間章 友達
1話
自分の部屋に戻りベッドに静かに腰を下ろす。
自分で言い出したことではあったが、今振り返ってみればとても恥ずかしい。
顔が熱いし、心臓の音もうるさい。
一体どうしてしまったのだろう。
路地裏に住んでいた頃にも、それよりも前にもこんな経験ははしたことがない。
(……けど)
「……幸せ」
(……!)
つい口から漏れてしまった。
流石に隣の部屋までは聞こえていないと思うが、もし聞かれていたのなら少し恥ずかしい。
思えば、今日までの4日足らずで私の生活は大きく変化した。
路地裏から出て、とても立派な家に住まわしてもらい、学校にも行くことになった。
それは全てあの人のおかげだ。
路地裏にいた頃では想像もつかなかったような生活が今、現実となっている。
あの人、夜凪夕さんは本当に優しい。
私が熱を出してしまった時も、初めてのバイトの時も、学校で質問をした時も、彼は迷惑そうな顔ひとつせず笑顔で対応してくれた。
だから、私が彼に迷惑をかけることはあってはならない。
彼が今までどんな生活を送ってきたかはわからないが、今の彼の生活を私が壊すわけにはいかない。
夜凪さんは私のことを友達と言ってくれた。
とても嬉しかった。
私がまともに通っていたのは小学校までだし、その時も友達と言える人なんて1人もいなかった。
つまり夜凪さんが私の初めての友達になる。
私には勿体無いくらいの人だ。
そういえば先ほどの感覚は確か前にもあった気がする。
「……、あ」
思い出すと今でも顔が赤くなる。
(確か、夜凪さんが甘えていいって言ってくれた時……)
「……うー!」
恥ずかしくなって枕に顔を
そう、あの時、夜凪さんが私も抱きしめてくれた時だ。
あの時も今のように心臓がうるさくなって、顔が熱くなって、そして胸が満たされるような、そんな感じがした。
確か、そのあとはトイレに行くふりをして顔の温度を下げたっけ。
あんな感情が表れるようになったきっかけはなんなのだろうか。
きっと私自身が能動的に変わったというわけではない。
それもおそらく夜凪さんと出会ったことが関係あるのだろう。
さて、流石にそろそろ寝なくてはならない。
明日も学校がある。
とても幸せなことだ。
初めてできた友達と一緒に並んで登校して、隣で授業を受ける。
他の人はとっくの前に経験したことなのだろうが、私にとってはこれも初めてのこと。
本当に夜凪さんには感謝しても仕切れない。
そしてその人のためにも私は頑張らなくてはならない。
そんなことを考えているうちに本格的に眠くなってきた。
眠りに落ちる前に瞼を閉じてこれまでの4日間を振り返ってみる。
寝なければならないとは思っているのだが、頭に残る温もりをギリギリまで感じていたいと思ってしまう。
色々と振り返ってみて、何度か顔の温度の上昇と下降を繰り返した。
そして、最後に思い出したのは夜凪さんと春谷さんが飲み物を買いに行っている間の秋川さんとの唯一の会話だった。
『夕咲ちゃんって夜凪と付き合ってんの?』
その会話はこんな質問から始まった。
2話
時は遡り、今日、ではなくもう昨日の昼休み。
「夕咲ちゃんって夜凪と付き合ってんの?」
そう訊いてきたのは、今日初めて会ったばかりのクラスメイトである秋川さん。
「? 付き合ってる、とはどのような状態のことでしょうか?」
「え、それマジで言ってる?」
私は大真面目に聞いているのだが、そんなに驚くようなことなのだろうか。
しかし、わからないものはわからない。
「はい」
「そ、そっか。えっとね……、付き合うっていうのは、互いのことが好きな人同士がすること、かな」
「それをするとどうなるのですか?」
「えっ! そ、それは……、なんというか友達以上の関係になる、のかな……たぶん」
「それはどんな関係なのですか?」
「う、これ以上は恥ずかしいから言えないよ〜」
気づけば秋川さんの顔がいつの間にか、ほんのりだが赤くなっている。
友達以上の関係とはそんなに恥ずかしいものだろうか。
少なくとも私と夜凪さんはそのような関係ではない。
なれるわけがない。
「そうなのですか。ですが、私と夜凪さんとはそのような関係ではありません」
「そ、そうなんだー。私は結構お似合いだと思ったけどなー」
「お似合い? というのは……」
「それもわからないんだ。お似合いっていうのは、そうだな……その2人が付き合ったらしっくりくるなー、みたいな感じ?」
このようなことは私が知らないだけで、普通はみんな知っているものなのだろうか。
夜凪さんに聞いても答えてくれるのだろうか。
いや、そんなことより、
「わ、私と夜凪さんがですか⁉︎」
「わ! びっくりした。っとまあ、うん。私にはそう見えたってだけだけど」
「そ、そうですか……」
なんだか顔が熱くなってくる。
付き合うということに関してはそこまで恥ずかしくないと思っているはずなのに、なぜか顔が熱くなって心がむず痒くなる。
(い、いや、 私なんかじゃ)
無駄な思考を捨て去ってなんとか前を向く。
「ふーん。へー」
するとそこにはこちらをみてにやけている秋川さんが。
「な、なんでしょうか?」
「いやー、別にー。ま、とにかくご馳走様」
「……?」
彼女がその時に何を考えていたのかはわからない。
それになぜ秋川さんは『ご馳走様』と言ったのだろうか。
色々と疑問が浮かんだが、その時に丁度、夜凪さんと春谷さんが帰ってきたので訊けずじまいとなってしまった。
****
今でもなぜ彼女がなぜ『ご馳走様』と言ったのかはわからない。
もしかして私の知らない意味がご馳走様にはあるのだろうか。
それにあの時は気にならなかったが、付き合う人はお互いのことが好きらしい。
『好き』というのはどのようなことなのだろうか。
夜凪さんなら知っているだろうか。
また明日に聞いてみよう。
そういえば、夜凪さんが秋川さんと春谷さんは付き合ってると言っていた気がする。
ということは2人は互いに好き同士であり、友達以上の関係であるということなのだろか。
それにしても、
(私と夜凪さんが……、付き合う)
考えてはいけないと思っていても、時々頭に浮かんできてしまう。
その都度、必死にその思考を振り払い目を閉じる。
その日はそこで意識が途切れたが、最後に夜凪さんのことを考えた時、少し胸が温かくなったような気がした。
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