19. 魔法陣の増やし方

 あれからしばらくして、私達のお店は初日の営業を終えた。

 看板の光を消すと一気に辺りが闇に包まれて、少し怖くなる。


「初日から大繁盛だったね」


「売れるか不安だったのに、最後は売り切れになりそうで不安だったわ」


 魔道具の値段を決めたのはルイスなのだけど、私は金貨十枚という高値で売れるのか不安だったのよね。

 でも、冒険者というのは私が想像しているよりもお金持ちが多いみたいで、一度に十個以上買う人もいたくらいだ。


「俺は初級魔法で売れるか心配だったよ。まあ、セシルの初級魔法は並みの冒険者の中級魔法と同じくらい強力だから、試した人は勘違いしていそうだな」


「これ、初級魔法だったの? ずっと中級魔法だと思っていたわ」


 ルイスの言葉に、コニーが驚いたような声を上げる。

 攻撃魔法と防御魔法は一般的に初級魔法と中級魔法、上級魔法の三つに分けられていて、魔法を学ぶときに最初に習うのが初級魔法だ。

 中級魔法はある程度素質がある人なら習得出来るとされているものの、上級魔法を使えるようになるのは一握りしか居ない。


 私とルイスは上級魔法も使えるから、上級魔法の魔道具を作ることも出来るのだけど、魔法陣がかなり複雑になる。一つの魔法陣を完成させるだけでも一日はかかると思うから、まだ試せていなかった。


「中級魔法より上は時間がかかるから、まだ作れていないの。もっと短時間で魔道具を作れるようになったら試そうと思っているわ」


「外側はこの魔道具で作れるようになったから、あとは魔法陣の部分を早く作る方法が課題なんだ」


 私が説明すると、ルイスがそう付け加える。

 金属に魔法陣を描くのは時間がかかるから、いい方法がないか考えているところだ。


 でも、中々いい案が出てこなくて、諦めかけているのよね。


「魔法陣なら、版画の技術を使うのは? 確か……エッチングだったと思う」


「エッチング……?」


 聞いたことがない言葉に、私はヴィンセントに問い返す。

 版画のように魔法陣を複製出来れば魔法陣を描く時間を短く出来るとは思うけれど、金属に刻むのは無理だと思うのよね……。


 だから詳しい説明を求めたら、版を作るための技術で、金属に溝を作ることも出来るらしい。


「――その技術はヴィンセントも使えるの?」


「道具と材料があれば、すぐに出来る。あとは増やしたい魔法陣も必要だから、用意してもらえると助かる」


「この魔法陣を増やしてみたいわ」


 まだ魔法陣の在庫があるから、そのうちの一つを差し出す。

 そんな時、ルイスこんなことを口にした。


「今日はもう遅いから、夕食を済ませて早く寝よう」


「ええ、そうしましょう」


 コニー達も全員頷いて、揃って二階に向かう。

 二階は魔道具を作る作業場と食事の場になっていて、皆で食事が出来るように大きなテーブルも置いてある。


 誰かを招いたりはしないから調度品の類は置いていないけれど、魔道具の光のお陰で雰囲気は明るい。


「しかし、魔道具の灯りがあると、夜でも動けるから寝るのが遅くなるな……」


「私が王宮に居た頃は、この時間でもランプの灯りを頼りに書類仕事をしていたから、あまり変わらないわ」


 平民のみならず、大抵の貴族も陽が沈む頃には仕事を終えている。理由は単純で、ランプの光は頼りなく、書類の文字が見にくいからだ。

 私はランプを集めて凌いでいたけれど、目が疲れすぎて頭痛に襲われることもあったのよね。


 でも、魔道具の灯りなら文字も不自由なく読めるから、その気になれば夜中でも色々なことが出来る。

 身体に良くないから、やろうとは思わないけれど……。


「聖女様って楽そうなイメージだったけれど、そんなに辛いのね……」


「本来なら明るい時間だけ忙しいはずよ。夜中に書類仕事をしていたのは、王太子殿下に押し付けられていたからなの」


「……私なら身体を壊しているわ。セシルは強いのね」


「私、そんなに強くないわ。断罪されることを選んだのも、限界だと思ったからなの」


 お話をしながら料理を並べ終え、私達は揃って「いただきます」を言ってから夕食を始める。

 どれも冷めているものの、これは全部冷たい方が美味しい料理だから、全く気にならない。


 でも、これからの夕食が毎回冷たい料理になるのは嫌だから、お店が有名になれば閉店時間を早めようと皆で決めていた。


 まだ先は見通せないけれど、今の私には仲間が居る。

 だから……少しのことでは挫けないわ。

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