五章 仲直り、そしてテストへ 1〜3話

1話

「おい、夜凪! 何してんだよ」


 その言葉でやっと我に返る。


「ごめん、つい……」


「こりゃ重症だな。ちょっと待ってろ」


 そういうとハルはポケットからスマホを取り出して誰かに電話をかけ始めた。


「誰に電話?」


「静かにしてろ。あ、由奈か? 俺だ」


 一瞬理解が追いつかなかった。


(今なんていった? 由奈?)


 俺の知っている中で由奈なんて1人しかいない。


「ハ、ハル⁉︎ 何しての⁉︎」


 だが、ハルはジェスチャーで黙れ、というだけだ。


(どういうつもりなんだ?)


 俺がその行動の意図を理解できないまま、ハルは電話を耳から離してしまった。


「何してんの?これで気づかれでもしてら……」


「ほらよ。絶対切るなよ」


 そういってハルは自分のスマホを俺に手渡した。


 その画面には『由奈』という文字と通話時間が表示されていた。


 マイクはオフにされており、スピーカー状態に設定されている。


「これって……」


「聞きたいんだろ。由奈もスピーカーにしてるから、それでちょっとは聞けるぞ」


(ハルってもしや……天才?)


「ありがとう、ハル。あとでなんか奢らせて」


「忘れんなよ、その言葉」


 ハルのファインプレーにより、俺も話を聞くことができる。


 それから俺たちは扉の前から離れ、人気ひとけのない駐輪場まで移動した。


 そして、2人の会話に耳を傾ける。

 


2話


 私、秋川由奈は今、とっても緊張している。


 夜凪からの頼みを二つ返事で承諾してしまったのは、今となっては少し悔やまれる。


 夕咲ちゃんは確かに友達だが、他の人とは違って、まだ少し話しずらい。


 喋り方が丁寧すぎるのでどうしても距離みたいなものを感じてしまう。


 こういう子との会話の始め方は私にはわからない。


 だが、電話の向こうで彼氏と頼んできた張本人が聞いている以上、ずっと無言でいるわけにはいかない。


「夕咲ちゃん、今日、あんまり元気ないよね? どうかしたの?」


「……そんなことないですよ。ご心配なく」


「けど、今日、夜凪と全然目合なわせないし、夜凪も心配してたよ」


「そうですか……」


「なにかあったんなら話してよ。私たち友達でしょ?」


「……友達。わかりました。ですが、夜凪さんには言わないでください」


「うん、わかった」


(私が話すわけじゃないし、セーフだよね?)


 今、電話していることがバレたら夕咲ちゃんにバレたら大きく信頼を失うことになりそうだ。


「実は、昨日、コップを1つ割ってしまって」


「そうなんだ」


(知ってるけど……知らないふり、知らないふり)


「夜凪さんは気にしてないと仰っていましたが、怒られることがなくて、心配で」


「心配?」


「はい。気を遣わせてしまっているんじゃないかと思いまして」


 夕咲ちゃんは一度、息を吸い直して、少しづつ言葉を紡いでいく。


「もしかしたら、前に友達と言ってくれたのも……気を遣わせていたのかもと思うと、本当に怖くて……それで、顔も合わせられなくて」


「へー、夜凪がそんなことを……じゃなくて、そういうことだったんだ」


「はい。……面倒くさいですよね」


「いや、そんなことは……」


「わかってるんです。迷惑をかけていることは。ですが、どうしても怖くって」


 目に涙を浮かべながらそう話す夕咲ちゃん。


「う〜ん……気にしすぎじゃない?」


 そんな夕咲ちゃんに対して、私は率直に自分の意見を話す。


「え?」


「夜凪は時々口悪いけど結構優しい奴だし、それに、夜凪は嘘で『友達』なんて、言わないと思うけど」


「…………」


 夕咲ちゃんは黙り込んでしまった。


 正直、私には彼女の気持ちはわからない。


 自分は他人からどう思われてるとか、相手に気を遣わせているとかは考えたことがない。


 いや、まったくと言うわけではないが、彼女ほど深刻には一度もない。


 小さい頃から潤と一緒にいられればそれでいいとしか考えていなかった。


 そんな私が唯一できるアドバイスは、


「とにかく、今思ってること、全部夜凪に全部話してみたら? 1人で悩むより全然いいって」


 これくらいだろう。


 私も悩んだ時はいつも潤を頼るし、その逆もある。


 私はそうした方が双方にとっていい結果を得られると思う。


 そろそろ昼休みも終わる時間だ。


 私は考え込んでしまった夕咲ちゃんに声をかけてから屋上をあとにする。


 そして電話のスピーカーを切り一言だけ。


「夜凪、あとは頑張れ」


3話


『夜凪、あとは頑張れ』


 そう言って切られた電話を持ち主のハルに返し、教室に戻る。


 屋上に行った2人はまだ戻ってきていない。


 やはり、盗み聞きしたのは罪悪感が残る。


 席につくや否やハルが話し始める。


「なんというか、すごいな。夕咲さんは」


「……どういう意味?」


「いや、たかがコップ1つであそこまで考えるなんて」


「……」


 ハルの言う通りだ。


 が、1つ間違っている。


 おそらく夕咲にとっては『たかがコップ1つ』ではないのだろう。


「これからどうすんだ?」


「とりあえずは、夕咲と話してみるよ」


「それはいいが……気をつけろよ。お前すぐ熱くなるだろ」


「うん、わかってる」


 流石のハルもふざける気にはなれないようで、口数は少ない。


 そんなお通夜みたいなムードを吹き飛ばすやつが戻ってきた。


「なになに〜? 2人ともやけに暗いじゃん」


「察してよ。結構ショックだったんだから」


「何が?」


「夕咲、『気を遣われてるんじゃないか』って言ってたじゃん? やっぱりそこまで信用されてなかったんだなー、なんて」


「「……」」


「なんだよ?」


「いやー、どっちもどっちだなーって思って」


「?」


「わかんねーならいい」


「?」


 秋川が戻ってくるとハルの調子は元通りだ。


 それより『どっちもどっち』とはどう言うことだろうか。


 詳しく問い詰めようと思ったが、


「あ、夕咲ちゃん! おかえり〜」


「はい。ただいま戻りました」


 帰ってきた夕咲は昼休み前と特に変わった様子はない。


 目を合わせてはくれないし、表情も暗いままだ。


 5、6、7限目ももちろんそれは変わらない。


 下校は秋川とハルに付き添ってもらったのでなんとかなった。


 が、家に帰ると夕咲はすぐに自分の部屋に引きこもってしまった。


 帰ってからはすでに2時間ほど経ってしまっている。


 話さなければと思っていたが、部屋に押し入るのは気が引ける。


 だがここで勇気を出さなければ、昨日の夜の二の舞になる。


「……夕咲、入るよ」


「え、ちょ、ちょっと待ってください」


 そんな言葉を無視して俺は部屋のドアを開ける。


 そこには目尻を赤くして必死にドアを閉じようとしている1人の小女の姿があった。

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