第5話 零士の家で

 体調が回復してきたとはいえ、俺はまだ無理をしていた。それに、家族のことも気になって、落ち着いて休むことができない。だから、零士さんに言われるまま、今日は彼の家に泊まることにした。彼の家にいると、なぜか少し安心できる気がするからだ。


「ゆっくり休んでいけ」と、零士さんはそう言って、俺を自分の家に招いてくれた。部屋はシンプルで、どこか落ち着いた雰囲気があった。なんとなくホッとする。普段、こんな静か場所にいることが少ないからか、少し緊張しながらも、気を使ってくれる彼に感謝した。


「無理するなよ」と零士さんが言った。彼の言葉には、いつもの冷静な雰囲気があった。あくまで気遣ってくれている感じだが、それでも頼れる存在だと思った。


「じゃあ、俺、少し仕事をするから」と、零士さんがそう言って、作業部屋に向かっていった。


「仕事?」と、俺は思わず聞いてしまったが、零士さんは軽くうなずいて、ドアを閉めた。「少し静かにしててくれ」


「分かった」


 俺は、部屋に一人残された。普段なら、すぐに何かを考えたりするけれど、今日は少し休んでみようと、無理にでも横になった。身体は少しずつ回復してきていたけれど、まだ頭の中では、家族のことや仕事のことがぐるぐると回っていた。


 しばらくして、零士さんの部屋から音が聞こえてきた。


 俺は零士さんが何の仕事をしているのか気になってしまい、よくないとは思いつつも仕事部屋に聞き耳を立てることにした。最初は何の音だろうと思っていたが、だんだんとそれが明るい声だと気づいた。


「みんなー! 今日も元気にいこうぜー!」


 その声が突然、部屋の隙間から聞こえてきた。驚いた。普段、冷静でクールな零士さんが、こんなにも楽しげで明るく話しているなんて。


「お、来たね! ありがとう、ありがとうー!」


 配信でのテンションだと分かる。まるで別人みたいだった。こんなに笑っている零士さんを見たのは、初めてかもしれない。


「え? こんな一面もあるんだ……」と、俺は少し驚きながら、その明るい声を聞いていた。普段はどこか落ち着いていて、無駄なことは言わないのに、この時だけは別人みたいに話している。


「今日も楽しい時間を過ごしていこうな!」


 その声に、思わず少し笑みがこぼれた。普段の零士さんにはない笑顔が、画面越しに見えたような気がした。


「じゃあ、またね! 次回もよろしくー!」 と、零士さんの最後の一声が響いた。配信が終わったのか、ガタガタと物音が聞こえ、俺は慌てて部屋に戻った。


「お疲れ様」と、零士さんはさっきまでの配信者とは打って変わって、普段通りの冷静な表情で俺に声をかけた。


「お風呂入ってくるから、テレビでも見ながら休んでてくれ」と、零士さんが言った。その言葉に、俺は軽くうなずいて、彼を見送った。


 零士さんが浴室に向かう音を背に、俺は何となく手持ち無沙汰になった。少しだけ落ち着こうとして、リビングのソファに座り込んだ。


 スマホを手に取り、自然に指がYouTubeのアプリを開く。さっきまでの零士さんの声が頭の中に残っており、何気なく、彼の名前を検索してみる。


「零士……」と入力し、検索結果を見つめると、あっさりと目に飛び込んできたのは、零士さんのチャンネルだった。


 そのチャンネル名に、あまりにも馴染み深い名前が書かれている。クリックしてみると、そこには驚くべき数字が表示されていた。


「登録者312万人……?」


 俺は思わず目を見開いた。その数は、ただの数字じゃない。ものすごい数だ。こういう世界に縁がない俺にとって、その桁数だけで驚くべき事実を突きつけられたような気がした。


「すごい……」と、つい声が漏れる。


 だが、次に思ったのは、それを聞いてもいいのだろうかということだった。彼が話したわけではないし、これを知ったことが今、俺にできる質問なのかどうか。聞けば、彼がどう思うだろう?


「聞いてもいいのかな」と、俺は頭の中で自問自答する。


 少し迷ってから、スマホをポケットにしまった。おそらく今、その話題に触れることが適切ではないような気がした。でも、どうしてもその数字が気になっていた。


 零士さんが出てくるまで、何かを考えていようとするも、どうしても気になる事が頭から離れなかった。あの明るい配信者と、冷静な現実の零士さん。そのギャップを知ったばかりだからこそ、余計に心に引っかかってしまう。

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