第23話 目標


「不治野部長……。もしかしてレベル七ダンジョンの攻略を諦めるつもりじゃないですよね?」

 

 不安げな口調で真白が問いかける。

 放課後、旧校舎にある冒険者部の部室で、僕たち冒険者部のメンバーは集っていた。

 まるでドーナッツのような座席の配置、その席にそれぞれが適当に腰を下ろした結果、目線があちこちに行き交う事態となっている。

 とはいえこの瞬間は部長である不治野に全ての視線が注がれていた。


「腹でも痛いのかな?」


 僕のその感想も仕方ないほどに不治野は先ほどから無言で唸り続けていた。


「ちげえよ! 黙ってろ!」


 不治野が唾を飛ばす勢いで怒鳴った。


「心配すんな真白! 俺様に考えがある!」


 と彼は立ち上がった。


「本当ですか! 部長!」


 途端、キラキラと黄色の瞳を輝かせ始めた真白彼方という少女のことを僕はまだいまいち理解できていない。

 彼女について分かることと言えば、昼食を食べ損ねた僕が今しがた部室内でメロンパンを頬張っていた際、腹の虫を鳴らしながら物欲しそうに彼女が見つめてきたことと、そんな様子に憐みを覚えた僕が四個入りドーナッツを少しだけでも恵んでやろうとしたら、四個あるうちの二つも持って行ったことくらいだ。


 不治野が説明する。


「いいか、お前ら? 今週末には顧問の矢那馬の野郎に俺らの目標を伝えなきゃならねえ! だから俺たちはな、その間に奴を納得させるだけの実績を作り上げてやろうじゃねえか!」


「わたし、頑張ります!」


 真白が追随ついずいする。


「実績って?」


 と僕は尋ねた。

 不治野が即答する。


「レベル四のダンジョンを手始めに攻略して見せる!」


「レベル四、ですか? ボクたちってレベル七のダンジョンを目標とすることを先生から認めてもらわないといけないんですよね?」


 湖身が首を傾げた。

 室内前方まで歩いていく不治野、チョークを手に彼はまだ何も描かれていない黒板の広すぎる空白を叩いた。


「これを見て見やがれ!」


 その指示に戸惑う後輩たちに代わって僕が疑念を口にした。


「なにも書かれてないじゃないか?」


「ああ、そうだ! 今の俺たちは矢那馬からすりゃあ、これと同じで、なにもない冒険者の集まりってことなんだよ!」


 言った不治野はチョークで黒板に一から七までの数字をでかでかと書き記していく。

 そして四という数字に丸をつけた。


「……あ」


 真白が目を見開く。


「どうだ!」


 不治野がにやりと笑う。


「近いです! 部長! 四は七に凄く近いです!」


 真白が興奮する。


「そういうことだ! 俺たちだってレベル七に手が届く位置にいるってことをあの野郎に教えてやる!」


 僕は呆れたので口を挟む。


「レベル四ダンジョンを攻略するって話だけど、具体的にはなにをするつもりなのかな?」


「当然、ダンジョンのなかに出現する支配者格魔物を討伐するに決まってんだろ!」


「無理だね。まず君は治癒師の三級、そして湖身は荷物持ち、真白に至っては君の話を聞く限りだと初心者って話だったはずだ。そうなると僕が一人で頑張ること前提の作戦ってことだろ? 教えておくけど、僕はレベル四の通常個体すら斬れなかった」


「今日までの間てめえは何のために週刊誌にあの奇妙な行動の数々を撮られながら修行やってきたんだよ!」


「……いつか斬れなかった物を斬るためさ」


 僕の倒立歩行が撮られていただと?


「だったら今回斬れよ!」


「いやいや、そもそも支配者格魔物って通常個体よりもレベルが高い上に同じレベル帯の中でも強力な個体のことなんだろ? もう大前提として無理じゃん」


 勢いよく真白が席を立った。


「二位之先輩! わたしもがんばります!」


 僕は半笑いだ。


「君が、なにを頑張るって? 素振りを頑張りたいなら勝手に自宅でやってればいいと思うよ? それともまさか素人の分際で、ダンジョン攻略頑張るとか口にしてるわけじゃないだろうね?」


 真白は僕を見据え、堂々と口にする。


「ダンジョン攻略、がんばりたいです!」


 ため息をつき僕は椅子の背に仰け反り、テーブルに両足を投げやった。


「話にならない」


「二位之、てめえは俺に敗れた。だから冒険者部に協力する。違うかよ?」


「……違わないね。そういうことならもう勝手にするといいよ? 後で決まった予定でも教えてくれたらそれで僕は構わないからさ」


 僕は瞼を閉じた。

 朝の校門掃除、昼のトイレ掃除。

 なにかと誰かに迷惑を掛けることの多い僕にとって、他の誰かのために働くのは意外と悪くない気分だった。

 とにかく掃除を頑張った。

 なので僕は眠たいのだ。

 ご飯もさっき食べたし。

 ここは埃っぽいし。


「お前らも知っての通り、今週末戦神の日を含めた三連休がある! 俺はその祝日を使って、レベル四ダンジョン攻略を決行するつもりだ! いいか? 今回、討伐目標となる支配者格魔物って奴らはな、大抵の場合ダンジョン中央部近辺に現れることがわかってる! そんでもって俺ら冒険者が転送装置を通ってダンジョン内へ送られて行く先ってもんは外周部にしか存在しねえ! これがどういうことかって言うとだ! 中央部を目指して最低でも一泊前提の冒険が必要になるってことだ! よって前日の学校が終わり次第、この場にいる全員でダンジョンへと向かう! 攻略予定ダンジョン中央部への冒険をその日のうちに実行するんだ! 途中、ダンジョン内での一泊を挟みつつ、翌日、俺たち上昇青葉冒険者部の手によって支配者格魔物の討伐を敢行する!」


 教室内に声が響いていた。


「持ち込んでいいおやつは一人、五百コゼニカまで! あとでノートに俺様直々に必要な物を――」


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