いざ、学校へ 2話〜4話

2話


「失礼します。1年1組36番夜凪夕です。神崎先生はおられますか?」


「はーい。どうしたの? 珍しいね」


「そうですかね。けど、用事があるのは俺じゃなくて」


「1年1組37番、夕咲夜奈です」


「え……、夕咲さん⁉︎ ど、どうゆう関係?」


「ああ……えっと、家が近くて、偶然会った時に仲良くなって」


「そ、そう。まあいいわ。要件は?」


「あ、えっと。夕咲……さんは上履きを買えていないのでスリッパが貸して欲しいのと、あと教科書も」


「そういうことね。でも、貸出できるのはスリッパだけね。教科書は……、そうね。夜凪君、見せてあげてくれる?」


「え、どうやってでしょう? 俺の席は夕咲さんの前ですけど」


 流石に授業中をずっと後ろを向いて受けることはできないし、夕咲が覗き込むにしても距離がありすぎる。


「大丈夫。夜凪君、遠足の班が夕咲さんと同じでしょ?」


「え、なんでわかるんですか?」


「だって夜凪君、春谷君と秋川さん以外にクラスで仲がいい人いなそうだし。今も一緒に来てるんだから、あと1人班に入れるなら夕咲さんくらいでしょ」


 これが教師が生徒に対していうことだろうか。


心に言葉のナイフがグサグサと突き刺さる。


だが、言っていることは正しい。


「そうですけど。それが何か?」


「あら? 先週話したのだけれど、今週から遠足の班を使って席替えするの。聞いてなかった?」


「あ、ああ、そうでしたっけ?」


「はぁ、まあいいけど。だからその席替えで席を隣にしたらいいのよ」


「そ、そうですね。ありがとうございます」


「けど、夕咲さん、なるべく早く教科書を買ってね。毎回夜凪君に借りてたら迷惑になっちゃうし」


「はい。では、今日放課後に買いに行きます。ですので、何を買えばいいのか教えていただきたいです」


「うん。じゃあ今日の授業終わりまでにリスト作っとくから、放課後に取りに来てくれる?」


「はい、わかりました」


 話終わった頃にはもうSHRの二分前。


スリッパを借り、夕咲と俺は急いで教室に向かう。


そして席に着くと同時にチャイムが鳴り、少し遅れて神崎先生が入ってきた。


きっと遅れたのは俺たちとギリギリまで話していたからだろう。


今日はSHRの間、いつもより神崎先生の視線が鋭かった気がする。


時々、ハルと秋川がこちらをみては、不思議そうな表情を浮かべている。


この後の説明は少々面倒くさそうだ。


だが、そのほかのクラスメイトの反応はというと、これといったものはない。


きっともう、ある程度のコミュニティができてしまっているので、わざわざ関わろうとは考えないのだろう。


SHRが終わるとものすごい勢いでハルと秋川が近づいてきた。


そしてハルから口を開く。


「おい夜凪、お前夕咲さんとどんな関係なんだ?」


「はあ? いきなり何?」


(本当に、いきなりなんなんだ?)


 全くもって質問の意図がつかめない。


俺が聞き返すと、次は秋川が話し始める。


「『何?』って、それは無理があるでしょ。二人で手繋いで駆け込んできたくせに」


「え……まじ?」


「「マジ」」


 確認すると二人が声を合わせて返答する。


どうやら時間がなかったので無意識に手を掴んで走っていたようだ。


とりあえず変な誤解を生まないようにしなければ。


「別になんでもないよ。たまたま家が近くて、仲良くなっただけで」


「「ふーん」」


「な、なんだよ。あと声をあわせないで」


「なあ、もしかして班員の当てって」


「ああうん、夕咲だよ」


「初めまして、夕咲夜奈と申します。よろしくお願いします」


「う、うん。よろしく」


「お、おう」


 夕咲の丁寧さに流石のハル達も押され気味、というより、引き気味だ。


だが、最初からこんな感じだとこのあと関わりにくくなったりしないだろうか。


一応フォローとかはしといた方がいいのか。


「あはは、まだ緊張してるみたいで」


「そ、そっか」


 そこで会話は途切れてしまった。


何か続けようと思ったが、


「ちょっとそこー。早く席動かしてねー」


 という神崎先生の声が飛んできた。


そういえば席替えの途中だった。


まあ、俺が1列下がって夕咲の隣に行き、前にバカップルが座るだけ。


席を移動し終え、再び四人での会話が始まる。


「で、遠足どこ行くの?」


 とりあえず早めに決めておいた方がいいと思ったのでこの質問をする。


あと、この会話なら夕咲も入りやすいだろう。


「とりあえずショッピングは行くでしょ」


 まず最初に秋川が口を開く。


「そうだな。けど、あと1箇所くらいならいけるよな」


 それに続いてハルも会話に参加してくる。


「俺は特にないけど。誰か他に行きたいところある?」


「私はショッピング通してもらったし、他の人に譲るよ」


「そっか、ならハルは?」


「俺は……、そうだな、俺は公園にあるアスレチックがやってみてーな」


 アスレチックか。


少々興味はあるが、夕咲はあまりそういうのは好きではなさそうだ。


「夕咲は?」


「私も夜凪さんと一緒です。特にこれといったものは」


(え?)


 確か、この前訊いたときには水族館に興味がありそうだったが。


俺の予想に反して、アスレチックに興味を持ったのだろうか。 


確か、前話した時にはアスレチックの話は出していなかった気がする。


(まあ、夕咲がいいならいい、のか?)


だが、4人で話している時の夕咲は、まるで出会った当初のように言葉に熱がない。


もしかしたらまだ緊張しているのかもしれない。


後で話を聞いてみよう。


「じゃあ、アスレチックで決定な。俺先生に言ってくるわ」


「うん。いってらっしゃーい」


 秋川の声に見送られハルが席を立つ。


正直、まだ少しモヤモヤするが仕方がない。


3話


 授業開始のチャイムが鳴り、夕咲にとって約3年ぶりとなる授業が始まった。


一限目は英語。


リーディング主体で教科書を読み込むだけの退屈な授業。


授業中、教科書を見せるため夕咲と席をくっつけている。


先程のハルたちとの接し方から、少し心配していたが、今は普段通りに見える。


俺の心配しすぎなのかもしれない。


「夜凪さん、ここの文法がわからないのですが」


「ああ、これね。ええと、これはね……」


 どうやら考えている暇はなさそうだ。


夕咲の知識は小学校六年生で止まってしまっていると言っても過言ではない。


この授業はプリントをのでギリギリ大丈夫だが、おそらく何一つ理解できないような教科が出てくるだろう。


家でも1、2時間くらいは勉強を教えるつもりだが、それだけでは足りないだろう。


授業の時間や休み時間を効率的に使っていく必要がある。


と、夕咲の質問に答えていると、前にいるハルが机を叩いてきた。


なんだと思い顔を上げると机の横に教科担当の先生が立っていた。


「うわっ! な、なんでしょうか? 先生」


「『なんでしょうか?』じゃない‼︎ 何回も当ててるんだが?」


「す、すみません。聞いてませんでした」


 どうやら、質疑応答に集中し過ぎていたようだ。


集中しすぎると周りが見えなくなるのは昔からの悪い癖だ。


「はぁ……、教えるのはいいがしっかりと授業を聞いておくように」


「はい、気をつけます」


 先生が前に戻り、再度問いを説明する。


その問いに答え席に着くと、ハルと秋川がこちらを見てニヤけているのに気がついた。


声を出すわけにはいかないので睨むだけで済ませる。


軽くため息を吐きながら夕咲の方へ向き直る。


「ごめん、どこまで話したっけ?」


「……」


「夕咲?」


「あ、はい。確かここまでです」


「そっか。ここね」


 少し恥をかいてしまったが、それ以外に特に問題はなく授業を終えることができた。


それからの授業も夕咲の質問に答えながらしっかりと問題を解き、なんとか乗り越えた。


そして気づけばもう昼休み。


せっかくなので、今日は遠足の班のメンバー4人で昼食を取ることにした。


ハルと秋川は夕咲とは今日が初対面なので簡易的な懇親会も兼ねている。


のだが、


「夕咲ちゃんって普段何してんの? 夜凪といつあったの? 初めて会った時の印象は?」


 のように、秋川がひたすら質問攻めをし、俺とハルは蚊帳の外状態だ。


ハルから秋川は昔から初対面でも関係なくグイグイいくタイプだと聞いていたが、思っていた以上だ。



俺の時はそうでもなかったような。


おかげで今は夕咲のあたふたしている顔を拝むだけになっている。


「……」


 ここで夕咲が目で助けを求めてきた。


もう少しあの表情を見ておきたいとも思ったが、初回から見捨てるのはかわいそうなのでやめておく。


「秋川、あんまりグイグイいきすぎないであげて。夕咲、困ってるから」


「おっと、いけないけない。ごめんね、夕咲ちゃん」


「いえ、お気になさらず」


 秋川達の最初の反応を見て少し不安だったが、問題はないようだ。


この調子ならこれからもなんとかやっていけるだろう。


「けどさ、本当にいつ夜凪と会ったんだ?」


 そう訊いたのはハルだ。


流石に帰り道で路地裏で偶然出会いました、というのは信じてもらえないだろうし、信じてもらえたとしても、それはそれで困る。


ならば、


「本当に偶然だって。帰り道の商店街で偶然会って」


 こうやって嘘で誤魔化すしかない。


この嘘は誰も傷つけない嘘なので、ついてもバチは当たらないだろう。


「お前が話しかけたのか?」


「え、いや、どうだったっけ……」


「私から話しかけたんです。知ってる制服を着ている人がいたので、気になって」


「本当か?」


「うん、本当だよ」


 夕咲のフォローもあり、なんとか誤魔化すことができそうだ。


「じゃあ、俺飲み物買ってくる。夕咲は欲しいものある?」


「いえ、私は大丈夫です」


「本当?」


「はい」


 本当に大丈夫だろうか。


夕咲は確か朝食以来水分はとっていない気がするのだが。


「夜凪、ちょい待て。俺も行く。部活まで今の残らなそうだしな」


「わかった」


「あ、潤、水でいいから私のも買ってきて」


「りょーかい」


 ハルが答え、財布をとってから教室を出る。


秋川と二人きりにさせるのは少し不安だが、なるべく早く戻れるように努力しなければ。


4話


うちの教室から一番近い自販機は体育館裏の休憩スペースに置いてあるものだ。


一番近いといっても他よりマシだというだけで、決して近くはない。


学生用に値段は普通よりも下げられており、一番安い水はなんと70円で買うことができる。


もちろん俺は一番安い水を買う。


念のため2本。


ボタンを押し商品を取り出す。


「なあ」


 その時ハルが話しかけてきた。


いつもは話す時に笑みを絶やすことはないのだが、今回はとても真剣な顔をしている。


(俺なんかしたっけ?)


「夕咲さんと会った時の話、あれ嘘だろ」


(まじか……)


「そんなことないよ。本当にたまたま……」


「もしそうだとしても、なんでお前のカバンからあいつの分の弁当まで出てくんだよ」


 しまった。


二人が見ていない時を狙ったつもりだったが、まさか見られていたとは。


「それは……あの、夕咲がカバン持ってなかったから」


「それに、お前があいつのことを前から知ってたとしても、お前があそこまで友好的に接することはないだろ」


 流石に参ってしまった。


こんなことになるならもう少し他の人と友好的に接するべきだったかもしれない。


(ハルってこんなに賢かったっけ?)


「降参だよ。多分ハルが思ってる通りだよ」


「ならやっぱ」


 ここまできたら仕方がない。


流石に一緒に住んでいることは言わないが、どこまで話すべきだろうか。


(というか話せることなんてあったっけ?)


「お前ら、付き合ってたんだな!」

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