踏み外した天国は
有理
踏み外した天国は
「踏み外した天国は」
花韮 いずみ(はなにら いずみ)
加瀬 茉莉(かせ まつり)
戸瀬知代子(とせ ちよこ)
作家
※兼役がそれぞれあります。
戸瀬→花韮、作家→加瀬
花韮「天国って言葉を知ってたって、何にも知らないのが人間なんだよ。」
加瀬N「そう言った彼女は、今日地元のトップニュースにピックアップされていた。」
花韮(たいとるこーる)「踏み外した天国は」
______
加瀬N「地球温暖化が着実と進んでいる、昨日の授業はいつも通りだった。教卓にある教授の忘れ物をいつも通り持って帰り、散らばった出席票を集めて学年毎に仕分けして、出席簿をつける。それが私の日常だ。担当室は燻んだコーヒーの香り。授業を終えた教授は颯爽と当たり前に帰っていく。大量の雑務を残して。」
加瀬N「ふと、つけっぱなしのテレビに目をやった。」
加瀬N「知った顔、知った名前。」
加瀬N「高校の同級生だった、花韮 いずみが死んだと言う。」
………………
花韮「加瀬さーん。放課後、掃除替わってよ」
加瀬N「彼女は今でいう、カースト上位の存在でクラスの中心人物だった。」
花韮「あたし、デートなの」
加瀬「…はあ」
花韮「加瀬さん予定ないでしょ」
加瀬「はい」
花韮「じゃ、おねがーい」
加瀬N「押し付けられた箒は少し花の匂いがした。」
加瀬N「話したこともない男子生徒と二人、会話もなく放課後掃除をしてゴミを捨てて教室を施錠する。当たり前の日常だった。その日本の返却のために図書室へ向かった。」
花韮「あ」
加瀬N「変わったことといえばたった、それだけ」
花韮「よっ。」
加瀬「花韮さん、帰ったんじゃ」
花韮「デート中だよ?」
加瀬「え?」
花韮「この子と。」
加瀬N「掲げられた一冊の本。タイトルは白く細い指で見えなかった」
花韮「あ、今本なんて読むんだって思ったでしょ」
加瀬「いや、別に」
花韮「読むよー。私、ベラベラ喋る人嫌いなんだー」
加瀬「はあ」
花韮「だから、加瀬さんのことは好きだよ」
加瀬「え?」
花韮「喋んないから。加瀬さんは」
加瀬「…」
花韮「返しにきたんでしょ?本」
加瀬「あ、はい」
花韮「今図書委員いないよ。」
加瀬「え、えっと、」
花韮「待ってればー。本でも読んで。」
加瀬「は、はい」
加瀬N「少し離れた席に座る。ページを捲る音だけが私たちの会話音だった。一向に戻らない図書委員と伏せられた彼女の長いまつ毛。遠くから聞こえる野球部の声。茜色に染まりつつある時間に気がついたのは彼女が本を閉じたからだった。」
花韮「こんな時間だ。」
加瀬「…」
花韮「さて、返却承ります」
加瀬「え?」
花韮「図書委員。私だよ」
加瀬「え?でも、」
花韮「どうしても手、止めたくなかったからさ?」
加瀬「…」
花韮「ごめんね?」
加瀬「いや、あの、はい」
花韮「有意義な時間だったでしょ?」
加瀬「…」
花韮「静かで、そことなく温度があって?」
加瀬「…あ、はい」
花韮「私さ、いつもここにいるからさ」
花韮「たまには加瀬さんも、おいでよ」
加瀬N「三日月の目。彼女はとびっきり綺麗だった。」
………………
戸瀬「何?気色悪い顔して」
加瀬「知代子さん失礼ですね」
戸瀬「急に来てどデカいため息つく方が失礼だろう」
加瀬「知り合いが死にました」
戸瀬「友達?」
加瀬「いえ、そう呼んでいいほど近くにはいませんでした。」
戸瀬「ふーん」
加瀬「私の、同級生です。花韮いずみ」
戸瀬「ああ、ゴーストライターの」
加瀬「…」
戸瀬「話題になったね。人気作家のゴーストライター。彼女の方が死んだんだ。作家の方ではなく、幽霊が先に逝くとは思わなかったな。」
加瀬「その作家、お知り合いですか」
戸瀬「いいや。私に知り合いの作家がいると思うか?」
加瀬「間藤恭平」
戸瀬「ああ、それだけだ」
加瀬「繋げてください私を。間藤さんと」
戸瀬「…なんで。」
加瀬「知りたいんです。彼女の死んだ理由」
戸瀬「ただの知り合いに足を突っ込むな」
加瀬「ただの知り合いです。です、けど。彼女は、私の、」
戸瀬「何」
加瀬「 」
………………
花韮「こぽり、こぽり。口から漏れ出る泡(あぶく)。命の終わる音がする。肺を満たすのは最期くらいあなたがいい」
作家「うん。今月もこれでなんとか出せそうだよ。」
花韮「先生、もうやめませんか?」
作家「何?」
花韮「私、自分のお話を書きたいんです」
作家「無理だよ。売れない。」
花韮「売れなくてもいいから」
作家「無名の作家なんて本にすらできないんだよ。いいじゃない、ただ作者名が私なだけ。あなたの好きなお話を好きなだけ書けて、それをたくさんの人が読んでくれる。素晴らしいじゃない。私は私で得をするしあなたはあなたで文字を書ける。Win-Win、そう契約したでしょう」
花韮「私の名前じゃなきゃ、いけない話を書きたいんです」
作家「…」
花韮「お願いします」
作家「…」
作家「だったら、仕方がないね。」
………………
戸瀬「無理だよ。」
加瀬「お願いします」
戸瀬「あのね、茉莉。私はあんたの友達でもなんでもない」
加瀬「…」
戸瀬「私だってただの知り合いだ。お前にそこまでしてやる義理はない」
加瀬「マッカラン、」
戸瀬「…」
加瀬「毎回横流ししてるじゃないですか。うちの教授宛にくるお酒たちを。ことごとくまわしてるじゃないですか。」
戸瀬「…」
加瀬「資料作りもやめちゃおうかな。」
戸瀬「…」
加瀬「いつも急に頼まれる毒物一覧とか、建造物の歴史とか植物の感触とか花の色とか。まとめるのもやめちゃおうかな」
戸瀬「お前。いつからそんな嫌な女になったんだ」
加瀬「知代子さんが意地悪をいうから。」
戸瀬「…間藤は無理だ。」
加瀬「…」
戸瀬「でも、担当者に聞いて調べてもらうよ。それでいいだろう」
加瀬「…はい」
戸瀬「…実は好きだったんだ。その幽霊」
加瀬「違います。」
戸瀬「そんなに熱くなるなんて特別な感情があったからだろう」
加瀬「私、彼女に一つ、枷をかけました」
戸瀬「何、ダジャレ?」
加瀬「違います。」
………………
花韮「先生、どうして」
作家「ああ。あなたが契約を破棄したから。」
花韮「私の名前、出したんですか。」
作家「そうだよ。あなたはもう本なんか書けない。私も同じだけど。洗いざらい、今までの作品全てを捨ててやった。」
花韮「ぁ、…ああ」
作家「読者は騙された気分だってご立腹だ。ゴーストライター花韮いずみ。ゴーストは世に名が知れたら死ぬんだよ。」
花韮「ひどい。」
作家「ひどいのはどっち?都合のいい関係を勝手にやめたあなたよ。」
花韮「私はあんたの、あんたのために今まで生きて書いてきたのに」
作家「私だってあなたのために、今まで生きて名前を貸してたのに」
花韮「許さない」
作家「何を?」
花韮「あんたを許さない」
作家「許してもらわなくて結構。脅されて名前を貸していたって今日の週刊誌は謳うでしょうし、死ぬのはあなたとあなたの作品だけ。書けなくなっても私は死なない。ああ、そうだ。新しいゴーストでも探してみようかな。ね?知り合いいない?」
………………
戸瀬「一本、資生社に書いてたよ。当たり前に本にはならないそうだけど。」
加瀬「彼女が?」
戸瀬「うん。持ち込みで、ほら。原稿」
加瀬「いいんですか?」
戸瀬「その為に私を脅したんだろう?」
加瀬「その、作家は?」
戸瀬「来月新作が出る。」
加瀬「…」
戸瀬「今度はどんな幽霊が書くんだろうね」
加瀬「…」
戸瀬「その原稿、処分するって言うから貰ってきた。」
加瀬「…」
戸瀬「茉莉。お前にやるよ。」
______
花韮「あー。きたきた」
加瀬「花韮さん、屋上は立ち入り禁止です」
花韮「じゃーん。スペアキー」
加瀬「な、」
花韮「共犯だね加瀬さん」
加瀬「か!帰ります!」
花韮「まあまあ。ちょっとくらい付き合ってよ。ここなら誰にも見られないし。」
加瀬「…」
花韮「加瀬さんも作家になりたいの?」
加瀬「へ?」
花韮「本、好きじゃん」
加瀬「わ、私は図鑑の方が好きです」
花韮「じゃあ作家志望じゃないんだ。」
加瀬「は、はい」
花韮「なーんだ。仲間だと思ってたのに」
加瀬「作家になりたいんですか?」
花韮「うん。だって嬉しくない?図書室に私の名前の書かれた背表紙が並ぶの!」
加瀬「はあ、」
花韮「私のお話をさ、たくさんの人が読んでくれてたくさんの人が泣いたり笑ったり考えたりして。その内の誰かを救えちゃったりして。知らないところで知らないうちに。」
加瀬「…」
花韮「文字って魔法だと思うんだよ」
加瀬「魔法」
花韮「そ。言霊っていうの?あると思うんだ。私がそうだったもん」
加瀬「そう、なんですか?」
花韮「そ。私さー中学の時自殺しようとしたんだよね」
加瀬「え?!」
花韮「変な声ー。」
加瀬「え、いや、そんな、笑っていうようなことでもないようなその、あ、」
花韮「未遂だよ未遂。現に生きてんだからさ。」
加瀬「それでも、」
花韮「浴槽に水溜めて、バスッと手首切ってさ。浴槽に手突っ込んで。よくあるそれ。でも母親がたまたま早く帰ってきちゃって見つかって運ばれて終わり」
加瀬「…なんで、とか。聞いても」
花韮「なんで?そうだなー。死にたかった理由だよね。ないんだよ、そんなご立派な理由。ただ生きてる理由がわかんなくってそう結論付いたというか。」
加瀬「生きてる理由、」
花韮「うん。なーんか別に生きてたって死んでたって世の中は何にも変わらないわけじゃん」
加瀬「そ、そりゃそうでしょうけど」
花韮「じゃあさ、隣の席の子が新しいシャーペン持ってるのに気付いてあげたりさ、メイク変えたら可愛いって言ったりもさ、しなくてもいいならいっそ死んだ方が楽なんじゃないかーって。当時思っちゃって。」
加瀬「…」
花韮「だから、したわけさ。」
加瀬「…」
花韮「そんなことやらかしたら、そりゃあ大事になって。いじめられてたんじゃないか、とか、家庭環境に問題が、とか。大人たちがうわーーってさ。その間暇だから本、借りてもらって初めて読んだわけ。暇だったから。私が口開くともっと揉めちゃうから。」
花韮「そこにね、たまたま適当に選んでもらった本にね。“死にたくなってから死ね”って書いてあって。」
花韮「そうしよう、って思ったの。たったその一言で。スーッと体に染み込んでいって、鳥肌が立った。誰か、知らない人の言葉がこんなに刺さることあるんだって。そっから、もう、所謂本の虫?虜よ虜。たくさん読んだ。そうしてたらいつの間にか私もこうなりたいってなった。ありきたりでしょ?」
加瀬「ううん。いいと思う」
花韮「こんな見た目だからさ。似合わないって言われそうでなかなか言えないんだけどさ。」
加瀬「うん」
花韮「加瀬さんにならいいかなって。てか、加瀬さんもそうだと思ってたからさ」
加瀬「それは、すみませんご期待に添えず」
花韮「まあ、いいや。見ててよ、私の名前が背表紙に載るとこ」
加瀬「はい。待ってます」
花韮「うん!」
加瀬「…」
花韮「あのさ、天国ってあると思う?」
加瀬「天国」
花韮「自殺した人は天国にいけないんだって」
加瀬「行って帰ってきた人がいないので、なんとも」
花韮「はは。加瀬さんらしいね」
加瀬「天国も地獄も空想です」
花韮「うん。そうかな」
加瀬「…花韮さんはあると思いますか?」
花韮「そうだな。」
加瀬「…」
花韮「あるといいな。」
加瀬「そうですか」
花韮「そしたら、死にたくならないでしょ。」
加瀬「…そう、ですね。」
花韮「加瀬さんだけに、私に枷をかけたんだ。」
加瀬「…ダジャレですか」
花韮「言葉遊びって言ってよ。」
加瀬「あ、じゃあこれ。」
花韮「ん?」
加瀬「叔母にもらったんです。万年筆。」
花韮「へー」
加瀬「私はもっとサッと書けるボールペンが好きなので、よければ。」
花韮「私に?」
加瀬「はい。書いて、下さい。たくさん」
花韮「…ありがと」
加瀬「いえ、貰ったものの横流しで申し訳ないです」
花韮「使ったことないんだよねー。万年筆」
加瀬「私もないです。」
花韮「でも作家っぽくていいね。ありがと」
加瀬「…はい。」
花韮「加瀬さんって好きな人いる?」
加瀬「…へ?」
花韮「いないかー」
加瀬「いやいないですけどなんですかその脈略のない会話」
花韮「年頃の娘は恋しなきゃー」
加瀬「は、花韮さんはいるんですか」
花韮「そりゃいるよ!なんならもうすぐ付き合えそう」
加瀬「へ?!」
花韮「太宰治ー」
加瀬「もう死んでる人じゃないですか」
花韮「そ。生きてる時に会ってみたかったなー。」
加瀬「…私はあんな人、好きじゃないです」
花韮「私は好き。文才しかないような、他はたくさん欠落してるような、ああいう人になりたい」
加瀬「…」
花韮「…ま、無理か。私残念ながら器用だからさ」
加瀬「…はい。」
花韮「羨ましいくせにー!」
加瀬「羨ましくありません」
花韮「本当?」
加瀬「…はい。」
加瀬N「そんなに苦しいなら。生きてる理由を探すほど苦しいんなら、全然、羨ましくなんてない。そう、いっそ言ってしまいたかった」
______
加瀬「天国なんてあるわけない。そう彼女は言った。だって行って帰ってきた人なんていないんだから。死んだ後に戻ってきた人なんていないんだから。そばかすを隠すように伸ばされた前髪。屋上を走り回る秋の風が何度も通り過ぎた。」
加瀬「彼女が羨ましかった。誰にも囚われず、自分の世界で生きている。羨ましかった。隣の子が泣いていても味方にならなくていい、そんな、そんな彼女が羨ましかった。生きる理由を考えなくていい、それよりももっと好きなことを考えて生きて、生きて、」
花韮「生きる。ただ、それだけなのに。私は」
花韮「こぽり、こぽり。口から漏れ出る泡(あぶく)。命の終わる音がする。肺を満たすのは最期くらいあなたがいい。」
花韮「骨を通り抜けた先、タバコも吸わない私の肺はきっと綺麗な色だろう。何度も世界を書いたこの万年筆で染めて、満たして、生きを、したい。」
加瀬「知りたいんです。彼女の死んだ理由」
戸瀬「ただの知り合いに足を突っ込むな」
加瀬「ただの知り合いです。です、けど。彼女は、私の、」
戸瀬「何」
加瀬「 」(演者のあなたがセリフを入れて下さい)
踏み外した天国は 有理 @lily000
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