第7話

「こんなところに人が住んでるなんて……」


 街をいくつか通り過ぎて。つまりは夜中歩いていたわけで。ベリーは駱駝に乗って星を見ていただけだけれど。褒められるのは、寒さに耐えたくらい。


 太陽が昇る前、ここに着いた時、ベリーは初めて見る光景に目を丸くしていた。


 砂色の町。


 低く四角い家は、どれもが同じようで、きっちり同じ間隔に造られている道は迷路のようだった。


「ここが砂漠の町?」


「そう。サリファよ。私たちの町へ行く最後の水調達所よ」

「ここがミラの町ではないの?」

「まだ先よ。ここから、二日がかりなの。昼に砂漠の真ん中には居られないし仮眠してから、ここをお昼に出発して、着くのは次の次の日の午前ね。人が砂漠に住む限界の地がここ」


「限界より先に行くの?」

「充分に用意しておけば行けるわ。道を間違えず、暑さ寒さに負けず行ければね。町中に入ってしまえば限界でも何でもないしね」


「ふうーん」


 一軒の家に案内され、間近でそれを見ると、風が吹いたら砂がこぼれて行き、雨が降ったら溶けて無くなるのではないかと思うようなものだった。

 

 入口には星の形があった。

 

 それは、ミラのペンダントとは微妙に違う、直線で繋がれた星。


「これは……?」

 ランディがミラに尋ねた。


「そう。このペンダントの星を書いたもの。一筆書きで簡単に描けるようになってるの」


「へええ」

 ランディは、空に真似して書いていた。


「身体を拭いてくるわ」

 女性は二人で水場へ行くことにした。


「まぁ、ミラちゃん。こんにちは」

「こんにちは。おばさん」


 水場に行くと、頭に大判の布を巻いた大柄のおばさんがミラに話しかけて来た。


「今日もお客さんかい?」

「ええ、そうよ。一晩よろしくね」

「ああ、いいとも。ちょうどいい食材があるよ。魚でいいだろう?」

「もちろんよ。高級じゃない。ありがとう」

 

 ベリーもミラと同じようにお辞儀した。屋敷とは違う、町のお辞儀を。

 

 身体を水に濡らしたタオルで拭きながら、ミラが言う。

「それにしても、あの子無口ねぇ」

「ランディのこと?」

「ええ。若い男の子って、もっとしゃべるものじゃない?」

「……さあ?」

 

 ベリーにとっては、若い男の子というのが周りに居なかったので、みんなああいうものだと思っていた。だから、カノンにもらった櫛で髪を梳きながら思ったままを口にした。


「キースさんも話しないわ」

「あはは。そうね。彼は普段から無口だったわ。まぁ、いいわ。それだけ私たちが好きにしゃべれるってことだから」

 

 ウインクをするミラは、とても魅力的だった。こっそり、真似しようと思う。

 

 家に戻ると、キースだけがいた。


「ランディは?」

「存じません。彼を見張っているわけではありませんので」

 

 本当に男ってわからない。

 

 砂漠の町では、火を起こすのさえベリーの感動につながる。食事の用意を手伝う気持ちはあるのだが、何をしても上手くいかず、終いには何もしないのが一番の手伝いだと言われる始末。

 

 何より悔しいのは、ランディが役に立っていること。


「こんなの習ってないもの。レインに文句を言わなくちゃ」

 

 怒りの矛先を教師に向けた。ふと、顔を上げると、キースの目があった。軽く微笑んだ気がするのだけど、気のせいだろう。

 

 ご飯は美味しく食べられたけれど、ベッドのないところに寝るのは躊躇した。一応、芋虫形の袋に入ると暖かい。だけど、下は固いし、動くとカサカサするし、顔は寒いし。


「砂漠の夜っていつも寒いのね」

 

 みんなはすでに寝ているので、声に出して言う事はしなかった。


 先の町で、すでに驚きはないと思っていた。


「こんなところに町があるの?」

 

 見渡す限りの砂漠地帯。ここまで来られたのが不思議なくらいに何もない。迷子にならなかった自分をほめたいと、ベリーは思った。もちろん、ミラの先導で来たわけだから、迷うことは無いのだけれど。

 

 昼にサリファを出発した。今日も駱駝に乗って、休憩を挟みながら歩く事、約二日。砂漠の気温を誤解していたと嘆き、夜の寒さは誤解でないことにがっかりし。虫化するのにも、何とか慣れたころのミラの言葉。


「着いたわよ」


 その一言がどんなに嬉しかったか。

だが、目の前には今までと同じ風景。砂、砂、砂。


「なにもないわ……」


「ピーッ」

 

 風の唸る音がした。甲高い鳥の声でもあるかのような。ミラが何かを吹いたのかもしれない。


「口笛よ。私たちの言葉のようなものなの」

 

 ベリーを見て微笑むミラが、堂々としていて羨ましかった。


「ミラか。おかえり。お客人か?」

「ただいま。門番お疲れ。ええ、そうよ。だから、予定より早く帰ってきちゃったわ」

 

 そう言うと、人が一人、湧いて出て来た。人が湧くなんて言葉はないかもしれない。けど、目の前に、本当に湧いて出たのだ。


「遠いところ、よく来られた。だが、まず資格を持つものの証として、星の形をそこに描いてもらいましょう」

 

 湧いて出た人は、砂漠の砂の上を指した。

 

 ベリーとランディは、しゃがみこみ、それぞれ指で星の形を描いた。ベリーの方が時間がかかったわけだが、ランディの方を見ると理由が分かった。彼は、略星を描いていたから。

 

 突然、何も無かったはずの砂漠地帯に、ぽっかり穴が開き、緑が見えた。


 ベリーとランディは、ポカンと、ひどい顔をしていたと思う。


「ようこそ、星の一族の住む『コアース』へ」


 誘われるように中へ足を踏み入れると、この場所には考えられないくらいの緑の多さに圧倒された。

 

 樹々から漏れる光は暖かく、心地よい風が青さを運ぶ。


「……こんなところにあったのか」

「綺麗……」

 

 客人となった二人は同時に、違う言葉を漏らしていた。


「長のところへ案内するわ」

 ミラは慣れた足取りで先を歩く。ベリーは振り返ったが、そこに入口は無かった。ミラの言う門番の姿も、同じように無かった。


「不思議なところね」

「ええ。住んでいると普通に思うんだけど、外へ出ると如何にここが変わっているか思い知らされるわ」

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