六章 いざ遠足 1話〜2話

1話


 ついに遠足当日になった。


 今までのテスト勉強は今日を思いっきり楽しむためにやってきたといっても過言ではない。


 子供っぽいかもしれないが、何歳になってもこのようなイベントにはワクワクするものだ。


 服は制服と私服を選べるので、俺は迷わず制服を選んだ。


 もちろん夕咲もだ。


 現地集合なので、最寄りの駅でハルたちと待ち合わせる。


「夜凪ー、夕咲ちゃーん」


 俺と夕咲が駅に着いて10分ほどしてから、ハルと秋川がやってきた。


 決して2人が遅かったわけではない。


 俺と夕咲が早く目覚めすぎただけだ。


「2人は私服なんだ」


「当然じゃん。そういう2人は制服と」


「……仕方ないでしょ」


「ん〜? 何が仕方ないのかな〜?」


「くっ、わかってるくせに」


 秋川も気分がいいのか、朝からいじり全開だ。


(悪魔め)


 今の秋川にはツノと羽が見える。


「おーい、電車きちまうぞー」


 ハルの呼びかけでいじりは中断され、急いで電車に乗り込む。


 時間がかなり早いので電車に乗っているのは同じ高校の生徒と暗い顔をしたサラリーマンくらいだ。


 おかげでボックスシート(2、2で向かい合って座るやつ)に座ることができた。


 ここから目的地の近くの駅までは9駅ほどあるので、1時間くらいは電車に揺られることになる。


「夜凪さん、すごいですね!」


「すごいって、電車も初めて?」


「いえ、そういうわけではないのですが、落ち着いて景色を見るのは初めてです。すごく綺麗ですね!」


 窓側に座った夕咲は笑顔を浮かべ、外を眺めている。


「小学校は行ってたんだろ?」


 とハルが質問。


「はい。ですが、その頃も学校は休みがちになっていましたので、行事などにも行ったことがないんです」


「へー、じゃあ、これが夕咲ちゃんの初学校行事だ」


「そうなりますね」


 夕咲はいろいろなことが初めてなので、それを体験している時の表情は明るい。


 その顔を見ると元気になれるのでこちらとしても助かっている。


 それから少しの間夕咲は外を眺め続けていた。

        ****


「いやー、楽しみだね〜」


「何回言うの? それ」


 今はやっと6つ目の駅を過ぎたくらい。


 秋川が『楽しみだね』というのはこれで10回目。


「いいじゃん。楽しみなんだから」


「俺も寝たいんだけど」


 今、俺の横では夕咲がスヤスヤと寝息を立てている。


 電車に乗ってすぐは子供のようにはしゃいでいた夕咲だが、テスト勉強のために睡眠時間を削っていたこともあり、睡魔には勝てなかったようだ。


「別にいいけど、私たち何するかわからないよ?」


「俺も入ってんのかよ」


「もっちろん。あ、夜凪。あれ、本当にやるの?」


「うん。そういうとこに行ける機会ってあんまないし」


「バレたら絶対めんどいぞ」


「大丈夫とは思ってる。先生には言ってみるし、ダメだとしても責任は俺が持つから」


「ならいいけど」


「夕咲さんに言ったのか」


「いや、変に考えさせたくないから言ってない。普通に言っても断られそうだから」


 今回の遠足で、俺はひとつ計画を立てた。


 これなら夕咲も喜んでくれるだろうし、を言い出すきっかけとしてはこれ以上はないだろう。


 会話がひと段落すると、電車の心地よい揺れがもたらす猛烈な眠気に襲われ、気づけば俺の意識は深く沈んでいっていた。


2話


「夜凪さん、起きてください」


 そう言われて目覚めた時には降りる駅の1つ前の駅を出発したところ。


「ふぁ〜、眠い。いつの間にこんなところまで」


「夜凪ったら全然起きないんだから」


「え、ごめん。そんな起きなかった?」


「そりゃあ、全然だな。けど、夕咲さんが起こしたらすぐ起きたな」


「実は、毎朝起こされてるとか〜?」


「……」


「え! まじで?」


「いや……正確には半々くらい」


「「夫婦か」」


「う、うるさい」


 起きて早々いじられているうちに電車が停車する。


「ほら、もう着いたから。さっさと降りる」


 電車の扉が開くと同時に駅のホームは陽空三高生で埋め尽くされる。


 混まないようにと思って早めに出発したつもりだったのだが、どうやら、考えることはみんな同じだったらしい。


「由奈、手、離すなよ」


 カップルであるハルと秋川は当然のように手を繋ぎ電車を降りる。


 ハルのああいうところを見るとやはり、男として負けていると実感する。


「夕咲、俺たちも降りよう」


「はい」


 そう言ったのと同時に夕咲は俺の手を掴む。


「ゆ、夕咲⁉︎」


「どうかされましたか?」


「い、いや。なんでもない。……離さないでね、手」


「はい。わかっています」


 夕咲は顔を赤くするわけでもなく、恥ずかしがっている様子もない。


(ハルと秋川のを見たからかな?)


 もしかしたらこれが普通なんだと思ったのかもしれない。


 きっとそうだ。


 改札に向かう途中で何度か人流に流されそうになったが、夕咲とはぐれることもなく、無事2人と合流できた。


 人混みを抜けてからは手は繋いでいなかったので、おそらくハルと秋川には見られていない。


 ああいうことを他人の目を気にせずできる2人は素直にすごいと思う。


 駅から出たら集合場所までは徒歩で5分ほど。


 駅は目的の複合施設の敷地内にあるので、目的地にはもうすでに着いていると言っていい。


「お! お二人さん、あれが今日、服を見るショッピングモールですよー!」


「ちゃんと金持ってきたか?」


「うん、銀行からもちょっと出してきたし、足りるはず」


「私も、お給料を頂けましたので」


「ん? 給料? 夕咲さんがバイト始めたのってちょっと前じゃ……んぐっ⁉︎」


「まあまあ、細かいことは気にしない。な、ハル?」


「ぷはっ、急に何すんだよ」


 俺は急いでスマホを取り出し、3人のグループにメッセージを飛ばす。



夜凪:『給料前払い 心配かけたくない 察し

    て』

 スマホの通知に気づいたハルはメッセージを既読にし、


ハル:『先にいえ』


 と一言。


「そうだよ潤、どうでもいいじゃん、そんなこと」


 秋川もメッセージに気づいたようで、フォローに回ってくれる。


「ああ、そうだな。忘れてくれ、夕咲さん」


「?」


 夕咲は不思議に思っていそうだが、それを口に出すことはしない。


 隠し事は心が痛むが仕方がない。


「あ、ハル。アスレチックってあれ?」


「お、そうっぽいな。結構でかいなー」


「ねえ、潤、どっちが早く登れるか競争しようよ」


「お! いいなそれ、乗った」


「よくない。小学生じゃないんだから」


「ちぇ、そこは乗っかるところだろ?」


 少し強引かもしれないがうまく話を逸らすことができた。


 集合場所に着くとそこは学生で溢れかえっていた。


 同じ高校の生徒以外にも知らない制服の生徒が見える。


「この場所、結構人気なんだね。いろんなとこから遠足に来てるし」


「え? 夜凪知らないの?」


「何が?」


「お前ほんと話聞いてないのな」


「?」


「私たちの高校の遠足は兄弟校と合わせて行くみたいですよ」


「え、知らなかった。というか、夕咲も知ってたんだ」


「はい。昨日のHRで神崎先生が言っていましたので」


「あ、そういう」


 あの時は半分くらい寝てたので、先生が話していたことはほとんど覚えていない。


「記憶力あっても聞いてなかったらね〜」


「あはは……仰る通りで」


 その後は集合時間まで適当に時間を潰し、ついに開始の時間を迎えた。

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