【短編】塩対応のドラゴン娘の尻尾は雄弁に語る

ルピナス・ルーナーガイスト

短編

「ホームルームを始めるぞー、席に着けー」


 春山高校二年B組の教室では、今日もいつも通りの朝のホームルームが始まった。……いや、いつも通りというと語弊があった。


「今日は転校生を紹介する」


 ざわっ


 担任教師の言葉に、まるで『今から君たちには殺し合いをしてもらいます』と言われたように、教室内は俄にざわめいた。


 ふぅん、転校生、そんなのもいるのか。


 などとまでも思わず、在原(ありはら)裕(ゆう)太(た)は興味なさげに眺めていた。

 中肉中背で、黒髪黒目のパッとしない顔立ちだ。まるで学園もののギャルゲーに描かれる、典型的なモブ男子のような少年である。


 彼が興味なさげなのも、それが理由の一つだろう。


 自分は主役ではない。

 いや、主役どころか脇役ですらない。背景を埋めるためだけのモブ男子。流石にそこまで思うと卑屈に過ぎるから、そこまで意識的には思っていなかったが、それでも、転校生のような――もしかすると一瞬かも知れなくとも――、この教室という舞台でスポットライトを浴びるような存在と関わり合いになることなどあり得ない。

そうした思いから、裕太は他人事のように、まるでテレビ画面の向こうから見ているように、呆(ボウ)っと教壇を眺めていた。


 すると――、モブ女子どころか、メインヒロイン枠に違いない美少女が現れた。


 艶々と輝くような黒髪が流麗に腰まで流れ、凜と伸ばした背筋に整った目鼻立ち。可愛らしいというよりは美しい。眼窩には意思の強そうな黒目がちの瞳が嵌って、真っ直ぐに前を見据えていた。胸の膨らみはそう大きくはなかったが、眼を惹かれる程度には膨らんでいる。スカートを押し上げる尻もである。


 シャン――、


 と音まで聞こえてきそうな所作で彼女は立ち止まると、睥睨するようにクラスに眼を向けた。


『ほぅ……』


 と少なくない生徒が吐息を漏らした。


「龍(りゅう)禅(ぜん)寺(じ)凪(なぎ)子(こ)と言います。よろしくお願いします」


 頭を下げる所作にも隙がない。

 そして、彼女が美しく芯のある様子も目を惹かれるものだったが、それ以上に眼を惹くものがあった。


 ――……ドラゴン娘……。


 裕太は心の中でそう漏らす。


 そう、凪子の頭には竜の角が生え、お尻からは竜の尻尾が生えていた。異種族は、モンスター娘の留学を受け入れて久しい昨今では珍しくもなかったが、それでもドラゴン娘。


 ――すごい娘が転校してきたものだ。


 驚きはしたものの、裕太はやはり他人事のような感想を抱く。

 これではますます関わりはないだろう。


 そう思っていた裕太の予想は、あっさりと覆されることとなる。

 ドラゴン娘の黒い瞳が、淡い金の輝きを放ちながら、裕太の姿を映していた。



   ◇◇◇



 案の定と言うべきか、休み時間となれば彼女の周りに人が集まってきた。まずはクラスのカーストトップ陣が取り巻き、陽キャたちもそこに追従した。

 やはり裕太とは住む世界が違う人だ。そうは思うのだが、裕太の誤算としては、彼女の席が裕太の隣の席になったということだ。


 ――ついてないな……。


 まるで背景のモブ男子の裕太が、隣の喧噪に加わることはないのだが、やはり背景のモブ男子のような裕太は気にされず、隣にいるというのに彼らは好き勝手にはしゃいでいた。


「ねぇ、その髪すっごい綺麗だね、シャンプー何使ってるの?」

「なぁなぁ、彼氏はいる?」

「今日カラオケ行かねー?」

「歓迎会やろーぜ、かんげーかいー」


 銘々が銘々の欲望を口に出し、まるで転校生である彼女を競りにかけているよう。


 ――お気の毒様。


 と裕太は思い、


 ――いや、こういうのを受け入れる、楽しむ子なのかな?


 と、その程度くらいには興味を持って耳を傾けていた。


「ごめんなさい、騒がしいのはあまり好きではないの」

『あ……』


 と、静かでも、まるで芯を以て射貫くような彼女の言葉に、騒がしさもピタッと止まった。


「ごっ、ごめんね、転校生だったし、凪子ちゃんがびっくりするくらい綺麗だったから昂奮しちゃって」

「そっ、そうそう、悪いな。で、彼氏はいる?」

「歓迎会はカラオケで良いよな?」

「…………」


 静かにすれば良いと言うものでもないだろう。


 ――強いな、そして迷惑だ。


 と思いながら裕太は耳を澄ませていた。


「引っ越してきたばかりで忙しいから、しばらくは遠慮するわ」

「そっ、そっかぁ……」


 残念そうに男子が引き下がり、女子たちも残念そうにしている。流石にキッパリと断られれば、凪子の雰囲気もあってそれ以上強くは言えないのだろう。

 だが、


「なぁ、彼氏はいる?」


 ――まだ訊くのか……。


 聞いている裕太の方がゲンナリとしてしまう。それは当事者で、あんな応対をする凪子ならば尚更だろう。

 だが――、


「……そう、ね、彼氏はいないけど」


 わぁっ、と男子たちが俄に色めき立つ。


「気になる人はいるかも知れないわね」

「なっ……」

「まさか、俺のこと?」


 そのメンタルの強さの秘訣を訊いてみたい。


「…………」


 だが、凪子はそれ以上は答えず、ちょうど授業の開始を告げるチャイムが鳴るのだった。



   ◇◇◇



 ――ふぅー、転校生も大変だな。


 と、屋上で弁当を食べ終えた裕太は思っていた。あの後も休み時間の度に隣の彼女の席には人が集まり、裕太の席は圧迫された。弁当を食べている際もそうされてはたまらないと、さっさと屋上に来て食べることにした。

 今頃はまだ凪子の周りに人がいて、自分の椅子や机も好き勝手に使われていることだろう。


 ――いつまで続くんだろうな。面倒臭い……。


 背景モブ男子とは言え一人の人間だ。いくら転校生が物珍しくとも――否、転校生が魅力的な美少女であろうとも、自分のことをいないもののように扱うクラスメイトたちには辟易してしまう。


 ――当分は屋上飯かな。……元々一緒に食べる人もいなかったけれど。


「……ふぅ」と裕太が憂鬱な息を吐けば、


「こんなところにいたのね」


「え?」


 と、涼やかな声が聞こえてきた。

 その声の主に目を見開いた。


「在原裕太、くんよね?」

「……そう、だけど……」


 どうして、今絶賛囲まれ中の筈の噂の転校生、ドラゴン娘の龍禅寺凪子がこんなところにいるのだろうか。それだけではなく、今彼女はなんと言った?

 自分を探していたようなことを言わなかったか?

 裕太は、美少女に声を掛けられ、喜ぶよりも困惑が先にきた。


「ごめんなさい」

「え?」


 と、急に謝られてますます困惑してしまう。


「ほら、私の席に人が集まってきたでしょう? 隣の席のあなたは迷惑を被ったのではないかしら?」

「えっと……、でも、それは龍禅寺さんが謝ることじゃないんじゃ……」

「凪子」

「え?」

「お詫びとして、下の名前で呼ぶことを許してあげるわ」

「えぇっ⁉」

「嫌かしら?」

「い、嫌じゃないけれど……」


 嫌ではないが、裕太にとってはハードルが高い。しかし。


「隣、良いかしら?」

「えっ、うっ、うん……」


 ――って、近いっ⁉


 隣に座ってきた凪子に、裕太はただただ面食らう。そして、凪子は裕太が冷静になることを許さない。


「ほら、凪子って、呼んでちょうだい」

「えっ、……う、うん……、凪子、さん」

「……今はそれで良しとしておきましょうか。裕太くん」

「う……」


 なんだか妙に気恥ずかしい。しかし、どうして彼女は突然このようなことを言ってきたのか。それに、クラスメイトに囲まれている筈ではなかったのか。


「先生に呼ばれていると言って抜けてきたわ」

「え……?」

「何? それを訊きたかったのはではないの?」

「う、うん……、そうだけど……」

「顔に書いてあったわ。裕太くんは分かりやすいの」

「そ、そうなんだ……はは」


 裕太はもうなんと答えて良いのか分からない。そして、確かにクラスメイトたちの囲みから抜けてきたことは分かったが、凪子はどうしてここにいるのか。それに――。


「私がどうしてあなたを探していたのか訊きたいのでしょう? それも顔に書いてあるわ」

「あはは……」


 ――ぼくってそんなに顔に書いてあるのかな……。


 もはや心配になるほどの読み取られ具合である。


「謝りたかったから。それじゃあ駄目かしら?」

「だ、だから凪子さんが謝ることじゃないような……」

「私が謝りたかったのよ。素直に受け取っておいてちょうだい」

「う、うん……」


 謝罪の押し売りだが、美少女からもられるのならば素直に受け取っておくことにする。


「…………」

「…………」


 ――えっ、会話が切れた⁉ 謝るのが目的でそれ以上の話はないってこと? だけど、それなのに凪子さんも立ち去ろうとしないし……、い、いったいなんなんだよ、これは……。


 残念ながら弁当を食べ終わってしまったので、そちらに意識を向けることも出来ない。妙に気まずい気持ちになりながら、裕太はそっと凪子を覗き見た。


 ――綺麗だ……。


 凜とした美貌の肌は白く、切れ長の瞳が美しい。黒い睫毛は長く、整った鼻筋に薄桃色の唇。頬の輪郭だって精緻だし、首筋のラインは妙に艶めかしい。

 と――


「ッ」


 その切れ長の瞳がこちらを向き、思わず裕太は眼を逸らす。凪子がこちらを見ているのかどうかは分からない。だが、覗き見ていたことはバレただろう。気恥ずかしく、頬が熱い。心臓の音も妙に昂ぶる。

 裕太が視線を逸らし、冷や汗をかいていれば、ソッと腰に触れてくるものがあった。


 ――ん? なんだろう? ちょっとくすぐったいような……? え?


 それに視線を向ければ、裕太はギョッとした。何故か、凪子の竜の尻尾が巻き付いてきているではないか。


 ――えっ、えっ、なんで……?


 分からない。

 チラリと凪子を覗き見ても、彼女は涼やかな顔で、素知らぬ様子をしていた。


 困惑する裕太を他所に、腰に巻き付いた竜の尻尾はすりすりと甘えるように擦りついてくる。


 ――な、なんなんだ、いったい……。


 ワケが分からないが、これは指摘しても良いものなのだろうか。振り払うのは気が引けた。それに、たとえ人外部分だとしても、美少女の一部分が甘えるように絡みついてくるのを振り払うなど、とても勿体ないような気もした。


「ン……」


 裕太が体を硬くしながら彼女の尻尾の好きにさせていれば、凪子の唇から吐息が漏れた。それは妙に甘い響きを帯びていて、裕太はとある一部分までも硬くなりかけた。


 キーン、コーン、カーン、コーン……


「あ、予鈴……」


 午後の授業を知らせる鐘の音に裕太は助かったような心持ちになる。

 するりと尻尾も離れ、それがちょっと寂しく感じられた。


「先に行くわ。あなたもその方が良いでしょう?」

「あ、うん……」

「じゃあ、また……」


 阿呆のように返した裕太を置いて、凪子は淑とした歩みで去って行く。だが、その尻尾は上機嫌そうに揺れているように思えた。


 ――いったい、なんだったんだ……。


 裕太はそのまま呆然としていた。


 ――って、あれ? また、って……?


 彼は、ちょっと嫌な予感がするのだった。



   ◇◇◇



 午後の授業の休み時間も似たようなものだった。

 隣の凪子の席にクラスメイトたちが集まって、昼の先生からの用事は良かったのか、などと訊いていた。

 それに、聞こえてくる内容によれば、やはりめげずに凪子を誘っている者もあって、しかし、やはり凪子の反応は芳しくない。

 こういうのを塩対応と言うのだろうと、裕太は半ば感心していた。

 そしてチラリと凪子の竜の尻尾を見れば、まるで死んでしまったように、無感情的に垂れ下がってぴくりともしない。


 ――……そう言えば、屋上以外で尻尾が動いているのを見たことがないな……。


 周りの邪魔にならないように動くことはあったが、一度位置を定めてしまえば、凪子の尻尾は動くことはなかった。あの時、裕太の腰に巻き付き、甘えるようにすりすりと動き続けていたことが信じられない。それを言えば、屋上で二人並んで座っていたことも信じられはしないのだが。


 ――夢、だったのかな?


 なんてことまで思ってしまう。


 ――ま、授業に集中しようかな。


 と、裕太は気合いを入れ直す。

 そして気が付けば――


 ――あれ? 椅子が動かない? ……って、えぇっ⁉


 何故か、凪子の尻尾が裕太の椅子の脚に巻き付いているではないか。だが、裕太が椅子を動かせばすぐに離れていく。


 ――……手持ち無沙汰的なものだったのかな?


 と、裕太は思ったのだったが、気が付けばまた巻き付いていた。そして椅子を動かせばすぐに離れてゆく。


 ――えええ、本当に、いったいなんだんだよぉ……。


 裕太には、心底分からないことだった。



   ◇◇◇



 分からないことと言えば、次の日は裕太が弁当を屋上で弁当を食べようとしたところで凪子がやって来た。


「隣、良いかしら?」

「う、うん……」

「クラスメイトたちには、また先生に呼ばれてると言ってきたわ」

「……顔に書いてあった?」

「ええ、すごく」

「そっかぁ……」


 だが、裕太の訊きたかったことはそれだけではない。それならばどうして屋上に来たのか。そして、どうして裕太の隣に座ろうとするのか。

 それも絶対顔に書いてあった筈なのに、凪子は涼やかな顔で隣に座ってくる。


「…………」

「…………」


 お互いに話すこともなくもくもくと箸を進めた。


 ――なんなんだ、なんなんだよこの状況は。


 隣に転校生のドラゴン美少女がいて、一緒に弁当を食べている。背景モブ男子にとってはあまりにも身に余る僥倖だ。身に余り過ぎて素直に喜べない。ゲームのスチルでそんな背景があれば、何かの伏線か、或いはサブリミナルかと、SNSなどで話題になっただろう。

 それに、彼女の意図が分からなさすぎて恐ろしい。


 転校生ドラゴン美少女が、わざわざ背景モブ男子と屋上で弁当を食べる理由を答えよ。

 裕太程度のIQでは解けない難問だ。


 うーん、うーん、とせっかく母親が作ってくれた弁当なのに味がしない。


「それ、お母さんが作ってくれたのね」

「う、うん……」


 それも顔に出てた? そんな細かいところまで読み取れるものなの⁉

 裕太は鏡で自分の顔を確認してみたくなる。

 と、


 凝(じ)ぃ……


 何故か凪子が裕太を凝視してきた。


「な、何……?」

「鏡が見たいようだったから、私の瞳に映る自分の顔を見れば良いのではないかしら?」

「あ、あはは……」


 詩的なようで病的にも思える言葉には苦笑してしまう。


「あ、ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ」

「そう……」


 少し残念な様子なのはきっと気のせいに違いない。

 裕太は気にしないようにしようとして――、


「な、凪子さんのお弁当も、お母さんが?」

「いいえ、私が作ったの」

「えっ、凄い」

「そんなことはないわ」

「…………」

「…………」


 黙っておけば良かった。

 何故自分は話を広げようとしてしまったのか。話ではなく傷口が広がった。

 裕太は黙って、もくもくと弁当を食べることにした。


 ――ごめん、母さん、さっきよりも味がしないんだ……。


 ごはんを食べているのに悲しい気持ちになってくれば、


 すり……


 ――え? この感触って、もしかしなくても……。


 そっと視線を向ければ、案の定、凪子の竜の尻尾が腰に巻き付き、甘えるように擦りついていた。


 ――だ、だから、これもなんなんだろう……。


 今日の午前の授業でも、裕太の椅子の脚に凪子の竜の尻尾が巻き付いていることがあった。

 もしかして、凪子は自分のことが好き……気に入っている?

 と少しだけ思わないこともなかったが、この塩対応なのだ。何故か昼休みの屋上で、裕太と弁当を一緒に食べに来たが、この塩対応なのだから、好意どころか気に入られていることもないだろう。

 きっと、凪子もあのクラスメイトの包囲網が煩わしくて、ちょうど屋上で食べている裕太がいるから、彼らを避けてもぼっち飯よりは、とでも思って一緒にいるのだろう。

 裕太の類い希な背景モブ男子IQは答えを導き出していた。


 すりすり……。


 やはり凪子の竜の尻尾は甘えるように裕太の腰に擦りついている。


 ――弁当、食べ終わったな……。


 そしてチラリと見れば凪子も食べ終わったらしい。


 すりすり……。


 ――ここでこの尻尾を振り払って去るのも、なんだかなぁ……。


 裕太は、美少女の尻尾が擦りついてくるのを振り払うのは、勿体ないと思った。凪子の横顔を覗き見れば、尻尾の動きがまるで嘘のような涼しい顔をしている。


 ――……まあ、良いか。このままで。凪子さんのことは考えないようにして……。


 その時、


「ン……」


 ぴくんっと凪子が震え、尻尾も一緒にぴくんっと震えた。


 ――油断したところにそう言うのは止めてくれないかなぁ⁉ なんか妙に色っぽいし!


 健康な男子生徒としては看過しきれない。

 裕太は妙な気持ちで、そして、悶々とした気持ちで、今日の昼休みを過ごすのであった。



   ◇◇◇



 それからも、凪子の尻尾は何故か授業中は裕太の椅子の脚に巻き付き、何故か昼休みは屋上で一緒に弁当を食べ、次第に隣に座った途端に尻尾が巻き付いてくるようにもなった。

 だが相変わらずの塩対応だ。

 それでも。


 ――なんか、凪子さんの尻尾に巻き付かれるのも、慣れてきたんだよなぁ……。


 今の状況を受け入れるようになった裕太がいた。

 チラリと隣を見れば、涼しい顔でもくもくと弁当を口に運ぶ凪子がいる。その顔はやはり見惚れるほどで、


「綺麗だなぁ……」


 裕太は思わず呟いた。

 途端、


「ンぐぉッ⁉」


 めしり、


 と。

 腰に巻き付いた竜の尻尾に力が入った。


 ――えっ、今、脇腹抉れた⁉


「…………」


 だが、凪子は涼しい顔で――いや、裕太は気が付かなかったが、彼女の頬は仄かに赤かった。

 竜の尻尾はすぐに力を緩めてくれたが、流石に今のには弁明が必要ではなかろうか。


「あなたが悪いわ」

「えぇっ、ぼくぅ⁉」

「そう。…………」

「…………」


 話は終わった。

 いつもの通りである。


 ――ほんと、なんなんだよ……。


 とは思うものの、今ではなんだかこの沈黙が心地良くも感じられるようになっていた。

 竜の尻尾は、まるで労るように裕太の腰にまた巻き付いて擦りついてくる。

 この感触が今では気持ち良い。


「……ンっ」


 ――いや、だから、このタイミングでそんな色っぽい声を出さないでくれないかなぁ……。


 男の子の部分が硬くなりそうになる裕太は、ボンヤリと青い空を見上げているのだった。



   ◇◇◇



 龍禅寺凪子は塩対応である。

 それはあまり相手に興味を持てないからであって、尚且つ性格的なものもあった。だから興味を持った相手に対しても、ついつい塩対応になってしまう。

 だが、それでも隣にいることを許してくれる彼のことは愛しく想っていた。


 在原裕太。

 彼は、お腹の奧がキュンとしてしまうような良い匂いをしていた。

 一目惚れならぬ一匂い惚れというやつだ。人間族よりも鼻の良い異種族には、時折あることである。


 どうやら彼は自分のことを背景にいるモブ男子のように思っているらしいが――それも彼の顔にしっかりと書いてあった、好きな人のことを彼女が読み取れない筈がない――、凪子にとってはむしろ彼こそがメインで、他の有象無象こそが背景だ。


 凪子は塩対応ではあるのだが、裕太とそれ以外では、見る人が見れば全然対応が違うことが分かるだろう。言葉は同じでも、好意が――行為が違っていた。


 口でどう答えようとも、なんだかんだで隣にいる。そして、尻尾で求めてしまう。彼の事を尻尾で求めるのは、半分無意識で半分意識的だ。この事を彼はいったいどう思っているのだろうか。


 竜とは独占欲の強い生き物だ。

 本当ならばいつだって尻尾を彼に巻き付けていたいのだが、流石に人目のあるところでは憚られた。だから教室では椅子の脚に尻尾を巻き付ける程度でなんとか抑えているのだが、正直なところそろそろ危うくもなってきている。その所為で、人目もなく彼に尻尾を巻き付けられる昼休みは、前よりも我慢が出来ずに彼を求めてしまうようになっている。


 本当は、尻尾だけではなく、もっと深く巻き付きたいのだけれど……。

 ……まったく、こんな風に思ってしまうなんて、なんてスイーツドラゴンなのだろう。

 そんなこと、自分には関係ないものだと思っていたと言うのに……。


 と、内心で呆れつつも、浮き立つ心を抑えきれないで凪子は今日も昼休みは屋上へと向かっていた。転校当初はしつこく引き留めてくる相手もいたが、凪子が一貫して塩対応であるため、最近は申し訳程度に引き留める程度である。それでも引き留めるあたり、まるでドラゴンのような執着心だ。

 尤も、本家本元のドラゴン娘としては、それ以上の執着心を彼に持っているのだけれど。


「在原裕太くん……。私の作ったお弁当、食べてくれるかしら」


 今日は彼との関係を一歩進めようと思って、彼のためにお弁当を作ってきた。むろん、彼が母親の作ったお弁当を持って来ていることは知っていた。だから適度にオカズを上げる程度に留めておこうと、いつもよりも少し多めにオカズを作ってきた程度である。

 だが、ささやかながらも間違く新たな一歩である。


 ――頑張ろう。


 そう思うと、表情は変わらないが、急いた心が竜の尻尾を動かしてしまう。彼に巻き付けて、彼にマーキングして、自分にも彼の匂いをマーキングする……いつもの行為のように、尻尾が少し艶めかしく蠢いてしまう。


「……ンっ」


 そう思うと込み上げるものがあった。

 だけど、抑えて――凪子は、屋上の扉を開ける。

 そうして、彼の元へと一歩を踏み出した。

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