いざ、学校へ 11話

11話


 それから2時間ほど経って今は1時。


 俺は部屋の戸を叩く音で目が覚めた。


 こんな時間に誰が、といっても1人しかいないのだが。


 俺は眠い目を擦りながら立ち上がり、ドアを開ける。


「どうかした? 夕咲」


 だが、夕咲は黙り込んだままだ。


 俺が寝ている間に何かあったのだろうか。


「夕咲、大丈夫?」


「……すみません、こんな時間に。入ってもよろしいですか?」


「え⁉︎ ……う、うん。いいけど」


 俺の部屋は時間が足りず掃除を後回しにしていたので少し散らかっている。


 見られて困るものなど1つもないのでまあ、問題はないのだが。


 いや、そう言えば、昨日の朝に入られていたな。


「どうしたの? 何かあった?」


「いえ……、特には。なかなか寝付けなかったので」


 いや、おそらく嘘だろう。


 今までの言動から考えると、夕咲はもし寝付けなかったとしても俺を起こしにきたりはしない。


 きっと、何か別の理由がある。


 だが、問い詰めることはさらに言い出しにくい空気を作ってしまいそうだ。


 それならば夕咲言いたいともうまで気長に待つのがベストだ。


 それにこちらとしても言わなければならないことがあった。


「そっか。……あのさ、さっきはごめん」


「なんのことでしょうか?」


「ほら、お風呂入る前のやつ。キツく言いすぎたなって思って」


「……私は大丈夫ですよ。ご心配なく」


「それならよかったよ。これからは気をつけるから」


「ありがとうございます」


 早めに謝ることができてよかった。


 明日まで長引かせるのはどうかと思っていたので、偶然にも機会ができてよかった。


「こんな遅くにすみませんでした。もう大丈夫です」


(え、もう⁉︎ 急じゃない⁉︎)


 俺が謝った途端に『大丈夫』だなんて。


 もしかすると、今の話が部屋に来た理由に関係があるのかもしれない。


「夕咲、なんでここに来たの?」


「……それなら先ほど……」


「あれ、嘘だよね?」


 先ほどの反省を生かし、今度はできるだけ優しく語りかける。


「……夜凪さんに嘘はつけませんね」


「夕咲が嘘つくの下手なんだよ。で、本当の理由はなんだったの?」


 ここで頑固が発動しなくて助かった。


 発動してしまえば俺ではどうすることもできないから。


「お恥ずかしいのですが……、実は––––」


        ****


「え? 俺に嫌われたと思った?」


「は、はい」


 どうやら夕咲は入浴前の会話の俺の口調や、それ以降会話がなかったことから、『嫌われてしまったのでは?』と思ってしまったらしい。


 それで寝付けずに部屋に行って真偽を確かめようとした、ということらしい。


(いや、親に叱られた子供か!)


 だが、夕咲の表情はいたって真剣だ。


 ならこちらもそれ相応の態度で応えなければ。


「すみません。こんなことで起こしてしまって」


「全然いいよ。俺が強く言いすぎたのが原因だし」


 今回のことは俺が気をつけてさえいれば起こることはなかっただろうし、勘違いさせてしまったのは俺に非がある。


「あと、俺は夕咲を嫌いにはならないよ。夕咲は大事な友達だしね」


 少し、いや、結構臭いことを言っている自覚はあるが、深夜テンションのおかげでギリギリ持ち堪えられている。


「友達……ですか。……えへへ」


 夕咲も嬉しそうなので言ってよかった。


 何気に夕咲の笑い声(なのかは微妙だが)を初めて聞いて気がする。


「ありがとうございました。おかげさまでスッキリしました」


「ならよかった。じゃあそろそろ寝よっか。そろそろ2時になっちゃうし」


「そうですね。あの、最後にお願いがあります」


「お願い?」


「はい。昨日の朝にやってもらったことをもう一度してほしくて」


(昨日の朝?)


 なんのことか聞こうと思っったが、夕咲が顔を赤らめているのをみてピンときた。


「……もしかして」


「はい、お願いできますか?」


 おそらく夕咲が言っているのは登校中に頭を撫でたことだろう。


なぜ今それを要求してくるのかはわからないが、別に減るものでもないし拒否はしない。


「そんなことでいいなら、いくらでも」


「……ありがとうございます。……えへへ」


 表面上では平静を保っているが、心臓はもうバクバクだ。


 夕咲も顔が赤いが、今の俺の顔はそれ以上に真っ赤だろう。


 部屋が暗くて助かった。


「夕咲、そろそろ……」


「……わかりました。では、おやすみなさい」


「うん、おやすみ」


 夕咲が部屋を出た後でも、心臓の鼓動はおさまらなかった。


 今回の会話の中で夕咲と友達になれたのは大きな収穫だ。


 正直、今の心臓の鼓動はそれによる興奮も大きい。


 その日は結局それから1時間、目が開きっぱなしだった。

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