第18話 ヤーズアイ

 その次の日も僕は湖身と一緒にダンジョンへ潜っている。


「一夜明けて見て、君の肉体に残る疲労はどんな感じになった?」


「全然大丈夫です。ボクこうみえて意外と農作業の手伝いとかで体力もある方なんで!」


 湖身の脚運びを観察し、僕は指摘する。


「本心じゃないね、その言葉?」


「う!?」


 湖身はぎくりと肩を震わせた。


「あ、でも、その、体力に自信があるってのは本当なんです! でもなんか農作業の手伝いの時とは体に残る重さが違うんですよね……」


 僕は笑った。


「分かるよ、その気持ち。僕もダンジョンへ通い始めた当初は君と同じで自分の身体に残った疲れから違和感を覚えた」


「二位之先輩もですか?」


「意外な反応だね?」


「だって、先輩は剣闘士として大活躍してた人じゃないですか?」


 遠慮がちに湖身はつぶやく。


「まあね。ただ同じように戦いを生業とする職業とはいえ、剣闘士の戦うフィールドとは環境が違いすぎるよ、このダンジョンってのは……」


 僕は周囲を見渡した。

 ここはレベル二ダンジョン、ヤーズアイ森林だ。

 木の葉に覆い隠された空から太陽光が隙間を見つけては陽射しを落し込んでいる。

 地面は平坦ではなく、石ころだって混ざっている。


 足元に注意を払っていなければ至るところに伸びた太い根や蔓などに足を取られてしまうし、苔の絨毯は靴裏を滑らせる。

 身体にぶつかる緑のせいで気が散った。

 立ち込める薄暗さはこの場に長く滞在すればするほど人間の精神を落ち込ませていくことだろう。

 


「冒険ってモノに、僕らは追々と慣れて行かないといけない」


「はい!」


 湖身のその反応に僕は満足し、目線を樹木の群れへと向けた。


「良い返事だけどさ、どうやら魔物に見られてるみたいだ。君は下がっとくといいよ」


「は、はい!」


 木々の合間をうように、高速で接近してくる虎のような魔物が、僕の視界に入った。


「先輩、あれヤーズアイです! 石みたいな体を持つ虎みたいな魔物で、レベルのわりに硬いみたいですよ!」


 ヤーズアイはレベル二だ。

 クシルタリスの魔力障壁を一撃で粉砕したことのある僕の攻撃ならこのレベル帯で硬かろうが余裕でダメージが入るはずだ。

 石の体という割に、あの魔物はどうにも動きが素早い。

 けれど地に足をつけて移動している以上、予測できる挙動の範囲を大きく逸脱いつだつはしないだろう。


 樹木などの障害物との距離を念頭に入れ、僕は迎撃行動を取った。

 飛び跳ねて襲い掛かって来るヤーズアイをロングソードで迎え撃ち、瞬く間に斬り捨てて行く。


「石の肉体持ってる割に中身からは血が飛び出る。魔物ってのは本当に不思議な生物だとは思わないかい?」


「先輩!? そんなこと言ってる場合じゃ! もう一体! それも魔法ですッ!」


 湖身のその叫びを聞くまでもなく、僕は走り出している。

 ロングソードに纏わせた魔力障壁の一部を四散し、僕は緑の隙間から飛来してきた火球を斬り飛ばす。

 魔法を放った直後の魔物が持つ魔力障壁は、少しの間だけ、弱体化する。


 チャンスだ。


 視界を埋めつくす斬り裂かれた火炎の残滓が飛び散って消失する。

 目前が晴れた瞬間、すでに飛びかかって来ていたヤーズアイの前両足が僕の瞳に映りこんだ。

 僕は片足を動かした。


 それだけで敵のかぎ爪攻撃をぎりぎりで躱す。 

 すぐさま、反撃に移り振り抜いた剣でヤーズアイを斬り伏せた。


「よし戦闘、終わったみたいだ。――湖身!」


 僕の指示に応え湖身がヤーズアイの死骸回収を行っていく。

 血に彩られた魔物の死に殻を見下ろしながら、


「昇級に、レベル二を百五十体討伐って結構遠い道のりだね、これ」


 愚痴る僕に、湖身が訊き返してきた。


「今どのくらいなんですか?」


「後半分とちょっとくらいかな」


「あと少しですね!」


 湖身の寄こした返事に僕はから笑する他ない。


「そういえば、君って荷物持ちの一級だろ? 荷物持ちの昇級ってなにが条件なんだ?」


「いろいろですね。ボクら荷物持ちの魂も、こうした冒険の過程で成長して運べる荷の総量が増加するんです。あとは魔物の体の部位や終点世界の植物なんかに含まれた魔力の量を感覚で把握したりとか。あと単独討伐実績とかじゃなくて、パーティーでの討伐実績が必要になるんですよね」


「ちなみ今の時点で、どれくらいの荷物を積めこめるか分かる?」


「さ、さあ……そんなのやってみないと分からないですよ?」


「そうかい」


 と僕は辺りを眺めた。

 今日はもう少し魔物討伐を行いたいところだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る