第19話 懐かしい日常

 時刻は午後七時半、ダンジョンから冒険者ギルドへ舞い戻った僕は転送フロア内にある換金エリアの待合席で待機していた。

 ダンジョン内から現世へと帰還する際の転送装置の仕組みとして、自分が帰還したい場所にある転送装置に振り当てられた番号を入力するという手筈が必要だ。

 もしくは不安定だが所持する冒険者バッジから得られる情報をもとに、冒険者バッジ自身が判断を下し、各都市への転送を行ったりという手段もある。

 

 番号を忘れて、なおかつバッジも紛失した場合はなにも入力せずに転送装置に入る。

 すると一度、管理都市に送られて、各種手続きの後、管理都市から各都市に送り返されるらしかった。


 転送装置はダンジョン側の転送装置一台と現世側の一台とを合わせた二台で一組といった感じで、二組計四台の転送装置が一つダンジョンと現世の行き来にため必要となっている。


 一組は現世からダンジョン側へと一方的なキャッチボールを行うような感じで、ダンジョン側にある受け止めるようの転送装置まで使用者を送り届ける。


 そしてもう一組ほうが先ほど説明した番号入力でダンジョン側から現世へと舞い戻る際に使用する転送装置である。

 この時は、ダンジョン側から転送されてくる使用者を現世側の転送装置が受け止める役割を担うことになる。


 湖身が換金エリアへと時間を空けてようやく今、姿を見せたのだった。

 魂に収納した魔物素材を一人でこの階よりもさらに地下にある素材置き場にまで持って行ってくれていたのだ。


「お疲れ、どうだった?」


「こんな感じでした」


 と湖身は紙切れを見せつけてくる。

 今回のダンジョン探索で得た討伐報酬の総額が記載されてある。

 この紙きれを換金受付へ持っていき、金銭へと変えてもらうのだ。


「すみません、ボクの目利きが悪いせいで、結構な量の素材が消えてしまったみたいです」


 僕は言った。


「気にする必要はないさ。死骸丸ごと持って帰って来て、指一本と魔力核だけしか残らなかったとかじゃあるまいし」


「あはははは」


「……うん、そんなにおかしかったかな今?」


「いえ! 仕方ないですよ! ボクの場合は魔物の死体に流れる魔力の流れがある程度見えていてこれなんです。見えない人なら仕方ないですよ!」


 絶命した魔物の肉体は、やがて僕らの世界から消失する。

 その時、魔力をたくさん宿している肉体の部位だけがこの世界に残り続ける。

 それこそが魔物素材ってやつなのだ。

 含まれた魔力の量がそのままその素材の価値となるのである。


 魔物の死骸に残留する魔力の流れ。

 それを普通の人間は特殊な道具を使用せずに、確認することはできない。

 荷物持ちだけが魔力の流れを肉眼で見分けることが可能だが、今しがたの湖身の言い分を聞く限りだと、荷物持ちにとっても難しい技術のようだ。


「魔物の持つ魔力の色ってのはどんな風に荷物持ちの瞳には映ってる?」


「透明みたいな感じです。見る人によっては違いがわかるみたいなんですけど、僕にはまださっぱりわからなくて」


「……透明か、なるほどね。それじゃそろそろ行こうか」


「はい」


 と僕らは換金受付へと顔を出しに向かう。

 が、呼び止められた。


「おいおい、こいつ、二位之陽光郎じゃねえかよ!」


「わーほんとだ! 本物じゃん!」


「剣闘士の二位之陽光郎!? まーじー!?」


「ここのギルドに通ってるって噂本当だったんだー!?」


 男女数人からなる二十歳前後くらいの集団だ。


「こ、この人たち、先輩の……知り合いですか?」


 ひそひそと湖身が訊いて来る。


「君にはそう見えるんだね?」


 と僕は呆れ顔を浮かべる。


「悪いけど、先行っててくれないかな。あ、今日も報酬は山分けだからくすねた場合、怖い目見ることになるかもしれない」


「そ、そんなことしないですよ」


 と湖身は受付へ走って行った。


「あのー、一緒に写真とってもらってもいいですか?」


「俺も俺もー」


 男女の集団がそうお願いして来た。

 僕はサングラスを少しだけ外し、すまし顔で応える。


「別に構いませんよ、ただし、ここでは他の人間の邪魔になるので、一度建物の外も出ていただけるならという条件がつきますけどね」


 変に目立ったら困るというものだ。

 彼らの行動をうながしながら終点世界入退場ゲートを出て、エレベーターへと一緒に歩いていく。


「面倒くさいなあー」

「しっ、無理言ってるのはこっちなんだから仕方ないって」

 

 地上へ昇る閉鎖空間の中なのでその愚痴は当然のように僕にも聞こえていた。


 それから冒険者ギルドの出入り口から出ると、一緒に並んで写真を撮影していく。


 すっかり夜闇に辺りが呑まれていた。

 五月とはいえ未だ空気は肌寒い。 



「だいぶ暗いですけど、大丈夫でした写真?」


 と僕は尋ねる。


「大丈夫大丈夫ー」


「それによお、どうせ、お前と撮った写真なんか後でぜーんぶ破いて捨てちまうからな!」


 男性一人がそう言った。

 僕のことを指差した。


「俺さ、前からこいつのこと大嫌いだったんだよなあー! 剣闘士、辞めてくれてまーじ清々したぜ!」


「あはは、そんなこと言っちゃだめだよー!」


「てかせっかくの有名人との写真だろ? 二位之陽光郎だからって捨てるのはもったいねえって! ――なあなあ! 俺にはサインもくれよお!」


 僕は持ち歩いているサイン用ペンを手に取った。


「構いませんけど、どこに書けばいいですか?」


「あー今日上着の下、白だし、これに書いてよ!」


 僕は言われた通り彼の衣服の背中にペンを走らせていく。 


「でっかく書いてくれよな!」


「書き終わりました」


「さんきゅー! 実はさ、俺もあんたのこと大嫌いだったんだけど、今度からファンになるわ! 本当、本当!」


「きゃはは、移り変わり早!」


「ねえねえ、二位之くんってさー! 健太郎さまともお知り合いなんだよね!?」


「……健太郎様? あー、与路のことですね?」


「そうそう! だからね、健太郎さまの連絡先とか知らない? みたいな? さすがに、知らないのかな、あはは?」


「存じてないです。僕と与路はそこまでの仲じゃないので」


「えー残念ー! まーでも、そうだよねー!」


「わっはっは、お前、そりゃそうだろー! 人気者の与路健太郎と嫌われもんの二位之陽光郎が仲いい分けねえし!」


 冒険者ギルドの外へ出て来た湖身の姿が見えた。


「それじゃ僕はこれで失礼します」


「あ、はい。写真ありがとうでしたー」


「まじで俺心入れ替えて、あんたのこと応援するんでー!」


「あはは、まーだ言ってるよこいつー」


「あの野郎はもう闘技場から逃げ出した臆病者だってのによ、なーにを応援すんだよ、お前は! 戦神を馬鹿にしやがった野郎のサインなんかさっさと捨てちまえ!」


 僕は彼らから距離を取っていく。


「湖身、悪かったね」


「大丈夫です!」


「それで報酬は?」


「これで半分です」


 彼が渡してくる現金を僕は財布にしまいこむ。

 ふと目線を向けると、湖身が先ほど僕にサインやらを求めてきた男女たちがいる方向を見つめていた。

 僕は言葉を落とした。


「あのサイン付きの服、彼が今後も手元に持ち続けることができるようなら、いずれ高値がつくかもしれない」


「え?」


 湖身が見上げて来る。


「さて、それじゃ解散といこうか。……そっちは昨日と同じ感じなのかな?」


 駐車場の方向へ目を向けて湖身が頷く。


「そうです。今日も、叔母さんが迎えに来てくれてて」


「そうかい、じゃあ早く行ってやりなよ」


「……二位之先輩、お疲れさまでした!」


「お疲れ」


 走り去って行く湖身の背中を見送ってから僕も帰路へ着く。

 車のライトが行き交う道路の歩道を逆立ちをして、倒立歩行で進んで行く。


「二位之先輩ー! 叔母さんが先輩のことも送ってくれるらしいんですけど!」


 車道から僕の横につけた車体の窓から湖身が顔を出した。


「ありがたいけど、この後、僕は立ち寄らないといけない所があるからさ」


「……そうですか! 分かりましたー! また明日!」


 今度こそ湖身を乗せた車が去って行った。


「よっと」


 地についた両手を動かし、僕は夜風に打たれながら夜の街並みを逆さで歩み始めた。


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