いざ、学校へ 5話〜7話

5話


「え? 違うけど」


「は? お前が俺の思ってる通りって言ったんだろ」


「前言撤回。正直に話すから変な勘違いはやめて欲しい」


 正直、ハルの予想が外れていたことにはホッとした。


 ハルは毎度毎度いい線までは行くのだが、肝心なところは外してくれる。


「とは言ってもな、こういう話は夕咲と話し合ってからってことになってるし。悪いけど明日まで待ってくれない?」


「わかったよ。一応確認だが、なんか弱み握られてるとかじゃないんだな?」


「もちろん。心配してくれてありがとう。あと嘘ついてごめん」


「いいっていいって」


 あまり遅くなってもいけないということで、話を切り上げて教室に戻る。


 その時、夕咲と秋川はというと、俺たちが帰ってきたことにも気づかず話し込んでいた。


 といってもほとんど秋川から夕咲への一方通行だったのだが。


「ただいま戻りましたー」


「あ、夜凪、おかえりー。あ、ハルも!」


 二人はよほど集中していたのか、席についたタイミングでやっと俺とハルに気がついた。


 ハルと俺で露骨にテンションが違うのが気になるが、いつものことなのでスルー。


「はい、夕咲これ」


「え?」


「今日学校きてからなんも飲んでないでしょ。いらないなら俺が飲むけど」


「いえ、そんなことないです。いただきます」


 そういった夕咲の口角がほんの少しだけ上がる。


 正しくは上がった気がするだけだが。


 だから多分、嫌だとは思っていないだろう。


「どこの自販機行ってたの? 授業始まるギリギリだよ」


「すまん、喋ってたらついな」


「全然気が付かなかった」


 俺は気づいていなかったが、ハルと話している間にかなりの時間が経っていたようだ。


 今は授業開始6分前、と思っていたら予鈴がなったので5分前に。


 俺は準備してあるのでよかったが、ハルはまだだったようだ。


 秋川の話を聞いた途端教室を飛び出して行った。


「それで、二人でどんな話してたの?」


「あはは、それがほとんど私が一方的に話してただけなんだよねー」


「すみません。あまり話すのが得意ではなくて」


「ああいや! 謝らなくていいよ」


「あはは……、で一方的に話してたって具体的には?」


「今日はやけにグイグイくるね。まあいいけど。うーんとね。簡単な自己紹介しただけ」


 はたして約20分の自己紹介は『簡単な』というのだろうか。


 まあ、それほどのコミュ力があったから2人だけの空間も気まずくならなかったのだろう。


 俺にはそれができた試しがないので素直に尊敬する。


 そして会話が終わるタイミングでハルが教室に駆け込んできた。


 授業開始1分前、ギリギリセーフだ。


 だがそれは、忘れ物がなかったらの話であって、


「あ! ノート忘れた!」


 ということで、5限目開始のチャイムが学校中に鳴り響き、ハルは残念ながら遅刻となった。


 本当に、最後の最後で抜けるてるやつだ。


 そういえばさっきの会話でハルが『お前ら付き合ってたんだな』とかいってたが、周りからはそう見えているのか。


 確かに、今までハルと秋川としか関わっていなかった人間が急に親しい女の子を連れていたら勘違いくらいはするかもしれない。


 これからはそういうところにも注意するべきかもしれない。


(俺と夕咲が付き合う……か。……いや待て、何考えてるんだ、俺は)


 急いで頭を振り、正常な思考を取り戻す。


 だが、心では冷静になろうとしても、それと対照的に顔の温度が上がっていく。


「どうかされましたか?」


 突然の声かけにギョッとする。


 そういえばすぐ隣にいるんだった。


(は! まずい)


「い、いやなんでもない」


 急いで顔を下に向ける。


 きっと今の俺の顔は過去一赤くなっているから。


 それから全ての授業が終わるまで俺は夕咲の顔を直視できなかった。


6話

 一日の授業が終わり、やっと俺の心も落ち着きを取り戻してきた。


 あんな意味不明な想像(妄想?)をしてしまったのは全てハルのせいだ。


 そうだ。


 きっとそうだ。


 この前考えていた奢りの話は無かったことにしよう。


 授業が終わると秋川とハルには部活があるので2人はそちらに向かう。


 そして、ハルには、部活に行く直前『しっかり話し合っとけよ』と念を押されたので、ワンチャンあやふやにできないかという俺の甘い期待はすでに砕かれている。


「夕咲、なるべく早く行こう。遅くなりすぎたら晩ご飯、遅くなっちゃうし」


 そう、いつもなら電光石火で帰宅するのだが、今日はまだ一つやらねばならないことが残っている。


「そうですね。どこから行きますか?」


「まずは職員室によって……、この前行ったショッピングモールに行こっか。確か大きめの本屋があったはずだし」


 夕咲の教科書の確保。


 それが今日のミッション。


 朝に先生が言っていた通り、なるべく早く買っておいたいた方がいいだろう。


 俺が体調を崩した時や、教科書を忘れてしまったなどの時のために。


「わかりました」


 計画も決まったので、帰る支度を済まして職員室に向かう。


 朝と同じよう入室し、神崎先生を呼ぶ。


「あ、はいはい。教科書のやつね。ちょっと待ってね……、はいこれ」


 手渡された紙には必要な教科書とその用途が細かく記されていた。


 授業の合間でこれを作ったのだとすると、


(この先生、できる!)


 と、ふざけるのはやめておこう。


 しょうもないことに時間は使いたくない。


「多分だけど全部向かいの本屋さんに売ってると思うから」


「あ、そうなんですか。ありがとうございます」


 普通に知らなかったので助かる。


 危うく無駄にバス代を払って遠くまで行くところだった。


 二人で先生にお礼を言い、ドアを閉める。


「よし、じゃあさっさと終わらせよっか」


 下駄箱で靴を履き替え、門を出る。


 すると、先生の言っていた本屋は本当に真向かいに建っていた。


 普通なら学校で購入するので、こんなところに本屋があるなんて知らなかった。


 店内に入ると様々な文房具が俺たちを出迎えた。


 いつもは家の近くのコンビニで買っているが、こっちの方が安いのでこれからはここで買うことにしよう。


「先に文房具買う? 必要にはなると思うし」


 当たり前だが、夕咲はシャーペンなどを一つも持っていない。


 今日は俺のを貸したが、自分のものを持っている方が色々と活動しやすいだろう。


「はい。えっと……、最低限必要なものはどれでしょう?」


「シャーペンと消しゴム、ボールペン……あと、定規。それくらいかな」


「わかりました。今日貸してもらったものはここにありますか?」


「うーんと、あ、全部ある」


「でしたら、それにします」


「いいの? 他にも種類あるけど」


「はい。大丈夫です」


 この前のフードコートで即決できなかったことをまだ気にしているいるのだろうか。


 今日は時間があるし、悩んでもらっても別に構わないのだが。


 まあでも、本人も即決という感じだったのでよしとしよう。


「わかった。じゃあ教科書買いにいこっか」


 先生から手渡されたメモには、レジで夕咲の名前を出したら買えると書いてあるが。


 見たところ店員さんは店の奥にいるようで、レジに人は見当たらない。


 待っていても始まらないので、苦手ではあるが声を出すしかない。


「すみません、陽空第三高校の夜凪と夕咲です。教科書のことで来ました」


 そう呼びかけると店の奥から優しそうな顔をしたおじいさんが出てきた。


「ああ、はいはい。話はもう聞いてるよ。もう準備はできてるから」


 そういうとおじいさんは、レジの下から重そうな教科書の塊を三つ取り出し、カウンターに乗せた。


「はい、これで全部ね。料金はこれ」


 予想はしていたがかなりの値段だ。


 正直、バイトと少しの仕送りで日々過ごしている高校生からしたらかなり重い。


 もちろん払えないことはないのだが、一人暮らしで一度に数万円も使うことはないので少し緊張する。


 震える手で代金を財布から取り出す。


「あ、あとこの文房具も一緒にお願いします」


「それじゃあ代金は、こうだね」


(うっ、42020円。高い)


「ええと、現金で」


「はい、丁度ね。領収書いる?」


「大丈夫です。ありがとうございました」


 おじいさんに一礼し、俺のカバンに2、夕咲のカバンに1の配分で教科書を詰める。


「重くない?」


「はい大丈夫です」


 相変わらずの二言会話。


だが、会話のきっかけとしては十分だ。


「どうだった? 高校は」


「……楽しかったです」


 なんだ今の間は。


「本当に? 他に誰もいないし、遠慮しないでいいよ」


「すみません。嘘をついたわけではないのですが……」


 やはり気を遣っていたようだ。


 まあ、ハル達との話し方を見ていれば大体わかる。


 笑顔も少なかったし、わからない人はいないと思う。


「で、改めて、どうだった?」


「楽しかったのは本当です。もちろん緊張はしましたが、秋川さんも春谷さんも優しい人でしたので。ですが……」


「ですが、なに?」


「あの……、迷惑ではありませんでしたか?」


「え? いや、なんのことだか」


「朝に先生が仰っていたように、夜凪さんに迷惑をかけていたのではないかと思いまして」


(学校であまり表情が冴えなかったのはそういう訳か)


 まあ、夕咲の性格上、気にしてもおかしくはない。


「そんなことないよ。楽しかったし、俺もいつもより集中できたから」


 実際、いつもより眠くならなかったし、夕咲に教えることでいい復習にもなった。


 今日は先生に注意されてしまったが、それは決して夕咲が悪いわけではない。


「それならばいいのですが……」


 どうやら夕咲はまだ納得していないようだ。


 だが、言葉でいくら言ったところできっと納得はしてもらえない。


「うん。あ、話は変わるんだけど」


7話


「……」


(う、本当に気にしてないんだけどな)


「えっと、まずはごめん。実は……」


 俺は今日のハルとの会話を夕咲に話した。


「ホントごめん。注意力が足りなかった」


「いえ、こちらこそすみません。任せきりになってしまって」


「で、ハルに正直に話す? ハルなら言わなくても許してもらえると思うけど」


 会話の舞台は家のリビングに移り、今は二人で向かい合って座っている。


 夕咲の表情を見る限り結構悩んでいるようだ。


「先に晩御飯の買い物行く? 簡単に決めれることじゃないし、考える時間を設けた方がいいと思うんだけど」


「そうですね。ですが、私はここに残らせてください。しっかり考えたいので」


 それもそうか。


 2人で買い物に行ってしまったら、夕咲は考えることに集中できないだろう。


 俺としても今できる会話が他に見当たらないし。


「わかった。なんか食べたいものある?」


「いえ、特にありません」


「そっか。じゃあ、行ってくる」


 何かしら指定してくれた方が楽なのだが、これからそんなものができるように努力しよう。


「お気をつけて」


 そう言った夕咲に手を振り、家を出て近所のスーパーに向かう。


 そのスーパーはコンビニほど近くはないが、ショッピングモールほど遠くはないという場所に建っている。


 自炊をしていた頃はよく利用していたのだが、バイトの都合上コンビニで済ませることが増えていたのでここにくるのは久しぶりだ。


(さてさて、何を作ろうか)


 最近自炊から遠ざかっていた影響で今の自分が何を作れるのかわからない。


 簡単なものにした方がいいのかもしれない。


 だが、今回は俺一人が食べるわけではないので簡単すぎるのも考えものだ。


(どうしよう……)


 散々悩んだ結果、作るのは俺の得意料理(簡単なだけ)であるチャーハンを作ることにした。


 結構悩んでしまったので外は少し暗くなり始めていた。


 それにハルに話すかどうかについては全く考えられていない。


 買い物は終わってしまったし、帰り道で考えるしかない。


 そう思って歩き始めたが、なんだか落ち着かない。


 今までもこういう帰り道はあったのだが、こういう気持ちは初めてだ。


 今日はもうさっさと帰ろう。


 これだと、どれだけ考えてもいい答えは見つからないだろうし。


 そう思い俺は家へと走り出した。

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