ、ありがとうございます。……えへへ」


「「ごちそうさまです!」」


「2人とも黙れ」


 顔の温度が急激に上がる。


 夕咲も顔を真っ赤にしてあたふたしている。


 上下ともに黒で統一されているが、そこには俺の部屋着のようなダサさはかけらもなく、少し大人っぽい印象を受ける。


 さすがは秋川と言ったところだ。


 俺の語彙力ではうまく説明できないがとてもオシャレで可愛く仕上がっていると思う。


「ほら夜凪〜、もっとないの〜?」


「も、もっとって、例えば?」


「「それは自分で考えろ」」


 急に2人が真面目な顔になって言うので何かないかと思考を巡らせる。


「ええと、似合ってるよ、夕咲。あとは……やっぱりかわいい」


「はぁ、夜凪さー、そんなんで女子は喜ばないんだよ。そうだよね、夕咲ちゃん?」


「そ、そんな……、ありがとうございます、えへへ」


「って、めっちゃ喜んでるし!」


「夜凪、普通はこうはいかないからな」


「はい。勉強しときます」


 もう少し気の利いたことを言えたら良かったのだが、人とは話すことでやっとな俺にはなかなか難しい。


 夕咲は優しいのであんなのでも喜んでくれてたが、次はもっと上手く褒められるように精進しよう。


「これからどうしよっか? まだ2時間くらい時間あるけど」


 俺の顔が冷め切らないうちに秋川が口を開く。


 もう少し落ち着く時間をくれてもいいと思うのだが。


「あ、それなら、提案があるんだけど……」


 そう、これまでの出来事でもかなりお腹いっぱいだが、俺にとってはここからが本番。


 昨日の夜に秋川とハルと立てた計画。


 秋川の演技力を本当に尊敬できる。


(ナイスパス。秋川)


「水族館、行かない?」

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