あの輝きは、星じゃない(上)

 星は、俺たちが生きるよりずっとずっと前に光を送って、それがいつだかわかんないくらい、途方もない年月の末に、俺たちのところにそれを届ける。それがようやく、俺たちの目に見えるときには、その星はもうないかもしれない。確か、それを教えてくれた先生は、俺たちが卒業する前に精神を病んで、教師を辞めた。先生の言葉は、俺には届いてたのに。先生は消しゴムみたいにみるみる痩せて、そのまま無くなってしまった。

 それが、俺にはどうにも悲しいことに思えた。先生は優しい人だった。だから、いろんなことに一生懸命で、自分が減ってくことに無関心だった。俺には、多分何もできることがなかった。

 届かないならなんで、俺たちは叫ぶんだろう。それなら最初から、そんな風に生まれてきたくなかった。光らなくてもいいように、遠くの誰かではなく、近くのあいつに届けばそれでいいのに。俺にはそんな簡単なことすらできない。

 

 大きく輝く、それが俺の名前。両親には、随分な名前をつけてくれたもんだなといってやりたい。俺にとって、それは呪いみたいなもんだ。名前ってやつは、俺の在り方とか人生とかを、ガッチガチに固めて、決めてしまう。みんなはたぶん名前からいろんなことを連想するだろうし、俺はそれっぽいキャラ付けを求められる。

 俺って、なんだっけ。時々無性にわかんなくなる。どうやら、なんでか俺は人に好かれるみたいで、バレンタインにはチョコ大量にもらったし、部活じゃ先輩から可愛がられたし、先生から怒られたことなかった。周りにいる奴らに恵まれてたってのもあるかもしれない。みんないい奴だったし、俺の学生生活はそいつらのおかげですごく楽しかった。

 何やっても、大気は仕方ないな〜、大輝はそういうやつだからな〜、大輝は。って、笑って許してくれる。そういう時、首の後ろが急に辛いもの食べたみたいにかっと熱くなって、痒くなる。なんでかはわからない。

 俺はそれなりに人生をうまくやっているんだと思う。中学の時にも、高校の時にも、大学生の時も、今も、小石に躓くことがあっても、膝を擦りむいたり鼻血を出すような、まして骨を折るような大怪我はしたことがない。 でも、そんな俺を馬鹿にするみたいに後ろからいつも見てる奴がいる。今も、今もずっと俺の背後で、俺が失敗するのを今かと待っている。

 

 俺の初恋は幼稚園のミユキちゃん先生で、絶対にハルキではない。それだけは言っておきたい。ハルキ、というのは俺の幼馴染の名前だ。男みたいな名前をしているけど、異性で、親同士も仲が良かったし、家も隣同士だったので、俺たちは自然と、つるんでいた。

 幼い頃のハルキは、体もデカくて髪も短かったので、俺と全然変わらなかった。俺たちはいつも日が暮れるまで公園やら、道路やらを駆けずり回り、服を汚して両親に怒られたものだった。俺たちは一番の親友だった。なんでも話し合えたし、たぶんわかり合っていたはずだ。俺にとってのハルキは、いつまでもハルキだ。

 

 でも、周りはそうじゃなくて。

 俺たちは大きくなるにつれて、どんどん形の違うものになっていった。自然と、俺たちはふたつに分けられた。中学生になると、俺とハルキはからかいの対象になった。俺はそれがすごく恥ずかしくて、嫌で、でもハルキと離れるのはもっと嫌だった。俺たちは親友なのに、どうしてこんなに馬鹿にされないといけないんだろう、と本気で思っていた。俺と違って、ハルキは全然気にしていなかったし、何を言われてもどこ吹く風という感じだった。

 俺は男で、ハルキは女だった。でもそれは、俺たちが生まれた時に遺伝子が勝手に決めたことで、俺たちが選んだことじゃない。だから、俺たちが友達であることと、俺たちが異性であることは全然違う話だ。なのに、周りはそれを許してくれない。

 

 ある時の放課後、俺は、ハルキじゃなくて別のやつと帰ってた。その時、ハルキは学校の図書館に入り浸るようになって俺とはあんまり遊んでくれなくなった。無理やり連れ出そうとすると、すごい怒るし、外に持ち出して本を汚したらどうする!と言われたらもうどうしようもない。

 なんでそんな話になったのか、もう思い出せなかった。けど、俺の二歩くらい先を歩いてたケンちゃんがふと俺の顔を見た。目が合う。ケンちゃんは鋭い、狐みたいな顔をしている。パッと見た感じは、キツそうだけど話してみると良いやつだ。野球部だから声がでかいけど。

「大輝はいいよな、彼女持ちだし」

 ケンちゃんが言った。

「え、俺彼女いないよ」

 俺は言った。女子に告白されることはあったけど、なんかピンとこなくていつも断ってる。好きな人いるの?と聞かれても、適当にはぐらかしてる。

「ええ?いつもあの……本ばっか読んでるやつといるじゃん」

 ハルキは、確かに暇があれば本ばっかり読んでる。教室の端っこにいて、誰とも喋んなくて、でも喋ったら楽しいやつだ。ハルキは俺よりいろんなことを知ってる。俺の話だって、聞いてくれる。ハルキにべたべたしてると、本が読めないって怒られるから最近はやんないけど。

「ハルキは、そういうんじゃない。友達だ」

 そういう、と自分で言って首を傾げる。どういうなら俺とハルキは正解なんだろう。というか、誰がそれを間違いって決めんだろう。

「好きじゃないの?」

「……うーん、好きだとは思う」

 たぶん。俺たちはそもそも好きとか嫌いとかじゃなくて、一緒にいるのが当たり前だった。今更、そこ抜きに話せない。でも、それをうまくケンちゃんに説明できる気がしない。

「じゃあ付き合えばいいじゃん」

「なんで?」

「そういうもんじゃん」

 そういうもん、って何。

 俺にはそれが難しくてわからない。ケンちゃんは口笛を吹く。英語の時間に歌った、ボンジョヴィのイッツマイライフだった。うますぎて、考えに集中できなかった。結局、俺とケンちゃんは曲がり角で分かれて、俺はケンちゃんに言われたことに答えが出ないまま家に帰った。その日の夕飯は、牛丼だった。

 

 

「ハルキ」

「……何」

「放課後さあ、遊ぼう」

「……何するの」

「えっと……映画見る?」

「あ。言っておくけど、私の部屋には入れないからね」

「俺んちでいいだろ」

 中学生になってから、ハルキは俺を部屋に入れてくれなくなった。別に、俺はハルキと遊べるならどこでも良かった。俺んちのリビングのでかいテレビは、有料の映画見られるチャンネルとかを契約をしているから、暇つぶしにはちょうどいい。俺は、暇つぶしがしたいんじゃなくて、ハルキと遊びたいだけだったけど。

「んー……まあ、いいんじゃない」

 けろり、とハルキは言った。


 俺たちは学校が終わったらそのまま一緒に校門に向かって、家に帰った。俺たちが二人でいると、やっぱりなんかちらちらと見られる。気にしないふりをしていても、やっぱりハルキも俺も、その視線が不愉快だった。

「……だる」

「なー」

 ぼそっと呟いたハルキの横顔は、多分初めてコーヒーを飲んで苦すぎて吐き出した時みたいだった。すっげーぶさいく。

「俺が輝いちゃってるせいかな」

「ナルシストうざ」

「冗談じゃんか」

「あんたが言うと、冗談に聞こえない」

 道路にあった小石を蹴り飛ばしながら進む。あっちにいったり、こっちに行ったり、そんで俺はまたつま先でそれを蹴飛ばす。

「ねえ、危ないからやめなよ」

「ハルキもやれば」

「やだよ、あんたそれで知らない人の車にぶつけてすごい怒られたの忘れたの?」

「小三のときの話持ち出すのはずるいだろ」

「経験から学びなよ」

 ハルキは、俺を見てる。首の後ろにかっと熱が集まる。風が揺れて、ハルキの履いてる制服のスカートがぶわっと広がる。ハルキはスカートの下に年中長いジャージを履いてるから、それが見える。小石が、道の端に吹き飛んでいく。それから俺たちは映画を見たけど、タイトルが思い出せない。

 ヒーローがやたらと偉そうで、鼻持ちならなくて、とにかくむかつく奴だった。出てくるなり主人公に皮肉とか言う。主人公は頭が良くて、綺麗な女の人で、そんなむかつく野郎にもスパッと言い返したりする。そんで、気づいたら二人は惹かれ合ってた。

 なんで?

 俺は大事なところを見逃したのかと思ったけど、途中で寝たりもしてないし、全部ちゃんと見た。でもわかんなかった。ハルキはぼけーっと画面を眺めてたけど、その間お菓子を食べる手が微動だにしなかったから、多分映画が相当気に入ったんだと思う。俺たちは同じものを見てたけど、見ていなかった。

 そのあと俺の親が帰ってきて、ハルキは帰ろうとしたけど、母親の押しに負けて結局夕飯を食べて帰った。

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