第27話 彩芽からの誘い

 彩芽に誘われるまま、一緒に帰宅する。

 いつもだったら舞白と帰宅して、そのまま一緒に部屋で過ごすんだけれども。


 今は舞白と一緒にいると、ちょっと意識し過ぎちゃうから、今日は少し距離を取るくらいがちょうどいいと思う。昨日から心臓の鼓動も強すぎるから、少し休めないと身体が持たないしね。


 一緒に帰宅するというのは、彩芽の寮で一緒に勉強しようと誘いを受けたのだ。



「ふふ、千鶴さんがお勉強に目覚めるとは、人生って何が起こるかわからないですわね」


「そ、それは言い過ぎじゃないですか? 私そんなに勉強しているイメージないですか?」



 彩芽は終始楽しそうにしている。長い付き合いがあるけど、こんなに楽しそうにする彩芽を見たのは初めてかもしれない。

 先を歩く彩芽が振り向くと、可憐な花が咲いたかのような笑顔を見せてくれる。


「今まで、どれほどお誘いしたと思っているのですか? テストがある度に、『一緒に勉強しましょう?』と誘っては、フラれてきたのですよ?」


「え、えっとー。そうだっけ? あはは。申し訳ございませんですわ……」


 彩芽は、私の数少ない友達の一人だ。

 お嬢様としての品を兼ね備えているんだけど、庶民な私にも気軽に話しかけてくれる。そして、なにかと私のことを気にかけてくれるのだ。


 私が成績が悪いのを知っているし、それを助けようとしてくれていたのだろう。けど、私はすべて断って柊お姉様とのお部屋の掃除をしたり、模様替えをしたりして楽しんでいたっていうのにな。はは……。



 彩芽は、お嬢様らしいハーフアップの髪の毛をふわふわと揺らして歩く。

 その後ろを歩くだけで、いい香りがする。もしも私が男の子だったら、この香りだけで顔がだらしなくニヤけていたことだろうな。



「今日の彩芽は、すごい楽しそうにしているよね」


「ふふ。私だけじゃなくて、千鶴さんもニヤニヤ顔ですわよ?」


「えっ?! いやいや。そんなことないよ! あれ……、そうなの……?」



 ニヤけ顔と言われたので少し隠そうと下を向くと、彩芽が覗き込んで来る。目が合うとニコッと笑って、頷いている。


「千鶴さん、妹さんができてから、私とお昼ご飯を食べてくれなくなってしまって。寂しかったんですよ?」


「あぁー。いつも舞白のところに行っていたからねー」



 彩芽は少し歩みを緩めて、私の隣を歩き出す。


「舞白さんもいいかもしれないですけれども、やっぱり歳が近い方が感覚が近いと思いますのよ? 授業の話とか、食べ物の話も感覚が合うと思いますのよ」


「は、はぁ。そうかもだね……?」



「一年間、同じ教室で時を過ごした分、深まった絆もあると思いますし?」


「ん……、そうだね?」



 彩芽は近づいてきて、手を取ってくる。優しく握ってくる、柔らかい大人の手。毎朝握っている舞白の手と比べたら、とても色っぽさも感じる。


「こんな子も、千鶴さんの傍にはいるんですよ?」



 終始よくわからない言動をしてくる彩芽。なにを言いたいというのだろうか。一緒に昼ごはんを食べてくれないことへの嫉妬なのかな。彩芽ってそんなに食いしん坊だったっけ?



 ……とはいえ、これから勉強を教えてくれる、私の救世主的な友達。精一杯媚びを売って置いた方が良いのかもしれない。

 私は手を引いて、彩芽を近付ける。



「彩芽さんがそんなに言うのでしたら、今度一緒にご飯食べますわ!」


 思ったよりも強く引き過ぎたか、彩芽の顔がすぐ目の前まで来ていた。舞白とキスをした時の距離よりかは遠いし、もうファーストキス経験者はこの距離でも、なにも緊張しないのだよ。ふふふ。



「えっ……。あつ……。はい……。ありがとうございます。一緒に食べさせてくださいませ……」


 伏し目がちで、もぞもぞと話す彩芽。

 食い意地張っている張っているって、暗に言ってしまったかな……?


 気を害してしまったのか、彩芽は言葉が少なくなってしまった。

 私に悪気は一切なくて、勉強を教えてくれる好意に答えようとしただけなんだけれども……。

 彩芽って根はお嬢様だから、打たれ弱いのかもしれないな……。フォローしておかないとか……。



「彩芽さんは、勉強ができるので、私はとても好きですわよ!」


 とびっきりの爽やかスマイル。

 全てを誤魔化すことができるって思っている。


 赤点を取ったときにも、「清々しい笑顔だな」って先生に褒められた笑顔。これさえあれば、いけると思うのよ。

 むしろ、そんな顔して誤魔化すしかできないのだけれども……。



「そうだとしたら、今日は私がいっぱい教えて差し上げますわ……」


 いきなり、ギュッと手を握られた。


 イタタタタ……。

 こりゃー、怒らせちゃったなぁー……。


 これから、すさまじい量の勉強を教えられるんだろうな……。

 けど、スパルタは望むところだから、結果オーライか。未来の私のため、未来の舞白のために、もっと煽っておいた方が良いのかもかな?



「私、彩芽にだったら、一日中でも勉強教えてもらいたいよ! いっぱい教えてね!」


「……は、はい。お望みなら、ずっとずっとずーっと、教えさせてくださいませ」


 怒りがピークを越えたのか、手の握りが優しくなった。というか、握るのをやめて、私の腕を取って自身の腕と絡めてくる彩芽。


「今日は逃がさない」っていうことなのかもしれないな……。あはは……。


 勉強頑張ろう……、私……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る