薬物チュー毒
おみそ
薬物チュー毒
俺は健康ゆえに“薬”が手放せない。
子供の頃は体調不良の時に服用するくらいだったが、大人になった今は健康の為に欠かせない。
その出会いは十年ほど前に遡る。
社会人、ましてや新人となると簡単には仕事を休めない。
故に、倒れて病院に運ばれるなんてあるあるだ。
今思えば、馬鹿ともいえる。
病院で目覚めた俺。
目に入ったのは、慣れた手付きで処置する看護師だった。
「目が覚めたんですね」
「…………何日、寝てたんですか?」
「……15分程ですね」
そりゃそうだよな。
処置してる最中なのだから。
……しかし、気まずい……気まずすぎる。
「けど、意識が早く戻って良かったです」
この一言にどんなに救われたことか。
「医師の診断も風邪なので、直ぐに元気になりますよ」
「そう、ですか……」
真っ白な天井を見て、ふと思った。
何も考えない、ただ寝転がる……何日ぶりだ?
気付けば寝ても覚めても仕事のことばかりだったな。
「……はぁ……仕事、行きたくないな……」
思わず出た言葉。
心の奥にずっとあった本心。
何の為に頑張っているのか……分かんねぇや。
「……あらあら。別の処方も必要ですか」
そう囁かれたと思った瞬間、頬に柔らかいものが触れた。
「え? あ、看護師さ──」
「元気のおくすり、です」
そう言った彼女の頬は、ほんのり赤く染まっていた。
途端、俺の心臓は走り始める。
「あの……もう1回してもらうことは──」
「駄目です」
「で、ですよねぇ……ははは……」
何言ってるんだ、俺は!
当たり前じゃないか、こんなこと──
「“1回”ではなく、“1錠”“1包”なら構いませんよ」
……そっちかーい!
けど、いいのか? いいなら──
「1日2回、1錠ずつってのは……はは……駄目です、よね?」
「シフトの都合で担当が替わることもありますが、可能ですよ」
俺は心の中で叫んだ。
心の中で踊って、歌って、走り回った。
通院処方、半年後。
数人の看護師に処方を受けつつ、頬から始まった処方は距離を縮めた。
そして、ついに──
「明日からは、コチラに……1錠……」
看護師は俺の唇に人差し指を当てて言った。
……マジかよ。
流石の俺も興奮から、中々眠れなかった。
翌朝、夢は覚めた。
……いや、むしろ悪夢か。
「1日2回、1錠なそうだな」
よりにもよって、男性看護師だった。
聞くところによると、急な体調不良の看護師の替わりなんだとか。
ウイッグを着けてはいるが、明らかに女ではない。
声も顔も体格も……何より、ウイッグが適当。
「えっと……今日の処方は結構──」
言い掛けたところで、唇に何かが当たった。
「不慣れですみません」
この一言で文句が言えなくなった。
小心者め、こんちくしょー。
「い、いえ……大丈夫です……」
正直、吐きそうだ……
「……元気、出たか?」
しょんぼりすんなよ。
俺だろ、その顔すんの……
くそ……っ
「……はい、元気出ました」
後悔先に立たずとは、まさしくコレの事だ。
この日から、処方サイクルに彼も加わったのだ。
それが幸か不幸か……それから3ヶ月経つ頃には、“1日3回、1錠”になっていた。
彼が担当の日は体調不良になることが多く、女性看護師の日は調子がいい。
そりゃそうだよな。
しかし、夏休み休暇で彼しかいない地獄のウイークが俺を変えてしまった。
これが彼の提案した“1日3回、1錠”だった。
今ではもう、健康ゆえに“薬”が手放せない──
(終)
薬物チュー毒 おみそ @childollxd
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