いざ、遠足へ 3話〜5話

3話


 兄弟校も含めた全体での集会を終え、今は各クラスごとに集まっている。


「じゃあみんな、他校の人と喧嘩したりしないでね。いってらっしゃーい!」


 先生の優しさか、他のクラスよりも早く話が終わり、それぞれが班に分かれ、目的地に向かって歩き始める。


 他よりまったりしたペースで集まった俺たちは現在地から一番近いアスレチックへと向かった。


「夜凪ー、急いでー。みんなに先越されちゃうよー」


「ちょっと待ってー。夕咲、走れる?」


「は、はい。頑張ります……はぁ、はぁ」


 だが、ここまでも走ってきているので、すでに夕咲は肩で息をしている。


 俺も流石に運動部の2人についていける体力は持ち合わせていない。


「おーい、秋川ー」


「んー? どーしたのー?」


「疲れたから先に行って並んどいてー」


「……、わかったー!」


 少し考えてから了解し、秋川とハルはアスレチックに向けて走り出した。


「よかったのですか?」


「いいよ、順番が来るまでに合流すればいいんだし」


「ありがとうございます。夜凪さん」


「なんのお礼? 俺が疲れただけだよ」


「ふふ、そうですか」


 バレないようにカッコつけてみたのだが、流石に気づかれていたか。


 まあ、正直にいうと、嘘と本当は半々くらいだ。


「じゃあ、景色でも見ながら、ゆっくり行こっか」


「はい」


 俺たちは森の中に作られた小道を通って向かう。


 その道中には小さい川が流れていたり、名前の知らない花が咲いてたりしていた。


 普段なら気にも留めないが、夕咲がいるならそうはならない。


 夕咲は花を見るたびに、


「綺麗ですね」


 と言って、鳥を見つけるたびに、


「かわいいですね」


 と言った。


 いつもより口数が増えているので、それだけ夕咲も楽しめているということだろう。


その後も時々会話を挟みながらゆっくり歩を進める。


 森の小道を抜けたくらいで俺のスマホがなった。


秋川:『夜凪、そろそろ順番』


夜凪:『まじ?』


秋川:『まじだけど、今どこにいんの?』


夜凪:『森抜けたくらい』


秋川:『ダッシュ』


 少しまったりしすぎた。


 ここからアスレチックはそう遠くないが、順番が迫っている以上、急がないわけにはいかない。


「夕咲、走るよ」


「! は、はい!」


 俺は夕咲の手を握って走り出した。


4話


「お疲れー、お二人さん……アツアツだね〜」


「はぁ、はぁ、突っ込む気にもなれない」


「あらら、これからアスレチックなのに」


「え?」


「順番、次だから。潤はあっちで防具つけてる」


「まじかぁ。夕咲は……」


「はぁ、はぁ、うっ……」


「大丈夫じゃなさそう」


「どうする? 夕咲ちゃん。休んどく?」


「い、いえ。大丈夫です」


 本当に大丈夫かはわからないが、やりたいという気持ちが目から伝わってくる。


「やるならいいけど、しんどくなったらすぐ言ってね」


「わかりました」


 スタッフの人たちに防具と命綱を付けてもらい、禁止事項や注意事項の説明を受ける。


 思いの外短かった説明を聞き終え、4人でスタート地点に立つ。


 このアスレチックは六角柱上になっていて、3、4周したら頂上の展望台に辿り着く。


 一番上からはジップラインで下に降りれるようになっている。


 コースが2つあり、スタート地点から左右のどちらに行くかによって分かれる。


「せっかくだし、2人ずつで別れようよ」


 と秋川が言うので秋川・ハルペアは右のコース、俺・夕咲ペアは左のコースで登ることにした。


 左右のコースに難易度の違いはなく、単に時計回りか、反時計回りの違いしかない。


 前に行くのは俺でその後ろに夕咲がついてくる並び。


 初めの方は少し揺れる足場を渡るくらいで、高さもあまりない。


 なので、恐怖心みたいなものはなくスイスイ進んでいく。


 途中何度か夕咲の方を見たが、特に危なげもなく進んでいるようだ。


 だが2周目の半分くらいに行ったところで夕咲に異変が起きた。


「……あ、あぁ」


 顔が青ざめ、しゃがみ込んだ状態で小刻みに震えている。


 先程までかいていなかった汗も、今は滝のように流れている。


(まさか……高所恐怖症⁉︎)


 この推測が正しいのなら結構まずい。


 すでに後ろから人が来ているので引き返すことはできないし、途中でリタイアするルートもないので上に登ることしかできない。


 今は地上から8メートルくらい。


 高所恐怖症について詳しいわけではないが、このまま登り続けるのは絶対に良くない。


「夕咲、ええと、とりあえず……深呼吸しよう!深呼吸!」


「あ、うぅ……」


「下を見ないように、ああ、ほら! 俺の顔を見て」


「は、はい」


「はい、深呼吸。スー、ハー」


「スー、ハー、スー、ハー……、す、少しだけ……落ち着きました」


「よかった。多分、夕咲は高所恐怖症だと思う」


「高所、恐怖症?」


「簡単にいうと、高いとこがめちゃくちゃ怖いってなる人」


「た、確かに、今の私ですね。私はどうしたらいいのですか?」


「登るしかできないけど、危険」


 このアスレチックの頂上の高さは約20メートル。


 途中で気を失ってしまったりしたら大騒ぎになるし、なんと言っても夕咲が危ない。


 ワイヤーがあるので落ちはしないが、宙吊りなんてなったら夕咲の今後に関わる。


「……夜凪さん、先に行ってくれませんか?」


「は⁉︎ そんなことできるわけ……」


「あ、違うんです。夜凪さんが前にいてくれたら、私はあなたを見て進むことができるので」


「あ、そういうこと。いや、けど……」


「それくらいしか方法が思いつかないので、すみません」


 確かに、専門的な知識もない高校生が思いつく対策なんて下を見ない、ということくらいだ。


 だが、そんなことが可能なのかはわからない。


 だがだが、ずっとここにいても解決はできない。


「……わかった。絶対に下は見ないこと。キツくなったら深呼吸、わかった?」


「はい」


 俺は最後に夕咲の頭を軽く撫でて立ち上がる。


「……もう少し続けて欲しいのですが」


「うーん……、ゴールしてからにしよう。急がないとだし。じゃ、行くよ」


 そう言いながら、しゃがみ込んでいる夕咲に手を差し出す。


 夕咲は小さく頷き、俺の手を取って立ち上がる。


 俺はゆっくり前に進み、なるべく足場を揺らさないようにする。


 休憩ポイントがあるごとに夕咲と会話を挟み、なるべく不安にさせないように心がける。


「夕咲、あと1周だから頑張って」


「はい……ふぅ」


 流石にここまで来た疲労も溜まる。


 秋川とハルはもうゴールしただろうか。


 周りを見渡してもそれらしい人物は見当たらないので、つまりはそういうことだろう。


 もう少し休憩したいところだが、後続も迫ってきているのでそういうわけにはいかない。


「夕咲、行ける?」


「はい」


 そうして俺たちは長い長いラスト1周に突入した。


5話


 ラスト1周の中にある障害は8個。


 すでに、俺でも少しの恐怖を覚える高さになっている。


 ここまでは夕咲の提案した通りにこれている。


 だが残り3つというところで事件は起こった。


「よし……夕咲、来ていいよ」


「はい」


 内容としては上から垂れいる縄に短い丸太が括り付けられているもの。


「今までのよりも揺れるから気をつけて」


「はい」


 夕咲はゆっくりかつ慎重に足を動かす。


「いいよー。その調子」


 あと1つというところで、夕咲の顔から少しの笑みが溢れる。


 その瞬間、


「! 夕咲‼︎」


「きゃあ!」


 夕咲が足を滑らせた。


 いや、正しくは夕咲が足を出した瞬間に風が吹き、足場の位置がずれたのだ。


「夕咲! すぐ行く!」


「あぁ……うぁぁ」


「下見ないで! 夕咲、こっち!」


 だが、夕咲はパニック状態になってしまっていて、俺の声が届いているかはわからない。


 夕咲は今、宙吊り状態になっている。


 落ち着けといのは無理な話だ。


 俺は最後の丸太に足を置き夕咲に手を伸ばす。


「夕咲! 手を掴んで!」


 こちらに気づいたのか夕咲は必死に手を伸ばす。


 だが、あと少し手が届かない。


 普通の状態なら手足を伸ばせば丸太に届く。


 しかし、パニックになっているのに加え、身長の低い夕咲では、なかなかうまくはいかない。


 このまま長時間宙吊りなのは絶対にまずい。


 だが、どれだけ腕を伸ばしても指がぶつかる程度。


(どうすればいい? 丸太の上からじゃ限界があるし)


「丸太の上からじゃ……あ、そっか!」


「や、夜凪さん!」


「落ち着いて、もう大丈夫だから。そっちに行く」


「?」


 俺はすぐに丸太に腰をかけ、ゆっくりそこから降りる。


「ほら、これで届く。夕咲、手を」


「! はい!」


 俺は夕咲の手を掴むと先程まで乗っていた丸太の縄を掴む。


 筋力に自信はないが今はそんな弱音を吐いている場合じゃない。


 今残っている力を絞り出し、なんとか夕咲と自分の体を持ち上げる。


「うぅぅ……らあああ!」


 今まで出したことない雄叫びをあげながら、なんとか夕咲を持ち上げ、手を掴んだまま休憩ポイントに移動する。


 始まる前の注意を無視する形になってしまったが、今回ばかりはそれで怒られても構わないと思える。


「はぁ、はぁ。大丈夫?」


「……」


 夕咲は黙り込んでしまっている。あんな怖い目に遭った後だし、仕方ないだろう。


 だが、念のため声くらいは聞いておきたい。


「夕咲? ……うわっ!」


 突然、無言のままで夕咲が飛びついてきた。


「……うぅ、怖かった……です、グスッ」


「そうだよね。よく頑張ったよ」


 正直このまま泣き止むまではじっとしていたいが、後ろの人が1つ前の休憩ポイントからこちらを見ている。


 少し心配そうな顔をしていたので、軽く笑って会釈だけしておく。


「夕咲、あと2つ。頑張ろう」


「……はい。あの……」


「ん? なに?」


「……手を繋いでほしいです」


「う〜ん……」


 夕咲の考えもわかる。


 不安なのだろう。


 だが、アスレチックを手を繋ぎながらやるのは危険なことだ。


 最初の注意で同じ足場に2人で乗らないように、と言われている。


 さっきのは非常事態なので特別だ。


 だが、ここで断るのはあまりにかわいそうだ。


「……わかった。けど、安全なところだけね」


「! はい!」


 もしバレても事情を話せばわかってくれるだろう。


 それに、今は多少の説教よりも夕咲気持ちを優先したい。


「ほら、手を」


「ありがとうございます……ふふっ」


 夕咲に笑顔が戻ったところですぐに出発する。


 片手しか使えないのは少し怖いが、今俺が怖がるわけにはいかない。


 手は繋いだままで、1つ1つ確実に進んでいく。


「夕咲、ラストー!」


 そして、最後の1つ。


 あと一歩でゴールだ。


「はい……えいっ!」


 最後の足場から飛んだ夕咲。


 その腕をしっかり掴んでゴールに引き寄せる。


 そして、お互い見合って、


「「ゴール!」」


「です!」

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