三章 いざ、学校へ 1話〜2話
1話
「夜凪さん」
その声で目が覚め、自分がいつの間にか眠っていたことに気付く。
時計を確認すると今はまだ朝の6時。
家から学校までは歩いて25分くらい、SHR開始は8時半からなので少なくともあと1時間は眠れるはずなのだが。
「おはよう、夕咲。どうしかした?」
大きく伸びをしながら夕咲に起こした理由を訊いてみる。
「おはようございます。朝早くにすみません。出発時間が知りたいのですが」
(そういえば言ってなかったな)
「ごめん、言うの忘れてた。ええと、家出るのは……7時45分くらいなら安心かな」
「そうでしたか。すみません、まだ時間があるのに起こしてしまって」
「いいよ別に。いつもは結構ギリギリだし」
正直まだ少し眠いのだが、いつものように走って学校に行くのより絶対いい。
朝食の準備のためリビングに移動し、部屋のカーテンを開ける。
今までは落ち着いて朝日を浴びる時間なんてなかったが、なかなか気持ちいいものだ。
すると、
「ん〜〜〜!」
と、夕咲が、俺を真似るかのように、朝日を浴びながら伸びをし始めた。
服のサイズが大きいので掴んでいる方の手はでているが、伸ばしている方の手は袖から出ていない。
そして夕咲の身体が後ろに反った時、
「……!」
ほとんど反射で目を離す。
そして自分も立派な男子高校生なんだということを自覚する。
失礼だが、夕咲のそれは決して大きいとはいえないと思う。
だが、それでも反った状態ならば、その膨らみが強調されてしまう。
「夜凪さん? どうかされましたか?」
「いや……、ちょっと眩しくて」
なるべく顔を見せないようにしてキッチンに逃げ込む。
おそらく、今俺の顔は真っ赤に染まっているだろう。
なので、今はを見られるわけにはいかない。
理由を聞かれても答えられないから。
といっても時間は有限である。
いつまでもキッチンにいるわけにはいかない。
オーブンで食パンを焼き、その間にコーヒー用のお湯を沸かしておく。
「飲み物コーヒーか牛乳ならどっちがいい?」
「そうですね……、牛乳でお願いします」
夕咲は少し悩んでからそう言った。
普段使うことのない客人用のコップを棚から引っ張り出し、水で何度か濯いでから牛乳を注ぐ。
俺は自分のコップにインスタントコーヒーをコップに入れて、お湯を注ぐ。
念のため言っておくが、カッコつけているわけではない。
いつも飲んでいるのだ。
先に飲み物をテーブルに運び、パンが焼けるのを待つ。
チン、という音が鳴り、いい色……より少し黒い食パンが姿を現す。
少し焦げたパンを皿に乗せマーガリンと一緒にテーブルに運ぶ。
「ごめん、ちょっと焦がしちゃった」
「お気になさらず。誰にでも失敗はありますから」
夕咲はそう言って微笑んでくれる。
夕咲の優しさが胸に沁みるのと同時に申し訳なさが込み上げてくる。
もう二度とないようにしなければ。
「ありがとう。じゃあ、いただきます」
「いただきます」
朝食は前と同じように静かに進んでいく。
まあ、これから起こるであろうことを考えたら、今は嵐の前の静けさとでもいうのだろうか。
一緒に登校するのなら、ハルから何かしらは言われるだろうし、そのことはすぐに秋川にも伝わるだろう。
説明の時はできるだけ夕咲に負担のないようにしなければならない。
遠足のことも決めないといけないし、夕咲には登校初日から苦労をかけることになるかもしれない。
朝食を食べ終えると次は弁当作りが待っている。
といってもおかずは全て冷凍食品なのだが。
最近はバイトもあり、自炊する時間がかなり減っている。
節約のためには再び自炊をすることも考えておかなくてはならない。
ご飯は前の日に炊いておいたものを使う。
夕咲の弁当箱は俺が小学校の頃に使っていたものにした。
見た目もそこまで幼稚ではないし量も入るので馬鹿にされるようなことはないだろう。
弁当の準備を終え、
流石に学校用の鞄は二つもないので自分のに二つ入れる。
夕咲はまだ一度も登校していないので教科書すら持っていない。
そのおかげで弁当が入るのだが、いったい授業はどうするのだろうか。
「夕咲、教科書ないけどどうするの? もう手遅れかもだけど」
「一応、職員室で訊いてみるつもりです」
「そっか。その時は案内するから言って」
「はい。ありがとうございます」
必要な持ち物を確認して家を出る。
手ぶらで登校するのもどうかと思ったので、夕咲には小さめのナップサックを渡してある。
もし教科書がもらえたら、俺の鞄だけでは持って帰ることができないからというのもある。
二人ならんで登校しているが、やはり会話はない。
「夜凪さん」
学校まであと10分くらいのところで夕咲が話しかけてきた。
2話
「どうかした?」
「いえ、少し緊張してしまって、すみません」
そう言われてみればいつもより顔がこわばっているように見える。
『いつもより』といってもまだ会って四日目なのだが。
「大丈夫だよ。俺もできる限りサポートするからさ」
「ありがとうございます」
表情の変化がわかりにくいのでこれで夕咲の緊張がほぐれたかはわからない。
まあ、この言葉だけでなくなるのなら苦労はないだろう。
こういう時どうしたら良いものか。
「……あ!」
「どうかされましたか?」
「ちょっとね」
俺はそういって夕咲の頭を撫でる。
唐突なことだったので夕咲は目を白黒させている。
「ごめん、俺が緊張した時に親にやってもらってたのを思い出して」
嫌だっただろうか。
夕咲は黙り込んでしまって、無抵抗に撫でられ続けている。
「そろそろ行こっか」
「ありがとうございます。おかげで楽になりました」
そう言った時の夕咲の顔には今までで一番の笑顔が浮かんでいた。
どうやらこんなことでも少しは緊張を取り除けたようだ。
少し恥ずかしいとは思ったが、今までにやってしまったことに比べたらどうってことない。
それにあんなに可愛い顔が見れたのなら儲け物だ。
夕咲の頭から手をどけて再び歩き始める。
学校に到着するまで夕咲上機嫌で時々笑顔が浮かんでいたのだが、門をくぐると同時にまた緊張が戻ってきたようだ。
「ロッカーはこっち」
「は、はい」
「1人1個ロッカーがあるから。夕咲のは……俺のやつの1個下……」
(あれ?)
確かこのロッカーは縦に三個ずつ、名簿順で並んでいるはずだ。
それで俺のロッカーの一個下。
ということは、
「夕咲って名簿番号、何番?」
「名簿番号ですか? 私の苗字が書いてあるロッカーには……37番と書かれていますね」
「まじか……」
俺の名簿番号は36番。
今の『まじか』は当然だが、名簿が近いのが嫌というわけではない。
なんなら席が近いなら色々便利だしありがたい。
俺が呆れているのは今まで夕咲が後ろの席だということに気づかなかった自分自身にだ。
確かに今までは周りのことはほとんど気にしてなかったし、後ろを振り返ることはあまり、いやほとんどなかった。
だからといって気づかないやつがあるか。
まさかこんなにも自分は周りが見えていないなんて思っていなかった。
これからの生活のためにももっと周りも見なくてはならない。
「なら席は俺の後ろだから。ついてきて」
「あの、靴はどうしたらいいのですか?」
「そっか、上履きも持ってないのか。じゃあ先に職員室行こう。確かスリッパなら借りれるはずだから」
「わかりました。教科書のことも訊いてみますか?」
「うん、そうしようか」
予想はしていたがやはり、ホームルームが始まる前から忙しくなった。
だが夕咲の高校生活初日、つまずかせるわけにはいかない。
できるだけのことはする。
そう心で覚悟を決め職員室のドアを叩いた。
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