第44話 お父さん

 病院に着くとすぐに受付を済ませて、中央センターにいる看護師さんへ詰め寄る。

 驚いている看護師さんに急いで事情を説明すると、すぐに病室へと案内してもらえた。



 看護師さんと共に急ぎ足で辿り着いた病室。ドアは常に開かれている部屋。

 四人部屋の窓際が親父のベッドらしい。


 プライベート用にカーテンで区切られており、しっかりと閉じられていた。カーテンの奥に親父がいるらしいのだけれども、どんな状態になっているのかわからない。


 何が起こったのかも聞いていないし。

 倒れたって、一体どういう状況になったのだろうか。身体は無事なのか。寝たきりになっているのか。意識はあるのだろうか……。


 カーテンを開けるのをためらっていると、舞白が私の手を握ってきた。


「考えたって無駄だよ。怖い気持ちが大きくなるだけ。私が付いているから、行こう」


「……うんっ!」



 舞白の手を強く握って、一息大きく吸い込む。



「親父ーーっ!!」



 勢いよくカーテンを開くと、布団に包まった親父がいた。


 ベッドの隣には点滴。

 脈拍を測る心電図。


 どちらも動いているところを見ると、最悪の事態ではないことはわかった。



「生きてはいるんだね……。良かった……」


 安心して、少し気が抜けたのか、いまさらプルプルと手が震えてきた。こんなところで泣きたくもないのに、何だか目に涙があふれてくる。


 涙を堪えていると、布団が動いた。


「んーっ!」


「……親父っ!?」


 布団から顔を出した親父は、いつも通りの血色の良い肌をしていた。見るからに元気そうだった。



「おおー、千鶴。わざわざ来てくれたのかー?」


「うん。いきなり倒れたって聞いたから。先生が血相変えて伝えてきたからさ……。無事だったんだね……?」



「はっはっ。大げさだな。誰になにを聞いたのかわからねぇけど、ただの交通事故だぞ?」


「交通事故っ!? 大丈夫かよっ!?」



 親父は布団を剥いでみせると、ガチガチに包帯を巻かれた足が出てきた。


「こんな感じだけどな。命に別状はねぇみたいだ」


「……そっか。それなら良かった」



「憎まれっ子は、相変わらずしぶといだろ? がっはっは!」


 親父はいつも通りのデリカシーのない笑い方をする。それは、本当に元気という証拠だろう。私が嫌いな笑い方だけど、少し落ち着いた気がする。



「ったく、なんで轢かれてんだよ、クソ親父」


「はぁー? 轢かれたのは、俺のせいじゃねぇだろ? 悪いのは十割相手だっつーの!」


「ふーん」


「俺だから死ななかったものの。暴走した車が向かってきて危なかったんだぞ? 俺が避けてたら、周りの奴らが危なかったし」



「えっ……? もしかして自分から轢かれにいったの? バカじゃないのっ!! 体張って車止めれるとでも思ったのっ!!?」


「あぁん? 何が悪いんだよ? 俺の身体、どうしようと勝手だろ? 誰かを守れるなら本望だろ」


「やっぱり、バカ親父だなっ!!」


「んだとっ?!」



 親父との言い合いにヒートアップしそうになると、舞白が握った手を引いてきた。


「……お、お姉ちゃん。もしかして、お父さんって悪くなくない? ヒー口ーじゃない?」


「おぉー? そっちの子は分かってるじゃねぇか? 千鶴の友達か?」



「はい! お姉ちゃんの妹になりました舞白と言います。初めましてお父様!」


「ははっ! こんな可愛い妹ができたのか? それなら学校が楽しそうだな。なによりだよ。はっはっは!」


「可愛いなんて、ありがとうございます!」



 親父と舞白はニコニコと笑いあっているけれども、こっちは大事なテストを抜け出してきたんだってのに……。

 楽しい学校生活って言ってるけど、その生活をかけたテストだったっていうのに……。



「無事なら、別に来なくて良かったじゃねぇかよ……。親父のせいで、舞白と一緒にいられなくなるかもしれないんだぞ。クソ大事なテストだったのに、なにしてんだよ……」


 親父がピンピンしてると思ったら、急に怒りが戻ってきた。


「お姉ちゃん。そんな言い方良くないかもだよ……」



「いや、舞白ちゃん。全部俺が悪い。すまん。なにかあったら、俺が学校側にガッンって言ってやる」


 親父は頭を下げてきた。

 そんなことされても、もう手遅れかもしれないのに。


「学校じゃねぇんだよ。舞白の親父が私たちのことを辞めさせるかもで……」


「はぁっ?! ただの父親がそんなことすんのか?! こんな娘たちの幸せもわからねぇやつがいるのか? そんなやつ、親を名乗る資格はねぇだろ?! 俺が文句言ってやるよ!」



「いや、そんな簡単じゃ……」


「いや、簡単な事だろ? 娘の幸せを願う。そんな簡単なことも分からねぇなんて。ただのバカ親父だろ?」


「いや、だからさ。話通じないなー!」



 私と親父のやり取りを見てる舞白は、くすくすと笑っていた。


「千鶴とお父さんって、すっごい似てるね! 私やっぱり、千鶴の妹で良かったかもだよ。ふふっ」

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