一番星と手を繋いで

日野球磨

UFO


「UFOを見に行くです」


 ロングホームルームも終わった下校時間。

 俺が校門に来るのを待っていたらしい星守ほしもり甘奈あまなは、開口一番にそう言ってきた。


「UFO……?」


「そう、UFO。いち君も見たくないのです? UFO」


いちじゃなくてはじめだ。ったく、何度言ったらわかるんだよ……」


 星守は俺のことをいち君と呼ぶ。それは彼女が、俺の名前を最初に知ったときに、文字の上で読み間違えたからなのだけれど。それ以来、いくら訂正しても直してくれない。


 ひいらぎはじめ。それが俺の名前だってのに。


 そんな彼女だから、俺の言うことなんてちっとも聞いてくれなくて。だから結局、マイペースな彼女の歩みに連れられて、UFOだなんてよくわからないモノを見に行こうだなんて話にも、俺はついて行くことになってしまった。


「UFOはねぇ。裏山の空き地で見つかったのですよ」


「いや、場所はいいけどよ……」


 大仰に手足を振って前を歩く星守は、言ったとおりに裏山の方へと歩いていく。もちろん俺は、これっぽっちもUFOなんて興味がない。ただ、まだまだ明るいとはいえ、女の子が一人で人気のない裏山に入っていこうとするのが、危なっかしくて見てられないから、ついて行くのだ。


「なんで今時、UFOなんだよ星守。前はつちのこだって言ってたが、結局見つかったのは野生化したコブラだっただろ」


 今でも思い出すあの恐怖。

 金持ちのペットが逃げ出したって話だけれど、危うく噛まれて死にかけた俺からすればたまったもんじゃない。


 結局コブラは捕まって、俺も無事死の淵から生還したからよかったけれど。だからこそ、下手に藪をつつくようなことはしてほしくない。


「UFOはロマンなのですよ。円形を作ってぴぴららぱらりぱ。未知との遭遇わんだふぉーなのです」


「わんだふぉーなのはお前の頭だ」


 ぽんと星守の手に頭を置いて、急いで裏山に行こうとする星守の動きを止める。やる気があるのはいいことだけれど、ひとりでずんずんと進んではぐれるようなことだけはやめてほしい。


「ほら、はぐれないように手ぇ繋ぐぞ」


 裏山の道は複雑で入り組んでいる。だから一人で突っ走るやつが居れば、簡単にはぐれてしまう。


 だから俺は、はぐれないように手を差し出した。


「……ん」


 差し出した手を少しの間見つめた星守は、少しだけ俯きながら俺の手を握った。それからこちらを見ずに彼女は言う。


「前にはぐれた時は申し訳なかったのです」


「別にいいよ。はぐれたからって道から外れるわけもないのに、茂みを探した俺が悪い」


 そうしてコブラに嚙まれましたとさ、と。

 俺が生き残ったのは運がよかったとしか言いようがないだろう。医者も言っていた。あと少し遅れたら死んでいたとか。はぐれたはずの星守が助けを呼んでくれなかったら死んでいた、と。


「いち君は優しいのです」


 そんな風に彼女は言うけれど、別に優しいわけじゃない。そんな思いを込めて俺は返す。


「だからいちじゃなくてはじめだって言ってんだろ」


 なんだかんだ長い付き合いで、ついぞ直されることのなかった呼び名を盾にして、俺は本心を隠すのだ。


「……名前を呼ぶのは、少しだけ恥ずかしいのです」


「なんか言ったか?」


「な、何にも言ってないのですよ!」


 小声で星守がつぶやいた言葉を、俺はしっかりと聞き取れなかった。だからそれを尋ねてみたけれど、隠されてしまった。


 はぐらかされたことに多少の不満はあるけれど、お互い様だ。俺にだって隠し事はある。だから特に何も言わないまま、俺たちは裏山の道を進んだ。


「あ」


 そうして進んだ裏山の道の先にあった空き地で、星守は空を見上げて言った。


「あの時はありがとなのですー!」


 空を、見上げて――


「嘘だろ……?」


 裏山から見上げた空模様の中に、ひときわ大きな円盤が一つ。隕石でもなければ鳥でもないそれは、ふわりと浮かんでこちらのことを見下ろしていた。


 それは紛れもない、UFOだった。


「あの人たちがいち君を助けてくれたのです。なのでお礼を言おうと思って連れてきたのですよ」


「いや、いやいやいや……確かにどうして、裏山から病院まで距離があるってのに助かったのかと思ったけどさ……!!」


 にわかに信じられない光景に、俺の頭はショート寸前だ。だから現実逃避をするように頭を抱えて、空を見ていた視線を下に向けた。向ければ、ちょうどぴったり、こちらを見ていた星守と目が合った。


 星守はにへらと笑って言う。


「いち君を助けてほしいってお願いしたのです」


「……そうかい」


 UFO以前に、あんな鉄の塊みたいなのが、飛行機なんかよりもよほど自由自在に空を飛んでいることが信じられないけれども。


 なんで助けてくれたのか、どうして存在しているのか、何が目的なのかなんて。そんなあれこれが頭の中に浮かんだけれど、星守のにへらとした顔を見てしまったら、なんだかどうでもよくなってしまった。


 だから俺も、改めて空を見上げて言う。


「ありがとうございます! おかげで助かりました!」


 果たしてこれに意味があるかはわからないけれど。

 どちらにせよ。いずれにせよ。


「すごかったです。UFO」


「確かにすごかったが、ああいう得体が知れないのには迂闊に近づくなよ」


 星守が俺のことを、すごい頑張って助けてくれたことだけは伝わった。


「その時は、またいち君を頼るのですよ。いち君といれば、安心なのです」


 またこいつは、何の根拠もないことを言う。

 頼られるこっちの気持ちになってみろって話だ。


 そんな風に思いながら俺は、帰り道も星守と手を繋いで帰るのだった。

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