第6話

 砂漠へ遊びに……という話でまとまって、そのままこの宿に泊まり、朝を迎えたわけだが。


「おはよう」

「おはよう」

「おはようございます」


 挨拶をするのは当たり前なのだけど、声が一つ増えていた。


「えっと……おはようございます」

 軽く頭をひねりながらも、前に傾けた。


「キースと申します」


「えーっと、私の友人よ」

 ミラが簡単すぎる紹介をしてくれた。


 きっと、同じ年くらいなのだろう。キースの首にも星の形をしたペンダントがかかっていたから、幼馴染とか、そういう関係なのだろう。


「一緒に行くから」

「あ、うん」

 

 じーっとキースを見ていたベリーは、ミラのほうに向きなおし、慌てて返事をした。

 

 ランディはただ頷くだけで、何も言わなかった。


「でも、ベリーちゃんの着ているもの。それじゃあ、ちょっとまずいわね。着替えを買いに行きましょう。代金はキース持ちで」


「えっ。着替えが必要なら、自分で払います」

「いいのいいの。気にしないで、似合うの買いましょうね。じゃ、夕刻に砂漠へのゲートで落ち合うってことで。食料とか毛布とかよろしくね」

 

 ミラはグイグイとベリーの背中を押しながら、人混みの中へ進んでいった。

 

 キースの顔を見ることができなかったが、大丈夫なのだろうかとちょっとだけ気になった。


 街中にある店というより、露天。サラリとした生地の触り心地や、色とりどりのベールに感動する。


「可愛い……」


「うんうん。ベリーちゃんにはそうねぇ……白が似合いそうだけど、汚れちゃうから、薄めの藍にしましょう。これなんてどうかしら?」

 

 ミラが勧めてくれたのは、薄めといっても青が濃い気がする。ピンクのほうが好みではあったけど、この先何があるかわからないのだから、ミラの知識に全面的賛成をしておくべきだと思った。


「ベールも同じ色でいいですか?」

 店の主人が言う。


「ええ。そうしてくださいな。ああ、留める物は金属じゃなくて革にしてね。それから、サンダルと夜中歩く時のためのちょっとした防寒具も見繕いましょ」

 

 そう言って次の店へと場所を移す。


「ブーツと厚めのストール、うーん、色は白に近い水色にしましょう。これなんていいわね」

 

ミラはべりーを着せ替え人形のように、飾り立てていく。満足したらしく、「うん」と達成感みたないなものがあるらしい。


「あ、ついでにこれもくださいな」

 

 ミラが手にしたものは、腰に巻いて使うタイプの入れ物、革製品で高価そうだった。


「あ、キースには内緒ね?」

 

 そう言ってウィンクをしてきた。ベリーは首を縦に振った。


「いいのかなぁ……」


「あとは、と。そうね、小物見に行きましょう」

 

 店を見て歩くだけでも楽しいのに、アレがいいコレがいいなどの会話に顔がにやける。

 

 ベリーは心の中でつぶやく。また、したいことが増えた。マリューちゃんとも買い物しよう。


「きゃああああああ」


「な、なに?」

 

 甲高い声に街が騒然と、するのかと思ったけど、驚いているのはベリーくらいだった。


「あいつら! また!」

 

 昨日、ミラに絡んでいたガラの悪そうな男たち。衛兵は今日もいない。ベリーは女の人を助けるべく方向を変えた。


「ぐえっ」


 瞬間、首が締まって自分の声とは気づかないものが出た。


「放っておきなさいな」

 襟首を引っ張っていたのはミラだった。


「で、でもっ」

「私の事信用していないのが腹立つわぁ」


「ミラ?」

 

 にっこり笑って、ベリーの服を整えていたけど、ミラの目つきはちょっと怖かった。


「大丈夫よ。あの男たちは絨毯に巻かれてお城の上から吊るされるんじゃないかしら。さ、行きましょう」

 

 ベリーの手を取り元のルートへ戻った。

 

 後ろ髪をひかれながら、ミラの言うとおりにした。背後、遠くのほうで言い争いらしきものが聞こえた。悲鳴のようなものも。だけどそれは、女の人の声ではなかった。

 

 後日談になるけれど、男たちは端切れに巻かれて噴水に放り込まれたそう。絨毯なんてもったいない、ということらしかった。



 夕刻。

 約束通り、合流した。

 

 男子二人は、会話もなくよそよそしいように見えた。間違いではなかった。

 目を合わさない。


 黙々と荷物を括り付けていた。二人とも慣れているようだった。


「ちょっと、ちゃんと買い物してくれたんでしょうね?」

 ミラがキースを睨んで言う。


 彼が答える前に、珍しくランディが答えた。


「俺一人で買いそろえたから、なにか足りなくても文句言うなよ。この人は、適当にそろえておいてくれって金だけ投げよこしてどっか行ったっきり」


「でしょうね」とミラがため息をついた。

「旅慣れてそうな子でよかったわ」


 

 駱駝という生き物を見たときは、なんて変わった形なんだろうと思った。背中に大きなこぶがあって、ぱっちりした目には長いまつげ。口はいつも何か食べているようなモグモグ感。

 

 砂漠を歩くのには、この子たちが必須なんだという。

 

 大きな荷物を左右に括り付けて重そうに見えるのに、この子たちは涼しげな顔をしている。


「じゃあ、出発! ちょっと遠出だから頑張ってね」

 ミラが先陣を切る。


 続いて砂漠に足を踏み入れると、『ジャリ』と『キュッ』の間のような音が鳴る。

 

 最初は物珍しさもあって、砂の感触を楽しんでいたが、すぐさま疲れがやってきた。

 

 それを見越していたように、キースが促す。


「駱駝に乗って」

 

 これに乗る? ミラが引いていた二つこぶのある駱駝に乗せられた。

 駱駝が自ら足をたたみ乗せてくれたのだけれど、立ち上がった時の高さにちょっと震えた。


「わっ……わっ……」


「大丈夫よ。馬よりもお尻は痛くならないから」

 ミラが笑いながら言う。


 乗馬経験があるベリーには、ちょっとだけ助かる事項だった。


「……だって、自分だけ駱駝に乗っていて恥ずかしいもの」

 

 小さく呟くけれども、歩くとなるときっと足手まといになる。ありがたく乗せてもらおう。


「あおきほしのこどもたち……あの光たちはトゲトゲした形をしてたのね」

 

 ただ空を見ていた。


 広大な空と地。そんな中なのに「あなたは何ができますか?」レインの言葉がいまだに離れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る