第17話 ダンジョンの日常

 月が替わり五月を迎えてまだ日が浅い日の放課後、部活の目標決めは棚上げされ僕は今日もダンジョンに赴いていた。

 灰色の海岸の先には青い海がどこまでも広がっている。

 ここはレベル二ダンジョン、ハイイロ海岸という場所だった。


「海から上がって来る人型の骸骨が、この海岸の主な敵らしいよ」


 僕は説明した。


「はい、スケルトンですよね……」


 湖身がつぶやいた。

 僕たちは二人で、ダンジョンに挑んでいた。

 誘ったのは僕の方だ。


 というのも荷物持ちという湖身のポジションは、今の僕にとっては同行者としてとても魅力的に映ったのだ。


「二位之先輩! スケルトンが、う、海からき、来てます!?」


「それくらい言われなくても分かってるさ」


 穏やかな海面を突き破りスケルトンが何体も跳躍し、そのまま海岸へと降り立った。

 それから骨の魔物たちは僕らの方へ一斉に顔を向けた。

 もしあれらが人間だったなら、今頃首がねじ切れて、頭蓋骨だけが転げ落ちていることだろう。

 湖身の声が背後から聞こえてくる


「鋭く尖った爪が武器みたいです! 抱き着かれたら簡単には振りほどけないって!」


「加えて、肉がなくて身軽だから動きが素早いとかかな?」


「え!? それは、ちょっとわかんないです! あ、でもレベル二なんで魔法にも気をつけないと駄目です!」


 僕はロングソードを手に疾走する。

 今、この場で動きを見せているのは僕だけじゃない。

 正面からスケルトン三体がすでに迫って来ている。


 一番先頭を走って来たスケルトンから伸びた骨の手の攻撃を寸前で躱す。

 僕は踏み込む足の勢いを緩めずに、剣を大きく振るい骨の頭部を跳ね飛ばした。

 続く二体のスケルトンもこっち目掛けて飛び掛かってきた。


 身軽ゆえに骨の魔物たちの跳躍力ちょうやくりょくは優れているようだ。

 僕は姿勢を沈め、前方へ足を伸ばしつつ大地へ踏み込んで行き、自身の瞳の見据える方向から飛び込んで来るスケルトンたちを掻い潜って回避する。

 足の裏ですぐに地を蹴った僕は身をひるがえし、瞳が捉えた先で無防備を晒すスケルトンたちの背中へ剣を手におどり掛かって行く。


 そうして隙だらけの魔物二つ分の命を斬り飛ばすことに成功した。

 これで戦闘は終了だ。


「ふう……」


 一息付く僕に、湖身が叫んだ。


「先輩! 危ない!」


「ん?」


 湖身の視線が見つめる先、つまり僕? ではなくこっちの方角か? と目をやると首から上のないスケルトンが両手を突きだし至近距離から迫って来ようとしている姿が見えた。


 突っ込んで来たその首のないスケルトンの攻撃を僕は冷静にさばき切る。

 ロングソードによって攻撃軌道を変えられたスケルトンの骨の手の一部が、あらぬ方向へくるりと回り自身の骨の身体へとぶつかっていく。

 いわばスケルトンは自爆し、自分で自分の身体を傷つけてしまったのだ。

 よろめくスケルトン。

 僕は容赦なく剣で真っ二つにした。


 地に崩れるスケルトンの身体。

 それを置き去りにして僕は歩みを進め、近くに転がっていた骨の頭部に剣の切っ先を落し込む。


「油断したな……スケルトンは頭部を潰さないとこういう風になる時もあるって書いてあったっけ」


 僕は湖身に目を向けた。


「今の声かけ、まあまあ助かったよ」


「は、はい!」


 湖身が駆け寄って来た。


「僕はこのまま辺りを警戒しておく。だから湖身、君には今のうちに魔物の死骸を回収してもらいたい」


「分かりました!」


 湖身は背負った大きな鞄を地に下ろし、そこから取り出した紫色に揺らめくそこそこの大きさの鞄を地に降ろした。

 それから湖身は手に取った巻尺まきじゃくを使い、バラした骨の死骸の寸法を測り始める。

 うーん、と時節唸りながら湖身は測り終えた骨を紫色の鞄のなかへゆっくりと入れていく。

 僕はその不思議な光景が気になって仕方がなかった。


「なあ湖身、その鞄の中身が君の魂と繋がっててそこに物を収納しゅうのうしていってるってことくらいは僕も理解しているつもりだよ。だけど、いちいち素材を一つ一つ測っていく必要はあるものなのかい?」


「……すみません。ボクまだこの作業に慣れてないんです。階級が上の人たちとかだと、パッと見てから収納したい物の大きさを大体把握できるみたいなんですけど。ボクの場合はこんな感じで少しだけでも感覚を掴んでからじゃないと……」


「適当にその鞄のなかに入れたらどうなる?」


「弾かれますよ。イメージを強く持ててないと自分の魂から拒絶されて、あ――」


 言ってるそばから骨が鞄から弾かれて粉々に壊れた。


「すみません……形を掴む感覚がうまくいってなかったみたいです」


「いや、話しかけた僕のせいだ。悪かったね」

 

 相当、繊細せんさいな作業らしい。


 無言で作業をしていく湖身。

 僕も新手の魔物がやって来ないか、と辺りに目を向けて見張り続ける。


「荷物持ち希望は最初に冒険者ギルドで生きた魔物の一部を飲まされるって話だけど、あれは真実なのかい?」


 海を眺めながら僕は尋ねた。


「え? 粉末状の薬でしたよ?」


 作業を止めず湖身は返事をしてくれた。


「なんだ嘘か」


「あーでも、魔物素材の薬ではあるみたいです。それを飲んだ後、魂の変化を受け入れないと駄目で、その作業がボクは苦手に感じたんですよね」


「そ、そうなんだ? やっぱ結構、大変っぽいね荷物持ちになるのって」


 正直自分には想像できない感覚すぎて、あまり上手く相槌あいづちを打てない。


「はい。でもあれをやったからこそ今のボクのこの能力があるんです。そう思うとやってよかったです」

 

 そうにっこりとした湖身の所有するあの紫色の鞄は、彼自身の魂を使用して生み出されたものなのだそうだ。

 そうすることであの鞄を経由し、魂本体のなかに荷物を収納することが可能となる。

 倉庫化した魂の容量は本人の成長次第とのことだった。


 そのうち一軒家よりも大きな魔物の死骸を丸ごと収納することも可能なのだとか。

 さらに荷物持ちたちは終点世界の自然物や宝物を回収し現世へ持ち帰ることもしばしばあった。


 僕は海から跳ね飛んできた新手のスケルトン一体をロングソードで一瞬のうちに仕留めた。

 斬り飛ばした部分が海水に濡れてたせいで、飛び散った水滴がしょっぱかった。


「――だけど、その代わり君ら荷物持ちは魔力操作が下手になるって話だろ? ダンジョン内で仕事を行っているのに戦闘能力どころか身を守る術の大部分すら失っているなんて僕には恐ろしい話に思える」


 ほとんどの魔装備からも嫌われてしまうらしい。


「いいんです。もともとボク喧嘩とか戦いが大嫌いなんで」


「ある意味、荷物持ちが君の天職だったってわけか」


 嬉しそうに湖身は頷いた。


「ギルドの方にもそう言われたんです。荷物持ちは臆病な方が向いてるって――あ」


 湖身が鞄に入れた骨が弾かれて吹き飛んだ。罅が入っている。


「す、すみません!」


 僕は首を振った。


「僕のほうこそすまない……本当にもう話しかけないからさ。君はその作業に集中してくれてていいよ」


 それから暫くして、湖身の収納作業は終わった。

 魂鞄たましいかばんのなかに素材を結構詰め込んでいたはずなのに、膨れ上がった様子などまるでない。

 回収した魔物の骨は本当に湖身の魂のなかに入ってしまったみたいだ。


「……時間かかりました」


「構わないよ」


 どこまでも伸びる灰色の海岸を眺め、僕は湖身に笑った。


「それじゃ、事前に伝えた通り、今日は荷物持ちの仕事、君に任せきりになると思うけど、それでいいかな?」


「任せてください! それがボクの仕事なんで!」


 海の香りが鼻先をかすめていく。

 波音の合間に二人分の足音を僕たちは響かせて、冒険を再開した。

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