第11話 水族館に行こう
そこは、トゥルム・デス・メーレスという水族館だった。十階建てのコンクリートの高い塔で、戦争のときには大砲を設置する施設だったらしい。でも平和な時代にそれを改造して、水族館にしたんだって。
ムジカ共和国は海に面していないから水族館は珍しくて、観光スポットにもなっているんだ。
「でも、デートかなあ? 絵とか音楽とかと違って、お魚見てもあんまりときめかなくない?」
個人的に動物ってあんまり興味がなくて、あんまりそそられないスポットなんだよね。いつも戦ってる悪魔の顔、なんかの動物なことが多いし。
それを聞いて、ルクスたそは突然立ち上がった。
「何言ってるんですか!」
「えっ」
すごい勢いで熱く語り始める。
「デートスポットといったら水族館でしょう! カップルといえば水族館、水族館といえばカップルです!」
あーしはぼけーっと聞いていた。なんか、怒られてる?
「運動が苦手な方や芸術を知らない方でも楽しめますし、雨の日のサブプランにもうってつけです。世の中のカップルは、水を漂う動物に自分達を例えてうっとりするのです!」
その熱量に圧倒されて、あーしは完全に押し負けた。
「そ、そーなんだ……めんご、めんご。あーし、行ったことないから、わかんなかったよ。ルクスたそ、経験豊富なんだね!」
そう言うと、たそはまた顔に手を当てて小さくなった。
「はい、まあ……」
「ん?」
「……本での経験、ですが…………」
それって経験というのだろうか。あーしは読書とかしないから、よくわからなかった。
「すみません。わたくしなぞが、意見してしまい……!」
突然引け腰になる。なんだか忙しい子だなあ。
あーしはそんなルクスたそと、ぎゅっと腕を組んだ。
「ううん、すごいよ、ルクスたそ! あーし、自分の好きくないことぜんっぜん興味ないから、水族館って発想なかったんだよね! どうせ時間ないんだし、ダメ元でも行ってみようよ!」
「はいっ!」
そこに行けば、悪魔も現れるかもしれない。わずかな望みをかけ、水族館を目指した。
水族館、トゥルム・デス・メーレスは灰色の縦に長い建屋だ。その無骨な塔の中には綺麗な水槽がたくさんあり、色とりどりの生き物が泳ぎ回る。そのギャップからけっこう人気はあるんだ……とはいえ。
「たそー。眠いよー」
あーしは、興味がないものは、ない。追い詰められればやる気が出るとか、そういうこともない。目をゴシゴシこすりながら、ルクスたそについていった。
「わああ」
それをよそに、彼女は楽しそうに水槽の魚を見てた。四方の水槽を行き来する海の生き物たち。確かに珍しくはある。
「サメさん! クラゲさん! ペンギンさん! みなさん、可愛いですー!」
子供みたいにはしゃぐルクスたそは、見ていてとても楽しい。
「ポラリスさんも、一緒に見ましょうよ!」
あーしの両手に肩をかけ、水槽の前に押し出す。
でも、何を楽しめばいいのかよくわからなかった。
「う〜ん……ギブ、ギブ!」
「ポラリスさん……」
「何が楽しいのか、わからないよお」
我ながら赤ちゃんみたいとは思ったけど、立派な大人なつもりは最初からない。そんなあーしに、ルクスたそは眉尻を下げた。
「そうですか……仕方ないですよね……興味のないものは」
見るからにしょんぼりしている。
「すみません……わたくしばかりはしゃいで……つまらないですよね……」
それを見てあーしは、なんだか寂しい気持ちになった。
たそとは、たった一人だけ、好きなものを共有できた。
でも、好きじゃないものは、共有できないのだろうか。
あーしはずっと一人で戦ってきた。一人の時は、自分の好きなものだけ関わっていればいい。
でも、今はルクスたそがいる。
小悪魔系については同じように好きだけど、当然好みが違うものもある。
それは触れなくても、一緒にはいられるのかもしれない。でも、そうだとしても……ルクスたその好きなものは、少しでも解りたいなって思った。
世界で唯一、一緒にサイキョーカワイイエクソシストを目指す相棒として。
そうだ。
ルクスたそは、苦手なムジカハウゼンでも、歌ってくれたんだ。そして、歌を好きになってくれたんだ。
あーしもルクスたその好きなもの、知りたい!
パチンと、両の頬を叩いた。
「ポラリスさん?」
「めんご。ルクスたそ、あーしが間違ってた」
彼女の目をじっくりみる。
「カップル感……出してこっ!」
「おおっ」
たその目が輝いた。期待に満ちた目だ。わくわくした顔であーしを見てくる。これに少しでも応えたい。
あーしは必死に考えた。どうしたらカップル感を演出し、悪魔を呼び寄せられるだろう。腕を組む? 顔を寄せる? いや、それなら今までもやってきた。今までと違うのはなんだろう?
来る前の、ルクスたその言葉を思い出した。
--水を漂う動物に自分達を例えてうっとりするのです!
それだっ。
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