無限ホテル来訪記
伊福千折
ホテルω
無限ホテルの存在する星系「ヒルベルト-H1」星に来た。この無限ホテルというのは、地球の過剰人口の問題を解決するのに有用だと思われているらしい。有人惑星探査機「プローブω」に乗ってきた俺は、まず無限ホテルのデカさに驚く。だが、それと同時にどう見ても有限な大きさしかないそれを見て、本当に無限人を泊めることができるのか疑問に思う。クヨクヨと悩んでいても仕方がない。疑問は実地調査をすることで解決される。
ホテルについた。ホテルの名前は「ホテルω」というようだ。俺の乗ってきた探査機もωがついているからどことなく親近感がある。
ホテルへ足を踏み入れると、煌びやかなホールが俺のことを待っていた。ホールにはたくさんの椅子があり、そしてバーもある。また、レクリエーションのできるスペースなどもあってかなり快適そうだ。
いや、俺は快適さのためにホテルに来たのではないのだ。ホテルに若干の罪悪感を覚えつつも、受付へと進んだ。
「すみません。ここが無限ホテルでしょうか。」
「そうです。ここが無限ホテルでございますよ。どんなに人が来ても宿泊可能。」
続けて受付が言った。
「たとえ満室であっても、ね?」
満室であっても、人を泊められる?それは満室と言えるのだろうか。
「はい、満室でも宿泊できますよ。あなたの満室の定義によりますが。当ホテルでは満室は、どの部屋に入ってもお客様がいらっしゃることだと定義しています。」
確かにそれは満室そうだ。直感に反するが、確かに有限の場合では満室ならばどの部屋番号を言ってもそこには客がいるし、逆も然りだ。
「例えば、私がもしここに宿泊したとします。そうしたら、ホテルはどのように満室状態で私を受け入れるのでしょうか。」
受付嬢は少し困った感じで笑みを浮かべながら言う。
「そうですね、私にもあまり伝えられていないのですが、おそらく宿泊していただいている方々には部屋一つ分の移動が命じられると思います。しかし大丈夫です。なぜなら、我がホテルの開発した部屋の中を別の部屋にテレポートさせる技術、『移るんデス』を用いれば、お客様に負担なくお部屋を移動していただけますから。」
「では、これは冗談ですが、仮にこの無限ホテルを満室にできるくらいの数の"私"が来たとして、その時も無限ホテルには"私"たちは泊まることができるのでしょうか。」
受付嬢は少々考えたのちに結論を述べた。
「ふふっ。はい。簡単に泊まることができますよ。部屋番号を二倍したところの部屋にお客様方をテレポートします。これによって、部屋番号が奇数のところが空室になりました。そこに"あなた"たちを収容します。収容したのちに、上に報告します。無限人の同一人物が来たー、とね。」
無限人の俺、か。自分で考えて、広漠とした大地に"俺"たちがひしめいている様子を考えて気持ち悪くなった。俺は世界で初めて自己をPTSDにした人物になった。
「さらに飛躍させて、部屋数分のお...、えー、私を部屋数分コピーペーストしたらどうなるのでしょうか。」
「その場合でも問題ないかと。その部屋数分のあなたを部屋数分コピペしたとしてもそれは結局部屋数分のあなたがいるのと何ら変わりがないのですよ。ですからホテルは問題なく受け入れられますよ。」
さて、ここで俺にはムクムクと性格の悪い考えがもたげてきた。この無限ホテルに入りきれない"俺"を用意してやって、この受付嬢を困らせてやりたいと考えたのだ。
部屋数のコピペをし続けてもどうせ意味はない。もっともっと俺を効率よく用意しなければならない。
「どうされたのですか。そんなに深く考え込んで。何かお困りなことでもございましたか?でしたら、この私にお任せください。私、これでも結構優秀ですよ。色々後輩からも頼られてましてね。」
困った。こう言う時には何か返さなければならないが、ホテルに泊まれないくらいの"俺"を用意する方法を探しているというのは、少し申し訳ない。一方で、結構ですと断るのも角がたつ。そうなんですね、とでも言っておこう。
「そうなんですね。具体的にはどういうふうに頼られているのですか?」
「例えば、スカスカなものをギュッと詰めたものにする方法を教えたりとか、あと関数の接続を考えたりとか、そういうことを頼ってくれるんですよ。いいですよね、後輩って。」
「趣深いですね。」
会話に重力がかかったみたいにシーンとしたあと、気まずい空気が流れた。
今のうちだ。話しかけられないうちに方法を思いつくのだ。
そうだ、受付嬢の言った写像を考えればいい。写像を考えれば、絶対に無限ホテルは受け入れられない。だが、これを"俺"に喩えて言い換えるにはどうしたらいいだろう。部屋番号を部屋番号に対応させる方法くらい多い"俺"とか?いや、これはあまりにも直接的すぎる。もっと直観的にわかりやすい言い換えが欲しい。
思いついた。"俺"をホテルの部屋数分集めたものを部屋数分コピぺするというのを部屋数分繰り返す、という言い方はいいだろうか。この言い方はすごくわかりやすい。
「おれ...いや"私"を部屋数分集めたものを部屋数分コピぺするというのを部屋数分繰り返す、としたら、この無限ホテルはこいつらを受け入れてくれますかね。」
受付嬢は急な会話の遡及に驚いたようだが、すぐさまあごに手を当てて真剣に悩んでいるようである。時折、ふむ...とか、ん...とか悩んでいる声が聞こえる。
そして結論を出した。
「そしたら、多分無理だと思います。というかそれはおそらくオーバーキルな表現の仕方だと思います。例えば、このような表現でも事足ります。
"あなた"を部屋数回倍々に分裂させた集団はホテルに泊めることはできないとか。」
確かに、このような表現でも良いというのは確かだ。その方が俺の解答よりはるかにスマートだろう。俺は内心悔しがったが表には出さないように努めた。受付嬢が気に病んだら本当に申し訳ないからだ。
そうして俺は無限ホテルを後にした。本当にあのホテルが無限人止まれるのかは不明だった。だが、多分あそこのホテルは無限ホテルではないのだろう。我々は常にほとんど有限の世界で生きているのだから。ではあの受付は何者だったのだろうか。単に話題に詳しい人だったのだろうか。
それは誰も知らないところである。
無限ホテル来訪記 伊福千折 @Khinchin
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