第20話 バイクで移動
休日を明日に控えた本日、連日のように湖身とのダンジョン探索へ挑み、現世へと帰還した僕は彼と別れた後、昨日と同じように逆立ちで一人、夜間の帰路についていた。
都心には全く及ばない光の量に照らされた道筋。
それでも田舎と比べれば明るいだろうし、星空は少なからず見えている。
スーパーに立ち寄って半額寿司を二人分購入し、ヨーグルトも手に入れた。
すでに通常歩行に戻っていた僕は店内を出ると、背後から声を掛けられた。
「二位之!」
僕は顔を顰めた。
「不治野、君もこのスーパーに来てたのか……」
不治野はスーパーの袋を手に下げていた。
どうせレトルトラーメンとかだろう。
「真白の奴を家まで送り届けた帰りに寄っただけだ」
「ご苦労なことで」
僕はスーパーの敷地を出るため、歩を進めた。
「待てよ!」
バイクを運んできた不治野が制止を呼びかけて来た。
「ああ、なるほどね。君はなんか僕に用があったわけだ?」
「そうだ。お前に話があんだ」
そう言って、不治野がヘルメットを投げ渡してくる。
「乗れよ」
言われるがままに僕はバイクの後部座席に座った。
「てめえん家はどっちだよ?」
マンションだ。
今朝、二階の住民が喧嘩をしただとかで、外から眺めたら、窓ガラスがなくなっている部分がいくつかあるはずだ。
それもそれぞれが別件で二か所。
「向こうの方さ。マンションだから君でもすぐに見つけられると思うよ?」
「馬鹿にしてんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」
「君は、人に話を聞いてもらう人間が取るべき態度ってものを知らないみたいだね?」
バイクが走り出す。
風の音が耳たぶにまとわりついて来る。
「馬鹿が! てめえが俺の頼みをすんなり聞いて大人しくそこに座りやがった時点で、何か裏がありやがることくらいこっちだってわかってんだよ!」
「裏? 単なる修行の
「だからバイクでの移動速度を求めたってわけか?」
バイクから見える景色に僕は目をやった。
「思ったより遅いもんだね? 正直がっかりしてる」
「くそがッ! スピード出しすぎるとサツに捕まんだよッ!」
「あー、止まれ、不治野。あそこが僕の家なんだ」
僕は自宅のあるマンションを指差した。
しかしバイクは止まらなかった。
「……なんで通り過ぎた?」
「まだ俺様の話が終わってねえだろうが? このままじゃてめえの足にされただけだ!」
僕は苛立ちながら言葉を吐いた。
「この袋の中身、寿司なんだ」
「それが腐る前にはまた戻って来てやるよッ! だから聞け!」
赤信号で停車する。
複数台の車のライトが集っている。
「……真白のことだ」
不治野は言葉を続ける。
「アイツ、獲物の扱い方とかは昔教えて貰ったことがあるらしいんだがよ。目の前に敵がいることを想定して動けてねえんだ」
「それで?」
「同じ前衛のお前ならなにかアドバイスできるだろ?」
「それってさ君がダンジョンに彼女を連れて行って経験を積ませてあげればいいだけの話じゃないかな?」
「俺は治癒師なんだよ! あいつが前衛だと俺様は無力なんだ!」
「……へー」
「てめえ、その反応の仕方はいったい何だ! ぶん殴るぞ!」
僕は手のひらをひらひらさせた。
「僕はまだ何も言ってないんだけどねー」
バイクが走り始める。
信号が切り替わったのだ。
「一度でいい! てめえもアイツのために協力しろ!」
「なんで?」
不治野が怒鳴った。
「真白もお前も同じ冒険者部の仲間だからだ!」
僕は爆笑した。
「前から感じてはいたけどさ、それは一体どういう心変わりの仕方なのかな? 不良の君らしくもない」
「俺様はな! 自分の在学中に、助道地高より上の結果を出してえんだ!」
「つまり君は部長を引き受ける際にでも結崎先生辺りからそう吹き込まれたってわけだ」
「そうだ! だがセンコーに乗せられたわけじゃねえ! これは俺様の野望なんだ!」
「僕がそれに協力しないといけない理由がどこにもない」
「てめえもうちの部員だろうが!」
「退部させたければ好きにしたらいいさ」
「あいつらに獲物を横取りされたままでいいのかよ!」
「数年後には僕の方が彼らよりも上の冒険者になっていると思うよ。だからあんな出来事は気に留めておく必要がない」
でも虹色ピピピリラだけは絶対に斬る。
呆れたように不治屋がぼやく。
「いったいどこからそんな自信が湧いて出て来やがんだよ? 冒険者としては素人だろ、てめえは!」
「愚問だよ? 僕は剣闘士をやっていた時、メディアなんかにひと際大きく取り上げられてた与路健太郎っていう化物と同世代ではまともに打ち合うことができた数少ない側の人間だったんだ」
それだけじゃない。
剣闘士だった頃の僕を応援してくれていたファンのためにも、僕は新しい職場でもちゃんと結果を残し証明し続けなければならないのだ。
嫌われ者の剣闘士二位之陽光郎は確かに彼らが応援するに足るだけの才能を有していたのだ、と。
ただ闘技場に立ち続けるには心が弱すぎただけなのだ、と。
そう主張し続けなければならない。
それが例え彼らの期待に背く道を選んだこの身だとしても、本当はファンの誰一人としてそんなことを望んでいなかったとしても、僕の自己満足がこの想いを望んで止まないのだ。
「その僕がそこらへんの有象無象より上に行くのは当然のことだろ? 第一、君も知ってるだろうけど僕って剣闘士ランキングの――」
言い切ろうとした僕の体が揺れ動く。
なぜかバイクが公園に進入したのだ。
「いい加減、ふざけすぎじゃないか不治野? なんで公園に入った? はやく僕の家へ向かえよ?」
「今度こそお前との決闘の続きをやり切ってやる! 誰にも邪魔されない形でな!」
僕は否定する。
「だから決闘じゃなくてあれはお遊びだって」
バイクが停車する。
「いいからついてこい!」
地面に降りた不治野が遊具などがあるエリアへと歩み出す。
「いや、でも寿司が……」
と僕は付いて行く気は毛頭ない。
「なんだよ、治癒師に負けるのが怖いのかよ? 剣闘士って奴らは臆病者か!」
「――僕が勝つのは決まってるのに、怖がるわけがないだろ、君は馬鹿なのか?」
僕は彼の後を追った。
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