四章 本心 1〜3話
1話
翌朝、目が覚めたのは6時半ごろ。
昨日の朝のまったりとした時間が気に入ったので、目覚ましのアラームを少し早めてみた。
が、まだ瞼が重い。
昨夜に遅くまで起きていたのが原因だろう。
制服に着替え、部屋の外に出るが夕咲は見当たらない。
まあ、夕咲もあの時間まで起きていたのだから当たり前か。
あまり早くに起こすのも悪いので朝食を作ってからにしよう。
といっても、昨日冷蔵庫に入れておいたご飯とおかずをレンチンするだけなのだが。
予想していた通り、時間はかからなかった。
なので、お弁当の準備も終わらせておいた。
いい感じの時間になったのでそろそろ夕咲を起こすとしよう。
夕咲の部屋のドアをノックしたが、返事はなかった。
入るかどうか悩んで、数秒待ってから静かに中に入る。
夕咲はすっぽりと布団を被っていて、どうやらまだ眠っているようだった。
「夕咲、そろそろ起きてー」
少しだけ布団をめくり、声をかけたが起きる気配はない。
俺もそうだが、きっと夕咲も朝に弱いのだろう。
どうしたものかと悩みながら、無意識に夕咲の寝顔を観察してしまう。
決して意識的ではなく、あくまで無意識的に。
すーすーと気持ちよさそうに寝息を立て、幸せそうな顔で寝ている。
それを例えるなら、
「……天使みたい」
慌てて口を手で覆う。
そしてそれと同時に夕咲が目を開ける。
「あ、お、おはよう」
「おはようございます……、ふぁ〜」
(まさか、聞かれてないよな……)
夕咲はあいさつと同時に大きなあくびをする。
「朝ごはんできたから、制服に着替えたら来てね」
「わかりました……、ふぁ〜」
相当眠いようだ。
先ほどから大きなあくびを繰り返している。
それと、夕咲の様子を見ている限り、先ほどの発言は聞かれてなさそうだ。
一安心して部屋を出ようとした時、
「……天使。……えへへ」
「え⁉︎ もしかして聞いてたの?」
「ふふ、夜凪さん、私は着替えますのでリビングで待っていてください」
そう言われてしまっては、その場にいることはできないので、渋々引き下がるが、
(……恥ずい、死にたい)
まさか聞かれていただなんて。
いじってくることはないだろうが、これから夕咲の寝顔を見るたびにこのことを思い出してしまいそうだ。
夕咲がリビングに来るまでの間、俺の表情はたぶん死んでいただろう。
ドアが開く音が聞こえたので慌てて表情を生き返らせる。
「お待たせしました」
今日の夕咲はいつになくニヤついている。
まさかさっきのことで、バカなやつとでも思われたのだろうか。
「夕咲、お願いだからさっきのことは忘れて」
「なぜですか?」
いつからこんなに意地悪になったんだ。
今の夕咲は天使ではなく悪魔、いや、小悪魔に見える。
「なぜって……、それは……」
いじられたくないから、恥ずかしいからと言うのは簡単だが、あまりに真っ直ぐな視線に見つめられて、言うのが憚られた。
「私は–––––––––––––ですよ」
「え?」
「なんでもありません。いただきます」
一体なんと言ったのだろうか。
秘密にされると逆に気になってしまう。
だがもう、時間がなくなってきたので諦めるしかなさそうだ。
2人での食事は相変わらず無言のまま過ぎていく。
食事中を通して、夕咲の機嫌は良さそうだった。
学校に行く準備を済ませて、出発の時間をまっている間にハルにメッセージを送っておく。
夜凪:『全部話すから、今日の放課後うちに来てくれ』
ハル:『わかった』
学校ではゆっくり話せないだろうと言うことで、夕咲と話し合って決めた。
まあ、これはあくまで理由の1つである。
俺がそう提案したのは、関係のない人間に話を聞かれないためだ。
ハルたちは部活があるらしいが、今日のバイトは遅くからなのでゆっくり話せるだろう。
俺たちのことを話せば、おそらくだが質問攻めは避けられないだろう。
俺の役目は、現状を招いた張本人として、夕咲に負担がかからないようにすることだ。
夕咲に迷惑をかけるわけにはいかない。
2話
出発時間を迎え、夕咲に声をかける。
「そろそろ行こっか」
「はい。あの……、またお願いしてもいいですか」
「? 何を?」
『また』ということは何度かやったことだろうか。
(夕咲に何回かやったこと……、まさか)
「お恥ずかしいのですが……、頭を撫でて欲しいです」
(……かわいい、じゃなくて)
最近多くないだろうか。
まだ3回目といっても、昨日の朝に1回、昨日の夜に話した時に2回、そして今で3回目だ。
回数としては少ないかもしれないが頻度がすごい。
「ゆ、夕咲? 甘えてとは言ったけど、無理しなくてもいいんだよ?」
「無理はしてません。ただ、ああしてもらうと落ち着くといいますか、その……」
顔を赤くしてそう話す夕咲は無理をしているようには見えない、気がする。
「そ、そう。夕咲がいいなら俺もいいけど」
恥ずかしさを押し殺して夕咲の頭に手を伸ばす。
昨日の夜と違い、テンションは正常なので、今は顔が溶けそうなくらい熱い。
このことはハル達には言わないでおこう。
1分ほど撫で続けたところで夕咲はようやく満足してくれたのか、俺の手をそっと頭からどける。
「ありがとうございます。夜凪さんは撫でるのがお上手ですね」
幸せそうな顔をして夕咲は俺のなでテクを褒めてくれた。
今までに人を撫でた経験はあまりないのだが、これは新たな特技を発見、ということでいいのだろうか。
だが、この特技を披露するにはかなり神経をすり減らさなければならないので、できるだけ間隔を空けてほしい。
でないと、俺の精神が持たない。
「あ、ありがとう。じゃあ行こっか」
エレベーターからおり、ロビーから出ると涼しい春の風が俺たちを出迎えた。
3話
空はまさに快晴といった感じで太陽の日差しが肌に突き刺さる。
まだ5月の初めだというのに夏のように暑い。
「ブレザー脱いだら? 暑いでしょ」
「そうですね。では少し待ってください」
夕咲がブレザーを脱ぎ、背負っていたリュックサック入れる。
昨日はナップサックだったのだが、思っていた以上に浮いてしまっていたので、押し入れから引っ張り出してきた。
まあ、リュックサックでも浮くことにはなるだろうが。
夕咲はすでにかなり汗をかいていた。
この暑い中でブレザーなんて着ていたら当たり前か。
「よし。行こっ……か……」
(これはまずい)
そこで俺は本日2度目のミスに気がついた。
なぜならば、夕咲はすでに汗をかいてしまっているのだ。
今、俺の目の前ではいかにもラブコメで起こりそうなことが起こってしまっている。
「どうかされましたか?」
(ダメだ !こっち向いたら……)
「いやっ、なんでもない。早く行こ!」
今の言動は少し、いやかなり不自然だったかもしれないが、あの場で直視するわけには行かない。
もちろん中にシャツは着ていると思うがそういう問題ではない。
目に入ってしまうといけないので、夕咲の少し前を歩く。
だが、
「あの、私、何かしましたか? したのなら謝ります」
(う、逃げきれなかった)
「そんなことないよ。ええと、まずはリュックを前に持ってくれない?」
「? こうですか?」
不思議そうな表情を浮かべながらも、俺の指示に従って、背負っていたリュックサックを前に抱える。
「ありがとう。夕咲は知らないかもだけど、ワイシャツは、その……、濡れたらちょっと透けるんだよね……」
「え……」
夕咲慌てて体とリュクの間を覗き込む。
そしてそれと同時に夕咲の顔がどんどん赤くなっていく。
(う、絶対キモいと思われた)
「その、なんというか……ごめん。もっと早く気づくべきだった」
「い、いえ。私の不注意です。教えてくださりありがとうございます」
今、顔が熱いのは日光のせいだ。
そうだ。
そういうことにしておこう。
俺は夕咲の顔が直視できないまま横に並び登校を再開する。
(さっきのこと、もう1回謝っといたほうがいいかな……)
「夕咲……」
「夕咲ちゃーん!」
俺の呼びかけを遮り、1人の女子が夕咲に飛びついた。
こんなことをする奴は俺の知り合いの中では1人しかいない。
「秋川、急に飛びつくな。夕咲も困るから」
「ええー、別にいいじゃん。ね、夕咲ちゃん」
「……」
夕咲の顔には困った、の3文字が浮かんでおり、こちらに目で訴えかけている。
どうやら気を使っているようで、正直にいうかどうか迷っているようだ。
「夕咲、正直にいっていいよ」
「! すみません、秋川さん。暑いので離れて欲しいです」
「うー、そう言われちゃ仕方がない」
離れはしたが、秋川は不満そうに口を尖らせている。
「おい、由奈、急に走るなよ」
すると、少し遅れてハルも追いついてきた。
「ごめんごめん。前に夕咲ちゃんっぽい子が見えたから」
ハル達は普段なら俺よりも早く学校に着いているのだが、今日は秋川の寝坊のせいでいつもより出発の時間が遅れたらしい。
ずっと俺らの後ろにいたということは、
(まさか見られてないよな)
やめよう。
これはなんだかフラグな気がする。
「はぁ。ま、とりあえず、おはよう。ハル」
「ああ、おはよう。……ちょっとこっちこい」
秋川と(が)夕咲が(に)話しているタイミングでハルが俺を引っ張る。
「な、なに?」
「今日の話、学校じゃダメなのか?」
「ああ、そのことね。うん、あんまり周りに聞かれたくないから」
「そうか」
ハルには俺ギリギリまで秋川に気づかれないようにしてくれと頼んでおいた。
それをしっかり守ってくれているようで秋川に悟られないように配慮してくれているようだ。
あいつはいつ口を滑らせるのかわかったものじゃない。
「なにしてるのー? 遅刻するよー」
「全く、誰のせいだと……」
「ハハハ、大変そうだな」
秋川はまあいいとして、夕咲を遅刻させるわけにはいかない。
気づけばあと10分で遅刻という時間。
俺たちは慌てて走り出した。
その時に、また、夕咲の手を掴んでしまっていた。
前を走る2人には気づかれていませんように。
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