第32話

 選手が円陣を組んでピッチに散らばったとき、少なからずどよめきがあったのは北高校の並びに変化があったからだ。

 ここまでサイドハーフで敵陣を切り裂いてきた頼安がボランチでのスタートとなったのだ。

「あくまでも形に拘るって腹だな監督は」

「先輩は作戦聞いてなかったんですか?」

「聞いたところでやれることもねぇしな。んに、ここ一番で奇策に出られるのは監督の強味だってんでこりゃお手並み拝見」

 ともうあくまでも観戦を決め込んだ騎院が気楽に言った。

「瑠璃先生って結構大胆なんですねー」

 翠川もつられて軽い口調で言った。

「いや、むしろ石橋を叩いて渡って考えすぎるから奇策に出るってのが多いんじゃねぇかな。監督の場合は4-4-2の形を崩すか迷った末にって感じだな。つっても頼安もセンスはある方だってんで悪くはねぇと思いたいが」

 ピッチでは練習試合から公式戦通して初めてボランチでコンビを組む優狩と頼安がコミュニケーションを取っていた。

 そうして僅かな時間が過ぎ、キックオフ時刻になる。

 午後の二時、暑さはこの日最高潮で気温は38度を記録していた。


   ✕   ✕   ✕


 試合開始前にスマホの画面を見てちょっと用が出来たンゴと席を離れた城ケ崎を除いた五人で戦況を見守る。あるいは夏休み中の開催でなければ応援に行く機運も高まったのだろうが、しかし、相手校への応援一色のスタンドを見ると物寂しさがあった。

「何だかこっちまで緊張してきたわね」

「公式デビュー戦ですら緊張しなかった君が珍しい、天変地異の前触れ?」

「色々と言いたいことはあるけれどこの気温が既に天変地異よ。……自分の事なら自分でどうにか出来るけれど、ほら、他人事だともうその人任せじゃない? だから緊張するのよね」

「市之瀬さんらしい、ね」

「気苦労は絶えないけれどね」

 市之瀬以下女性陣が固唾を飲んで見守る中、主審が高らかと試合開始のホイッスルを吹いた。

 そうして北高校ボールで試合が始まった前半早々、思わぬ事態が起こった。

 ボランチ起用された頼安がファウルをしてしまい、相手に取って絶好の位置でのフリーキックを与えたのだ。

 壁の枚数は念入りに5枚。

 そうして守護神の守舞が壁の隙間をカバーしようとステップを踏んだとき、あろうことかキッカーの国森は狭い方のコースを選択していた。

 完全に逆を突かれた守舞は動けず、失点。こうして北高校は前半開始直ぐにリードされる展開になった。

 とは言え、キャプテンを任されている野々鐘が声を張っているお陰かグラウンドの選手たちに動揺した様子は見られなかった。

 だから頼安のボランチ起用が間違っていたのではないかとざわつく観客席をよそに、選手たちは落ち着いてプレーしていて、頼安も徐々に持ち前の戦術理解度の高さを発揮したゲームメイクを見せていた。

 のだが、

「相当にまずいなこりゃ」

「ま、まずいんですか?」

 ついさっきまで冴木に坂逆が居なくても全然平気ね! と意気揚々と話していた市之瀬は騎院のそんな呟きに咄嗟に反応した。

「感覚の問題なんでちっとばかり説明すんのが難題何だが、市之瀬妹さんは確かバスケ部だってんだよな? 今までに強豪と戦ったこともあると思うんにそんとき順当に試合が進んじまったってことぁねぇか?」

「確かにあります。しっかりと戦えてるはずなのに気が付いたら負けていた、みたいな」

「ってのが簡単に言っちまうと現状の試合展開って話だな。塩漬け、何て呼ぶこともあるんだが見応えのねぇしょっぺぇ試合にされるんが一番嫌何だがその痛いところを奴さん的確に突いて来やがる」

 では、北高校は最悪な現況で今何をすれば良いのか?

「折角の機会だしな、バスケ部のお三方と睡蓮後輩の意見も聞きてぇとこだな」

「戦術的な変更を加えて現状打破を狙うべきだと思います」

「私も市之瀬の意見に一票、可能なら選手交代等の大胆な戦略もありだろう」

「私は様子見かな。やっぱり市之瀬ちゃんとか冴木ちゃんみたいに大胆にはなれないよ」

「翠川さんの考えに賛成、です」

「なるほどな。まぁぶっちゃけると正解は無いんで甲乙付けらんねぇだがもうちょい状況設定加味すんなら一発勝負の決勝で先2人のはかなりリスキーで後2人はローリスクだな。どっちにしろまぁメリットデメリットはあるしでとかく共通して言える事がひとつある。んだが、どっちの策を取るにしろ次の1点はぜってぇやらせちゃいけねぇってことだな」

「2点差は厳しい?」

「世の中リードしてる側の2-0が一番危険なスコアなんて言葉もあるにしろまぁ追いかける方にしてもかなりきちぃよ。んに、仮に2点追い付いたとしてだな、この暑さで消耗の激しいこっちが延長戦戦い切れるだけの体力がのこってるわけもねぇってんでそうなると90分で蹴りつけるに3点必要とするとだ。やっぱりきちぃよな」

 だからまずは失点をしないことを前提条件として戦うこと。

 その上で考えるなら、

「やっぱり無理に戦術を変えるよりもこのまま膠着状態を維持して後半勝負の方がいい気がしてきました」

「監督も同じ考えみてぇだな。まあとかく紛れで失点しねぇことを祈りつつ、何かの弾みで追い付くことを期待するしかねぇな」

 結局前半は1点差で終わることに成功した北高校だったけれど、得体の知れない、あるいは騎院の指摘していた通りの不安が徐々に色濃く渦巻き始めていた。

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