第24話 コンビニ


 プロ冒険者になるためには大前提としてアマチュア冒険者の最高ランク、七級に至らなければならない。

 七級に昇級後、プロ冒険者団体のお眼鏡にかなえばスカウトを受け、そのまま八級に昇級することになり、プロ冒険者の道を歩み出すことになる。

 

 冒険者ランクを上げるためには、僕みたいな戦闘職であれば、零級から三級までの期間は指定されたレベル帯の魔物を何体か討伐することが条件であり、四級へ上がった後はレベル帯ではなく指定された魔物の討伐を行うことが昇級の条件となる。

 六級と七級冒険者への昇級条件は指定されたダンジョンの攻略――つまり支配者格魔物の討伐が必須であった。


 今回の上昇青葉冒険者部で行うことになる支配者格魔物討伐は、個人的には正直あまり乗り気ではないが、今後僕がプロ冒険者を目指す上で必ず通らなければならない道でもあるといえた。


 またいずれ七級に上がった時、部活での活動実績の有無は大いに評価対象とされ、プロ冒険者団体からのスカウト確率に影響するはずだ。

 それはプロ冒険者の多くがクランやパーティーに属し活動していたりするからだ。

 とはいえ、それでも僕はソロで活動するプロ冒険者になりたいと考えていた。


 生きていく上で、最終的に頼りになるのは己自身の力のみであり、他の人間に頼れば頼るほど自分自身の力は弱まってしまう。

 それでは未来へ進んで行くことはできない。


 あくまで敵と相対するのは自分一人だけでいい。

 一対一、一対多、いずれにしても僕が一の側に立ちたい。


 もちろん不本意ながらではあるが、不治野に負けて、冒険者部への協力をすることにはなってしまった。

 だからプロ冒険者になりやすくするための活動の一環だと考えて、部活動に関しては割り切る。

 ただし、それ以外の時間は、なるべく一人でダンジョンへ足を運び続ける。

 僕にはその意識こそがなによりも必要なのだ。


 








 あっという間にレベル四・ダンジョン攻略日となった。

 この日のうちにダンジョン入りし、中央部を目指して足を進めることになる。

 学校が終わり放課後となった今、僕はコンビニまで買い出しにやってきていた。

 


「二位之先輩、レベル四ダンジョン・アサヤケ公園の支配者格魔物はレベル五です。出現する場所はダンジョンの中央近辺になるんですけど、討伐の際には注意しないといけないことがあって、というのもですね、そのすぐそばにはレベル五ダンジョン・サンゲキガレキ廃村が見えてるんです。わたしたちの支配者格魔物攻略の日と同日、サンゲキガレキ廃村側の支配者格魔物討伐を行う予定の冒険者パーティーがあるみたいで、そのため戦闘時にはお互いのダンジョンを刺激し合わないよう周囲への配慮が必要になります」


 隣にいる真白が僕にそう説明してくれる。


「ダンジョンには各都市から冒険者が集まってくるわけだけど、それって支配者格魔物の取り合いになったりしない?」

 

 真白は目をくりくりとさせる。


「緊急時を除き支配者格魔物討伐を行いたい場合は冒険者ギルドへ事前申請して置く必要があるんです」


「面倒だね?」


「でも絶対に必要なことなんです! 冒険者同士の争いを避けるためなので!」


「許可が取れなかったらどうしようか? ピクニックでもして帰ってくる?」


「その心配は必要ないですよ? もう部長が許可を取った後なので、支配者格魔物の出現も確認されているそうです」


 説明した後、真白は呆れたように言った。


「それに、二位之先輩? 終点世界はとんでもなく広いんですよ? それこそ私たちの世界が担当するダンジョンの数だけでも数千にも届くんですから」


 小さな指を突きつけながら後輩にそう言われたもんだから、僕は適当に笑ってごまかす。


「でもさ、そんなに広いのに、この前、同じ市内の助道地高の連中と鉢合わせたんだけど、それはなぜかな? ……あー、単に同じ冒険者ギルドの支部から通ってるからか」


 真白は頷く。


「そうですね。あと冒険者ギルドによっては転送される先のダンジョンが偏ってたりするんです。ダンジョンの出入り口って終点世界内での隣接するダンジョン同士で構成した方が、安上がりで安定しやすいみたいなので。大きな枠組みだと、オオバネ都市全体で転送装置の構成が似通ってたりとかします。……うーん、それに数千あるダンジョン全部に転送可能な転送施設なんて管理都市くらいでしか見かけることはないんじゃないかなあ……」


 途中から僕のことを忘れて考え込む真白。


ふけってるところ悪いけど、君が何気なく今手に取った超ガチガチごりごり岩ころチョコレートってのは美味しいのかな? 感想を聞かせて欲しい」


 コンビニには僕らの他に下校途中の学生たちの姿があった。


「……歯ごたえがあっておいしいと思いますけど」


「なら僕も一つ」


 と僕は商品棚に手を伸ばす。


「待ってください。わたしのやつをあとで少しだけ先輩に分けてもいいですよ?」


「その手があったか! キャンプみたいなもんだもんな……なら僕はこの納豆味の綿菓子を買って君に少しお裾分けすることでその借りを返すべきなんじゃ」


「納豆味の綿菓子……?」


 唖然とする彼女のその様子に、僕は驚いた。


「まさかこっちの激辛味綿菓子派閥なのか、君は?」


 真白はぶんぶん首を振った。


「どっちも嫌ですよ……。なんで先輩は変なもの買おうとするんですか?」


「将来、君に付くことがあるかもしれないスポンサーの数が一社、今、減ったかもね」


 僕の指摘を受けて、真白が口を両手で押さえる。


「まあ、ダンジョン攻略自体がチャレンジみたいなもんだし、今回は普通の綿菓子にしておこうかな。……後はそうだな、フルーツとかが欲しいところだね」


 僕はすぐ食べられるような缶詰などの果物を探す。


「……先輩は、プロ剣闘士を引退されたんですよね?」


「そうだけど?」


「たしか現役時はスポンサーとかもついてましたよね?」


「ついてた時もあったよ? 今の僕はめちゃくちゃ身軽だけどさ」


 今と比べてしまえばだが中二辺りまではまだ生意気なガキ程度で済まされていた僕の失言の数々は、中学三年時に取得したプロライセンスを得た直後からは大いに反感を買うようになった。

 それはたぶん歴戦の愛されプロ剣闘士や、着実とキャリアを積み重ねてきていた有望プロ剣闘士なんかを過激な発言を繰り返す僕がプロデビューしてまもない頃の仮プロ期間に大番狂わせで下してしまったことも火に油を注いだ要因なのだろう。

 まあ、一番は大人気の与路健太郎に対する発言と態度が原因であることは否めない。

 とくに戦神フェアブレイミ絡みのやつは致命的だった。

 ただ戦神自体がまったく僕に怒っていなかったことが不幸中の幸いというべきか、悪名無名に勝るとはよく言ったもので一躍いちやく時の人となった僕に広告価値を見出す人たちもそれなりには現れた。

 

 そんななか高校へ進学するより少し前から社長と数度の話し合いを重ね、剣闘士の道を諦めることを認めてもらっていた僕は、高校一年時までの間で全ての契約が満了するようにまとめて貰っていた。

 本当はもっと早くあの舞台から離れるつもりだった。

 だけど社長はゴミでいい人ではあったけれど、剣闘士として僕が成長するために注ぎ込んだお金の回収だけは必ず自分自身で働いてやり遂げるように厳命してきたのだ。

 ――アリーナに上がるつもりがない剣闘士はうちには必要ねえんだよ、勝手に出ていけ。

 契約とお金が僕と社長を繋ぎとめていたか細い糸だったのだ。

 

  

 そのため、特別な闘技大会や定期闘技大会の上位入賞賞金、決闘形式で得られる決闘マネー以外にも、稼ぎを増やすためにマネージャーの春日さんが取って来た短期的な仕事の依頼を引き受けることも何度かあった。

 あの仕事現場には僕なんかよりもよっぽどその場所にふさわしい人らがいるんじゃないか、と思わされる日々の連続だった。

 とにかく僕は、社長との約束を果たすため最後の最後まで悪者として走り切った。


「先輩! これ!」


 真白が僕の腕を引っ張った。


「何?」


「先輩が写ってます」


 そう言って渡された雑誌には学生服姿の僕の写真が載っているようだ。


「……これは、まだ僕が剣闘士をやっていた頃、受けた取材のやつだね?」


 剣闘士としての今後の展望や、ファンへの想い。

 これからなにを行っていこうと考えているのか。

 与路健太郎やその他有望な若手剣闘士たちのこと。

 戦ってみたいプロ剣闘士の存在や、私生活のことまで。


 本心で答えられたことのほうが少ない。

 なにせこの後、僕は剣闘士を引退するのだ。

 いったいなにを語れようか。


 今こうして客観的にインタビュー記事に目を通して見ると当時の僕はずいぶん与路ことばかりを語っていた。

 記者がそう誘導したのか、僕が勝手にそう口を滑らせたのか。

 どちらでもありえる話だ。


 なぜならこの頃の僕はちょうど、自分自身が社長の剣闘士事務所に拾われることとなった経緯とそれに関連する、ある時から始まったオオバネ都市剣闘士界を取り巻く裏事情などを余すことなく聞かせてもらっていたからだ。

 そしてその話題の中心には今より少しだけ昔、四十九番目都市オオバネに突如出現した剣闘士界の神童、与路健太郎の存在がでかでかと添えられていた。

 剣闘士界にとって大きな意味を持つ戦神フェアブレイミ。

 彼女から認められるほどの戦いの才能と、性格も理想そのものの与路健太郎はいずれオオバネ初となる剣闘士ランキング一位の座を獲得する最強の剣闘士になるだろう。

 

 この都市の大多数の人間からそう評価され期待をかけられている与路健太郎。

 彼はオオバネ剣闘士界の光そのものである。

 しかし光があれば影も生まれてしまう。

 

 ここでいう光とは与路が所属している剣闘士事務所のことだ。

 影とはこの都市に存在する与路が所属していない、それ以外の剣闘士事務所たちのことである。

 与路という剣闘士を得た光の事務所を際立たせるための、巨大な影の集まりである脇役事務所の山がオオバネには沢山、生まれ始めていたのだ。

 

 そんな脇役たちのなかから真っ先に一歩、抜け出そうとし、最も光に近い位置に立つ脇役を目指そうとした事務所があった。

 それこそが当時、光の剣闘士が与路健太郎ならば、自分たちは最も濃い影としての闇、そんな剣闘士を育て上げようと画策しスラム街で才能あるガキを探し歩き、最終的に僕という才能と出会うこととなった社長の事務所なのだ。


 ちなみに闇などとカッコいい言い回しを使ったが、つまるところは光を際立たせるための悪役であり……かませ犬だ。

 

 当時、出会い頭で犬の糞を投げつけてきた僕というガキは、被害を受けた社長から見ればまさに悪者の卵そのものに映っていたのかもしれない。

 初対面の記憶を思い出し、僕はつい懐かしさに笑ってしまう。

 僕ら兄弟の人生をあの糞が大きく変えたのだ。


「先輩……?」


 真白が不思議気に見上げてきた。

 僕は腕時計を見下ろす。


「さてと、そろそろ部室へ戻らないといけないね。他に欲しい物は?」


「わたしは、大丈夫です」


 僕は買い物籠を持って、レジへ向かう。

 この中には真白の購入した商品も入っている。

 後で必ずお金を取り立てなければならない。

 絶対に。


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