第48話
例の『気持ち悪い』と言った男子は高野清治と言う。
私の席の二つ前に座っていた。
私以外の皆が新しいクラスに馴染み出した頃、高野君が隣り合わせた女子に、小学生の時私と放送部で一緒だったことを話したようで
「俺と放送部で一緒だったんだよね!」
と私の方へ振り向いて身を乗り出した。
私は反射的に高野君へ目を向けたが、表情を変えることも返事をすることも出来なかった。
私にとって『気持ち悪い』以外の放送部での何もかもは、全てその一言に覆い隠されてしまっている。
結局無視する形になってしまった。
表面の無表情とは裏腹に、私が沈んでいる水底がどんどん深くなるのを感じていた。
何しろ高野君は『悪気無く』冗談としてあのような事を言えるのだから、言われた方を傷つけるつもりは無い。
だからもし私が平気を装って高野君と親しくしたら、これからも『悪気無く』鋭い剣のような冗談を繰り返すと予測される。
エスカレートする可能性だって有る。
人を刺す冗談が親交のツールとして成り立つと勘違いされてしまう。
飽くまで『悪気無い』のだから。
私が高野君の『気持ち悪い』に傷ついていることを知れば、高野君流の冗談が言えなくなるわけだから、私との親交をしない方が良いということになる。
親交のツールとして使う冗談なら、私が親交を拒絶すれば言う必要が無くなる。
咄嗟にそんなことも頭を過ぎって無言状態になったのだが、このままでは高野君に私の本心を理解してもらうことも出来ない。
私は、仲間のアプローチを無視する傲慢な奴だと思われる可能性だって有り得る。
でも、もうどうでも良い! と思った。
何もかもが面倒臭い!と。
『悪気が有って』意地悪するのは悪質だが『悪気が無く』無意識に意地悪をしてしまう者は、『悪い事』の基準が一般とは違うということだろう。
そもそもその基準が違う限り変えさせるのは到底無理だ。少なくとも非常に困難だ。
単に想像力の欠如による場合も有るが。
いずれにしても、そのままで居れば本人もこの世の中では行き難いだろう。
等とつらつら考えていた。
だが結局最後には「どうでも良い!」と投げてしまった。
可也自暴自棄だった。
それからは無気力な2年生が始まることになる。
ピーターはいつもウロウロ私の周りを旋回し、不安げにしていた。
このクラスで唯一の楽しみは、音楽室を使う他のクラスや他の学年の生徒とスレ違うことだった。
空気の入れ換えをしているような気分になる。
このクラスでは友達が欲しいと思う前に、何故か心が折れてしまっていた。
高野君に対する疑心暗鬼も募っていた。
私は自分が浮いている気がした。
2年生位になると、だんだん似たようなタイプで寄り集まるようになる。
自分に合うタイプを嗅ぎ分け、すぐ集う者が居る一方で、私は友達になりたいと思うタイプを見つけられずに月日が過ぎていった。
恐らく私が友達になりたいと思う人が居ないということは、私と友達になりたがる人も当然居なかったのだろう。
誘われることも無かった。
でも私は一人が好きだったし、いつもピーターが傍に居たので、寧ろ楽に過ごせた。
特に無気力になっていたこの時期、気を使ってまで友達付き合いする苦痛には耐えられないとも感じていた。
隣の席に座っていた女子も、お互い違うタイプだと感じていたので、ベッタリ馴れ合うことも無く淡々と過ごせたのが心地良かった。
その子とは、一緒に下校したり、自宅に呼んだり呼ばれたりしたことも有ったけれど、一緒に居ても別々のことをしていた。
ただそれだけのこと、と二人とも割り切っていた。
わだかまりも、拘りも、しがらみも無い、それはそれで友達なのかもしれない。
チカのような友達以外は、その方が私には合う気がした。
ピーターは私に同調して、ダルイダルイと空中で横になることが多かった。
私は私で笑いが消え、毎日無表情に過ごした。
とは言え心の中では、表情を表に出さない分いろいろな思いに忙しくしていたが、結局途中で「どうでも良い」と投げ出す癖がついた。
私に笑顔が生まれるのは部活の時だけだった。
しかし部活さえもダルイと感じていた。
その頃から合唱団にも行かなくなった。
帰宅しても部屋に籠もることが殆どで、大抵寝ていた。
そんな時期の休み時間
「3年生の女子が貴女を捜しに来てるよ」
とクラス委員が知らせてくれた。
つづく
挿し絵です↓
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