第22話 父の最後の命令と、少年兵の決意と
―― 2003時 市役所内 ――
『……本日1401時――天宮大佐が戦死しました……――』
「……天宮大佐が、戦死した……?」
『はい……』
「…………」
一瞬、言葉を失った。聞き間違いかとも思った。
あの父が、戦死するなど……
そんな現実は、到底受け入れられなかった。
確かに、”前線”に出ているとはいえ、最近はあの基地からほとんど動いていなかったのに……
だから、まさか――いや、ありえない。
戦死するなんて、ありえない――
いや、覚悟はしていた。今朝だって……だけど……
ありえないのに、という拒否感が強まった……
だが、現実がそれを拒否する。
「……なぜ?」
思わず、何と返して良いか、わからずに出た返事がそれだった。
『遠距離からの、狙撃です……指令室で明後日の護衛任務の打ち合わせの時に、窓から狙撃されて……即死でした』
「………………」
ふと、あの時の違和感を、いま思い出した。
確か、父がいた指令室――校長室は南向き――
いや、西向きだ。
そして、赤殺しがいたマンションは、基地と
……昼頃、あの赤殺しが最後に放った銃弾。
どこ狙って撃ったのか――
そうか、あの時には、既に父は――
この世から去っていたのか……
……あの時の違和感は、これだったのか。
『英雄でした……天宮大佐は……我々、日本★赤軍にとって……惜しい人物を失いました』
無線の主が、淡々と慰めの言葉を紡いでいく。
唯一の遺族である、この俺に……
けど、そう言われても、俺は何とも感じなかった。
未だに、父が死んだという忘失感は来なかった。
それは、たくさん人が死んじまって感覚が鈍ってしまったからか、
それとも、いずれは覚悟していたからなのか……
……ずいぶんと、薄情な息子に育っちまった。
だから、”今”を見て、言った。
「……現在の”宿題”は続行ですか?」
『……はい?』
「大佐が戦死しましたが、指示の変更は?」
淡々と、いつもの軍隊口調で答えた。すると、相手も冷静になったのか……
『……変更はございません。引き続き、宿題を果たしてください』
「了解しました」
『…………』
しばらく無音が続いた。
重苦しい沈黙の中、無線の最後の音が静かに消えていった。
今、この場には俺と曹長しかいない。
その誰もが、何も言わなかった。
また静寂が訪れ、空気は冷たく、ひどく静かだった。
それが、なぜか心をざわつかせた。
俺の父が死んだ。
もうすぐ戦争が終わろうとする時期に、殺された。
母は昨年病死して、唯一の家族だった天宮正二が、この世界から消えた。
生まれる前に始まった戦争で活躍して、英雄と称され、こんな国の為に戦い続けた軍人は、散った。
そんな父の姿が、どうしても思い浮かばなかった。
――”あの子”の顔が、真っ先に出ているから。
だから、隣にいる山田曹長を見た。
曹長は、悲しそうな顔をしていた。
あの無線を聞いていたであろう曹長は、何も言わずに、ただ身を寄せてくれた。
それが、なぜか心地よかった……
そんな曹長に告げた。
「曹長」
「はい」
「至急、尉官クラスを呼んできてくれ、この事を話す」
「了解……」
――――――――――――――――――――――――――
……夜間もあって、少し集合に時間がかかったが、周囲に散らばっていた尉官クラスの学徒兵たちに労いの言葉をかけつつ、俺は淡々と話した。
天宮大佐が戦死したことを――
その言葉に、周囲の尉官たちは一瞬顔を曇らせ、誰も口を開こうとはしなかった。
高畑少尉が黙礼するようにうなずき、中村少尉も手を胸に当てている。
「……ご冥福をお祈りします」
誰かがそう言った。誰だったのかはもう覚えていない。
ただ、俺は頷いて、それ以上は何も言わなかった。
それ以上、彼らは俺の感情に深入りしなかった。それは、戦場で散々に学んだ最低限の礼儀だ。
その後、今後の予定も伝えた後、解散した。
―― 2219時 市役所 保管資料室 ――
あの後、俺は一人で再び資料室に来ていた。
目的は、この町の地図。
そして、とあるマンションの名を――
あの職員が赤殺しの撃たれる直前、俺に鍵を託してきた。
『ニュー○○マンションの301』という言葉と共に……
……俺は、その場所を探している。
けれど、なかなか見つからなかった……
「……この地図、”戦前”のか……」
この資料室で唯一見つけた地図は、古いものだった。
今と違って、”方角”があべこべになっている古い地図。地名も若干違っていた。
それが妙に、俺の探す手を遠ざけてくる。
……気づけば、探し始めてからもう15分以上が経っていた。
未だに見つからないことに、徐々に苛立ってきた時、部屋の扉が静かに開かれた。
現れたのは、山田曹長だった。
「……曹長か」
「ええ……一人にしておくのが、少し不安でしたから」
言いながら、彼女は自然な動きで俺の隣に立ち、広げた地図を覗き込む。
「……一体、何を?」
「あの職員が言っていたマンションを探している」
「マンション……?」
そう言うと、ふと曹長は資料室の窓の方に視線を移す。東側の夜景を、じっと見つめた。
その先にあるモノを、見ているのだろう――
……なぜだろう、少しだけ嫌だったので、話題を変えた。
「先の話、もう広まっているか?」
「一部で広まっています。重度の話好きが数人いる為、明日には全員に知れ渡るかと」
「だろうな……」
「……何か、気になることでも?」
曹長が、静かに俺の顔を覗き込む。
……正直、今の彼女に言うのは気が引けた。だから、代わりにもう一つの不安を口にした。
「……俺の威厳って奴は、親父が英雄だったってのが大きい。それが死んじまった今、もしかしたら、みんな俺の言う事を聞いてくれないかもしれない……もう死んで来いって言っても聞いてくれないだろうな――」
「――それは、ありえません」
即答だった。思わず彼女を見ると、その表情は真剣そのものだった。
「これまでの天宮くんの指揮は、すべて天宮くんの実力によるものです。決して、お父さんの威光によるものではないですよ」
「……そうか?」
「ええ……そんな理由で命令を無視するような子達は、この部隊にはいません……全員、これまでの天宮くんの指揮を信用しています。だから、その事に関しては、安心してください」
「……そうか」
俺の次に、部隊に詳しい彼女の言葉には、説得力があった。
「……ありがとう」
俺は素直にそう返した。表情も納得したように見せる為に、やわらかくして。
けれど、曹長の顔からは、まだ何か言いたそうな影が消えていなかった。
無理もない……そろそろ本題に入るべきか……
すると彼女の方から、静かに振ってきた。
「今――天宮くんは、何をしたいですか?」
その言葉は、不意を突くように胸に刺さった。
――“何をしたいか”
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
今まで、俺は命令を実行する側だった。誰かに言った通りに、何も考えずに動いてきただけだった。
例え理不尽な命令でも、従うしかなかったから……
……だが、その命令を与えてきた父は、もういない。
机に広げた地図の上に、ふと視線を移す。
そこには、父が渡してきたメモが置かれていた。
無意識に置いたのだろう。それが目に入った瞬間、父の声が蘇る――
『――さて、もう一度言うぞ……もしも、あの子に会えるとしたら、会いたいか?』
「……手掛かりが、そこにあるのなら、行きたい……そして、会えるのなら……」
「会いたい……ですか?」
「……ああ」
「なんの為に?」
「…………」
言葉が詰まった……
今、親父の代わりに話している奴には、とても言いづらかったから……
彼女を更に傷つけてしまう気がしたから……
しばらく、沈黙が続いた後、その彼女がふっと微笑んで言った。
「私も、行きます」
「……え?」
突然の宣言に、俺は驚いて曹長を見た。
「護衛として、ですよ……それに、大尉を一人で行かせるなんて、絶対にさせません」
その瞳には、凛とした覚悟が宿っていた。
そして、まるで天使のような笑みで、続けた。
「私は、見届けたいのです……その先で、天宮くんがどう選択をするにしても……私は、それを受け入れますから……」
「山田さん……」
彼女の指が、地図の一点を差した。
そこには、『ニュー○○マンション』と記されていた。
前線基地と、この市役所とのちょうど中間地点。
――そして、父から託された紙に書かれていた住所と一致していた。
「ついに見つけた……」
それは、そこが、みーちゃんの家だった。
そして――あの『赤殺し』が狙撃していた――あの時、父を撃ち抜いたマンションでもあった。
……探していた目的地が、”彼女”によって見つけられた……
……奇妙な符号が、すべてその場所に集まっている気がした。
そんな彼女は優しく、しかし確かに言った。
「行ってみましょう。今の”みーちゃん”に繋がるかもしれない、糸を辿って」
その言葉を聞いた時、俺は、その言葉を胸に刻むように、無意識にポケットの中の鍵を強く握りしめていた。
―― 2308時 ニュー○○マンション付近 ――
夜半、俺たちは静かに市役所を出た。
街は、凍りついたように静かだった。夏とは思えないほど冷たい風が、瓦礫の隙間を吹き抜けている。
そんな廃墟と化した街の家屋の間を、慎重に、息を潜めながら進む。
目的地は、あのマンションだ。
部隊から離れる際、部隊の指揮は、高畑くんに任せた。
離れる理由として「少し気分転換に」とだけ伝えたが、それで十分だった。
外は暗く、月明かりを頼りに進んでいく。
無論、ライトは持っている。
けれど、ここは戦場。万が一、赤殺しに気づかれれば、会う前に撃ち抜かれる。
みーちゃんに会えずに、そのまま親父に会いに行く為、使えなかった。
……まだ、俺は死ねない。
……まだ、終わらせるわけにはいかない。
親父には悪いが、やっと掴めた”チャンス”を逃さない為にも……
俺たちは、言葉ひとつ交わすことなく、廃墟の狭間を抜けていった。
――――――
―――—
――
「ここですね……」
「ああ、ここだな……」
やがて、目的の建物が現れた。
『ニュー○○マンション』の文字が、月明かりに照らされて静かに浮かんでいた。
見上げると、外壁の損傷は意外なほど少なかった。301――その部屋が無事であってくれれば……
「301……その部屋が無事だといいですね……」
「そうだな」
そこに、何かしらの手掛かりがあるのかもしれないから……
そう願って、 俺たちは静かにマンションの敷地へ足を踏み入れた――その刹那だった。
「――誰だ!!」
鋭い怒声が、真っ暗な空気を引き裂くように飛んできた。
次の瞬間、正面から強烈な光が照射される。
目が焼ける。
肌が刺される。
思考が凍りつく。
「ッ……!」
とっさに腕で目を覆う。だが遅かった。光は脳裏に残像を刻み、視界を奪った。
山田曹長も息を詰め、俺の肩に触れるか触れないかの距離でぴたりと止まった。
俺たちの動きが止まったまま、世界が凍りついたように静かになる。
――誰だ。
この時間、この場所で、声を上げたのは誰だ。
味方か? それとも、敵か。
ライトの向こうは見えない。眩しさの向こうで、人影が二つ揺れる。
その手には、銃を構えるシルエットが、確かに見えた――
※続く
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