第34話 危機


 血まみれの衣服に身を包まれた中年の男性が声を上げる。


「助けてくれ! 仲間が! 支配者格魔物に俺たちはやられたッ! 俺はこの子らを連れて逃げてくるのが精一杯で!」


 背後には僕らと同い年くらいの少年少女が二人、小刻みに体を震わせている。

 歯を鳴らし続けており、彼らからなにかを情報を得るのは難しそうだ。


 不治野が訊き返した。


「じゃあよ、アンタの所属するパーティーは、あのダンジョン内の支配者格魔物に挑んだ結果、想定より相手が強くて、すぐさまやられて逃げて来ちまったってことでいいんだな?」


「お願いだ! 中でまだ仲間が足止めを続けてる! そ、それに重症者もいる! すぐに治療しに向かわないと!」


「でも……ボクたちじゃ……」


 と湖身が困ったような笑顔を浮かべた。


「わたし、助けに行きたいです! 部長!」


 真白が両こぶしを握りしめた。


「黙りやがれッ真白ッ!」


 不治野が僕らを見渡した。


「救援には俺様が一人で向かう!」


 湖身と真白が戸惑いの声を上げた。

 不治野は僕を見た。


「二位之、てめえはこいつら全員、連れてこの場から先に離れろ!」


「不治野」


「なんだ?」


 僕は淡々と可能性を述べた。


「死ぬと思うよ、君?」


「だからなんだよ? ……そういや、あん時てめえは俺様が今もまだ不良のままだとかて言ってやがったよな?」


「それが何か?」


「俺様だって変わるんだ! もうただの不良のままじゃねえ!」


「不良が元不良にってことかな?」


 僕は笑った。


「なにがおかしいんだよ?」


「剣闘士を引退した後も僕が元プロ剣闘士の嫌われ者、二位之陽光郎であるように君も今までの君を知る人たちからはずっと元不良の不治野のままってことだよ? 君はもうただの不治野には戻れない」


 不治野を見つめながら僕を言葉を発した。


「俺様はな、別に自分が評価されたいわけじゃねえ! 上昇青葉冒険者部の名が売れるなら、なんだっていいんだよ! 上昇青葉冒険者部は不良の不治野竜五を人助けを率先して行うように改心させた素晴らしい部活だ! 俺様の扱いなんてそんなもんでいい! そのためなら命だって懸けるぜ!」


 そう言って、不治野は助けを求めてきた冒険者たちを見た。


「待たせたな! 俺は治癒師だ! あんたらの仲間の元まで連れてけよ!」


「……いいのか?」


「はやくしろよ!」


 冒険者の男が頭を下げた。


「助かる! 二人ともよく聞け、俺が一人で、彼を皆のところへ案内する。だからお前たちは彼の仲間と共にここから至急離れてくれ!」


 彼は少年少女へそう指示を出した。 

 不治野は冒険者の男と二人でサンゲキガレキ廃村の方角へと進んで行った。


「二位之先輩……」


 湖身が不安げに見上げてくる。


「やっぱりわたしも!」


 飛び出そうとする真白を僕は体で遮った。


「無駄な時間をかけたくない。僕らはすぐにアサヤケ公園の外に出るための行動を起こすべきだ」


「だけど部長が!」


 真白が叫ぶ。

 湖身がはっとしたようにつぶやく。


「……そうだ。二位之先輩だったらあのダンジョンの魔物相手でも戦って部長たちを助けられるんじゃ?」


「僕がここを離れたら君たちが危険に晒されることになるんだけど理解してる?」


「だからわたしたちも先輩と一緒に行きます! 部長たちを助けないと!」


 僕はため息をつく。


「僕たちは彼らを助けることを優先するべきじゃないのかな?」


 未だ全身を恐怖で震わせている少年少女へと目を向ける。

 真白と湖身がはっとした様子で言葉を詰まらせる。


「移動途中でもし他の冒険者パーティーに遭遇したら、君たちのことをその人たちにでも任せて、僕一人でここまで戻ってくることだってできる。だから一刻も早くここを立ち去ろう」


 二人は納得したようだ。

 それぞれが少年少女に歩み寄った。


「じゃあ、行こうか」


 僕はアサヤケ公園を脱するべく先頭を歩き出す。

 元プロ剣闘士だとはいえ、誰かを守る戦いでは素人だ。

 そうだ、僕は誰かと一緒に行動している時は、ただの素人でしかなかった。


 己が戦えば、全てが解決する、世界はそんな単純なはずがなかったのだ。





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