第一話 リアル

復帰配信から一週間ほどが経って迎えた週初めの月曜日。明太はすっきりとした朝を過ごしていた。いつになく早く目を覚ました明太はいつもより朝食を凝って、時間に余裕を持っていた。

その余裕の根源と言えるのはつい先日に行った復帰配信での出来事だ。底辺なりに視聴者を楽しませる企画や配信を心がけてはいたが、まさか自分の配信を大物Vtuberが見ていてよもや自分の古参を名乗ってくれていると慣ればなおのこと。

一週間経っても夢のようなふわふわとした感覚は払拭できないまま家を出る。


「んお?おっす明太〜今日は随分と血色がいいじゃん?」

「なんだその普段は血色悪いみたいな言い方は」


「だって実際悪いし」


玄関を出るなり、目の前を一人の男子生徒が通る。前髪を七三わけにした、背の高いイケメン、明太の幼馴染の浅羽あさば拓実たくみである。

保育園からの付き合いの二人は、高校になっても変わらず同じ水沢高等学校にかよいはじめてから二年が経過していた。

家が隣近所なこともあってこうして毎日一緒に登校しているのだ。

明太の学園での友好関係は特別広いとは言い難いが、拓実やそのほか数人の友人と共に平穏な学校生活を送っていた。


————放課後


明太は授業が終わり、下校する生徒がちらほら見える中で慣れた様子で体育館へと向かう。


「こんちわっす」


軽く一礼して体育館へ入るとすでにが一面でたてられており、何人かの生徒が試合をしていた。


「お?おーっす明太。先始めてるわ〜アップ終わったらお前も入って来いよ〜!」


「おっけーっす」


明太の先輩らしき人物が手を振ると、明太はさっさと制服を脱ぎ捨ててバレーボールの練習技に着替える。

明太は水沢高等学校バレー部の部員であった。県内ベスト4となかなかの強豪校であり、明太はそこのレギュラーでもあった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


帰宅後、明太は風呂に三十分ほど浸かると夜ご飯を軽く済ませていつもの配信スペースに入る。

ヘッドフォンを装着して、やわらかいクッション素材のゲーミングチェアに座るとパソコンの電源をつける。

配信アプリを立ち上げるとすぐに配信開始の文字にカーソルを合わせる。


「うい〜メメです。あ、今日はちょっと短めにしようかと思うぞ。なんせ部活で疲れたからな。そうそう、部活といえば今日も顧問がブツブツブツブツ」


『なんか初っ端からキレてて草』

『こーれは一般学生』

『白星零天✔️:ストレス溜まってるんだねぇ。よしよし』

『初見です!これって正常運転ですか?』

『やっぱり白星ちゃんも見てますと』


配信をつけて数十分、いつもきてくれる常連の中に混ざって今回も配信を見ていたのは登録者およそ数百万人の大物Vtuber白星零天。あまりに普通に溶け込むことが増えてきたためここ最近では視聴者も驚かなくなってきた。


「お?初見さんいらっしゃい。まぁなんとない雑談ではあるけどゆっくりしてってくれな」


コメント欄に見られる初見挨拶コメントを拾うと、やんわりと視聴を促す。ここ最近になって初見の視聴者が増えてきて同説が二桁に安定して乗るようになってきたのだ。


『そういやメメって何部なん?』

『そういやいっつも愚痴言ってるけど何部か聞いたことないな』


「あれ?俺部活言ってなかったっけ?まぁいいか。俺は男子バレーボール部だよ」


『バレーか!』

『俺もバレー部や、ポジションどこなん?』


「ポシションはリベロだな。身長がちっさいから」


『まさかのここにきて身長小さい事実判明』

『白星零天✔️:身長小さいの可愛い』

『白星の反応がファンすぎて可愛い』


バレーボールにおける、「リベロ」というポシションは、一般的に皆が想像するスパイクやブロックはせずに後衛でレシーブに徹するポシションである。

リベロは身長のあまり大きくない選手がなることが多くで、明太もその一人だった。

身長は180に届かない172cmほど。明太の他には180cmを超える部員がちらほらいる。


「まぁ元々親も両方身長がでっかいわけじゃないからな。それでもレギュラーに入れてるから俺としては楽しいよ」


『まぁ好きならどこやっても楽しいよな』

『メメのバレーやってる動画欲しいんだが』

『でも顔出ししてないし厳しいんじゃない?』


「あー動画かぁ、まぁ別に俺は白星さんとかと違ってVtuberでもないし顔出しNGってわけでもないからリクエストが多ければdmで送ろうか?」


『白星零天✔️:欲しい欲しい欲しい欲しい』

『まじ!?くっそ欲しいんだが』

『いの一番に白星が反応してて笑う』


明太はどうせフォロワー三桁、同説数二桁程度の底辺配信者だ。身元をわざわざ特定する輩なんていないだろうし、一応信頼できるリスナーのみの限定配布ということならばいいだろう。ということで、一部リスナーに動画を渡すことを考える。


「まぁほんとに気が向いたら渡す程度に考えといてくれ。」


『りょーかい』

『白星零天✔️:(´・ω・)』

『一人しょぼんなってるて』


そんなこんなで、少し違った話題も出たが変わらずいつも通りの日常雑談を二時間ほど行って徐々に疲れと共に眠気が襲ってきた。

時計を見れば午前一時を指していた。


「あーそろそろ眠いから枠閉じするな〜…んじゃおつメメ〜」


『オツメメ』

『白星零天✔️:おつメメ!!』

『ゆっくりやすメメ』


枠閉じの挨拶を終えると、配信終了のボタンにカーソルを合わせてマウスをクリックする。


「ふい〜疲れた〜。もう一時だし流石に寝ないとなぁ」


椅子の背もたれに身を任せてグイーッと背を伸ばす明太。配信するときはどうしても同じ姿勢を維持し続けなければいけないので、腰と首のこりが溜まってしまう。

首に手を当てて捻るとゴリゴリと骨がなった。

ゆっくりと立ち上がりすぐそばにあるシングルベッドにごろんと寝っ転がり、手に持っていたスマホで軽くSNSを徘徊することにした。

すると


「ん?dm通知がきてる?…あぁさてはいつものリスナーのおふざけdm—————は?」


いつも見てくれているリスナーから度々ふざけ画像のGIFが送られてきたり、くっそしょーもない小ネタなどを送ってくるので今回もどうせそう言った節の内容だろうとdm欄を開くとその送信元を見て—————思考が停止した。


(白星零天 から一件のメッセージ)


白星零天。最近明太の配信によく顔を出すようになった大物Vtuber。彼女は明太の休止期間中にデビューし、明太が復帰するまでのわずか一年でVtuber界隈でのトップに躍り出ていた。

なんでも彼女はデビュー前からの俺のリスナーらしく、復帰配信以降は毎回『白星零天』のアカウントで彼の配信に顔を出すようになったのだ。


(あくまで俺と彼女はリスナーと配信者だし、彼女も彼女で事務所所属の大物Vtuberだぞ?なんで俺みたいな底辺になんでdm…?)


スマホを持つ手が震えて、心臓の音がどんどん大きくなる。初配信をしたときのような、全校生徒の前前に立ってスピーチをする前のあの嫌な震えに近しい緊張感が走っていた。

ゴクリ。と一息のむと意を決してdm画面を開いた。そこに書かれていた内容とは…


『配信お疲れ様です。いきなりのdm失礼します。以前よりお声がけする機会を伺っていたらこんな中途半端な時期になってしまいました_(:3 」∠)_』


可愛い顔文字を添えて、前に何度かお邪魔させてもらった時の配信のハイテンションと言えばいいのだろうか。常に会話に『!』がついているかのような印象は一切見受けられない丁寧な文章で、軽い挨拶が来ていた。


『お疲れ様です。dmありがとうございます。そんなに気を使わず、気軽に話しかけていただいて大丈夫ですよ!』


配信やら疲労やらで糖分が不足している頭でなんとか長考して絞り出した文章で返事を返した。

緊張感が少し解かれて、スマホの電源を落とすとふぅっと一息ついた。

そこからほんの数分経って、徐々に睡魔が襲ってきてウトウトし始めた頃


ピロン


枕元に置いていたスマホの通知音がなった。一瞬で、眠気が吹っ飛ぶとすぐさまスマホを手に取り画面を開く。


『ありがとうございます!…それで、今回dmさせていただいた本題に入ってもいいですか?』


短く一文ほどで、先ほどと比べると少し砕けた文面でそう送られてきた。今度はこちらも間をおかず、返信する。


『大丈夫です!自分も気になっていたので!』


また心臓が跳ね始める。今度はまた違った緊張感が襲ってくる。

そして数秒して、返事が返ってきた。


『今度、私とコラボしませんか?』


「…はい?」


その文を見て、部屋で一人で素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

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