第10話 一緒に歌おう

 二人の顔に『ポラちゃむ』『ルクスたそ』、その下に『ズッ友』と丸い文字で書いてある。本当はダメだけど、悪魔の力で二人の姿を映した写真を作ったんだ。


 プリント能力なので、略してプリと呼んでいる。


 たそ、けっこうこれにはノってくれるので、三日間で何枚も撮っていたんだ。


「プリ帳に貼ろーっと」


 あーしは手帳を取り出してペラペラめくり、写真を貼った。シールにもなっているんだ。だいぶ二人のプリも増えてきた気がする。


「それ、ずっと持ってますけど、なんなんですか?」


「プリ帳! プリを貼るんだー。たそとの思い出作りだね」


「なんだか気恥ずかしいです」


 ペラペラめくると、ここ最近はルクスたそがいっぱいだ。


 しばらく前は、何もなし。組織でめちゃくちゃ嫌われてたからね。


 そしてもっと前をめくると……小さいころのプリ。


 十年前、夜の杓をくれたお姉さんと一緒にいるあーしの写真が出てきた。


 小悪魔なファッションをするお姉さんと、そのマネをするあーしだ。


「昔のポラリスさんですか?」


 ルクスたそがちらっとのぞいてきて、微笑んだ。


「小さくてかわいいですね!」


「あっ、見ちゃだめ」


 慌ててあーしがプリ帳を閉じると、ルクスたそはくすくす笑う。


「うふふ、そーですか、小さいときの姿はお恥ずかしいですか。ポラリスさんにもかわいいところありますね」


「な、なにそれー。あーしはいつもカワイイんだけどっ」


「そうでしたね」


 嬉しそうに頭を撫でてくる。変なスイッチが入ったみたいだ。さっき、あーしのことをお姉さんだって言ってなかったっけ?


 でも、あーしはちょっとほっとした。


 プリ帳を隠したのは、自分の小さいころを見られたくないからじゃなかった。


 --ルクスたそは、どぅーちゃむ……あのお姉さんとちょっと似ている。


 それがたそに知られるのが嫌だった。


 『憧れの人と似てるから大切にしてる』、みたいに思われたくなかったんだ。


 いや、ルクスたそがそう考えると決まったわけじゃないけどさ。


 お姉さんとルクスたそは違うから……たそはたそで、大事にしたい。


 だって、たそは憧れのお姉さんともまた違う。好きなものを一緒に好きって言える、たった一人のズッ友なんだから。


 たその頭撫で撫でが終わった。


「じゃあ、わたくしも歌っちゃいますね?」


 ルクスたそ、テンションが上がっているみたいだった。成功だ。こういう子は、うまく乗せてあげればなんやかんや歌っちゃうんだ!


「ららら~♪」


 言ってるよりも、だいぶうまかった。


 でも、それよりもあーしは、その歌自体に驚いた。


 びっくりして、手を叩いてはやすのも忘れたくらいだ。


 あーしは、歌うルクスたそを、ぼーっと見つめていた。


 歌い終わったら、ちらりとこっちを向く。あーしは慌ててぱちぱちと拍手した。


 たそはちょっと不安そうに聞いてきた。


「すみません、聞き苦しかったでしょうか? それとも、全然興味のない歌だったとか?」


「う、ううん! めっちゃうまいよ! しかもめっちゃいい曲! ルクスたそ、ムジカハウゼン連れてきてよかったー! また来ようね!」


 あーしがなんとか取り繕うと、ルクスたそは喜んでくれたみたいだった。


「わたくしも楽しかったです。苦手だって決めつけず、歌ってよかったです!」


 上機嫌だ。


「た、楽しんでくれてよかったよ」


 そうやって、ムジカハウゼンを出た。


 あーしの頭の中はルクスたその歌でいっぱいになった。


 だって、ルクスたその歌っていた歌は。


 --あーしの、思い出の『歌』。


 --十年前、災害が起こる前に、お姉さんが歌っていた『歌』。


 七災星が現れるとともに、人々の心から忘れ去られた『歌』だったからだ。


 あーしだけがそれを覚えている、そういう思い出の一曲だ。


 でも、あーしはそのことについてルクスたそに話せなかった。


 ルクスたそが、お姉さんと重なるのが……やっぱり、嫌だったから。


 ルクスたそは、ルクスたそだけであってほしいと、そう思ったからだ。


 一緒に楽しく話して歩きながら、ちょっとだけ胸がちくりと痛んだ。


 そのときだった。


『そろそろ、潮時ですかね』


 耳の奥から通信音声が来た。


「げっ、シリウス君」


『げっ。ではありませんよ、ポラリスさん。組織としても、そろそろ我慢の限界です。時間が経ちすぎています』


「そうは言っても、リート市のどこで行方不明になってるかわからないんだからさ。三日じゃ遊びきれないよ」


『遊ぶことが目的になっていませんか。七災星がいつ現れるかわからないのですよ。我々には一刻の猶予もない』


「ぐぬぬ」


 ネチネチ言われるのはむかつくけど、正論すぎて何も言い返せなかった。


『本日中に見つけ出せなければ、任務は失敗とみなし、アクルクスさんには組織の訓練を受けてもらいます』


「そんな強引な!」


『あなたが言う言葉ではありません。本日中ですからね』


 にべも言わさず、通信は切られた。一部始終を聴いていたルクスたそと目を見合わせると、心配そうに眉を下げている。


「困りましたねえ」


「むむむ、急がなきゃなんだけど」


 あーしは、ルクスたそに地図を見せつける。


「もうないよね? 行く場所」


 探索済みのバツ印だらけだ。あーしはルクスたそと楽しく過ごしていたけれど、結局悪魔は現れていない。頼みのムジカハウゼンもダメだった。


「見せてください」


 ルクスたそはいつもよりもっとマジメな顔で地図を見た。


「カップル感が足りないのかなあ。もっとカップル感が出せそうな場所ある?」


 ベンチに座って足をバタバタさせていると、ルクスたそが叫んだ。


「あっ! ここですっ!」


 びっくりした。彼女は地図の一点を指していた。


「……水族館?」


「はい、ここにまだ行ってませんっ!」

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