ユリアと黒石

第六話:青春のやり直し


思いがけず結ばれた、私と真咲さんとの縁。


いつものように真咲さんの自宅に招かれることがあれば、吉原さんや井春さんに偽って夜の街に繰り出したり。

時には昼間から逍遥して、人気の喫茶店を巡ったり、レジャー施設で遊んだり。


暇を見つけては、私たちは逢瀬を重ねた。

無論、どこでどうしていても、経過分のギャランティーは発生しているのだけど。




「───真咲さんのも美味しそうだね。どんな味?」


「思ってたより甘すぎなくて、食べやすいよ。

ユリアちゃんのは?」


「なんか奥の方にザクザクしたのが入ってんだけど、なにか分かんない。コーンフレークかな?」


「一口もらってもいい?」


「いいよ。

そっちのも、ちょっともらっていい?」


「いいよー。いっぱい食べて。」


「やったー、イタダキマース。

……あ。けっこう甘酸っぱ───!」


「えっ、なに!?どうしたの!?」


「底のほう、酸っぱいソース溜まってた……。」


「あー、はは。

甘いので舌慣れちゃってると、余計だよね。」


「ブウゥー……。」


「あはは、おばあちゃんになっちゃった。」




「───あ、ねえ!最初あれ乗ろうよ!」


「ええー。絶対あとでグロッキーなるやつじゃん。

真咲ちゃん絶叫系すきなの?」


「ううん全然。」


「じゃあなんで。」


「こんな時でもないと乗る機会ないなって思って。」


「エエー?

遊園地きたら、まずメリーゴーランドとか無難なのから攻める方が───」


「あれぇ?お客様のリクエストには応えてくれないんですかぁ?」


「コノヤロ。

てか追加のリクエストはルール違反なんですけどぉー。」


「じゃあオプション料、倍払うよ。」


「冗談にマジで返さないでほしいんですけど……。」


「どうしてもイヤ?」


「……ランチ、好きなの選ばせてくれるなら。」


「お安い御用!」




「───ユリアちゃーん。こっち向いてー。」


「なに?あ───」


「イエーイ、不意打ちゲットー。」


「写真?SNSにでも上げんの?」


「わたしSNSは一切やってないよー。」


「じゃあ何用?」


「今日という日を形に残しておきたかっただけ。いけない?」


「……いいけど。

真咲って、たまにホストみたいなこと言うよね。」


「えっ、どこが?」


「そういうなんか、褒め言葉とか、自分の気持ちの、表現の仕方?が……。

ストレートすぎてちょっと、反応に困るというか……。」


「そんなつもりはないんだけど……。

ホストってもっと、主語おおきく言ったりするものじゃないの?」


「たとえば?」


「"キミが愛してくれるなら、世界を敵に回したって構わない"。」


「いや構うだろ。誰が愛すんだよ世界中から敵対されてる男。」


「ノってよそこはぁー!」




楽しかった。

本当に、楽しかった。


たまに身分を忘れてしまうくらい、真咲さんと過ごす時間は、なにもかもが新しくて綺麗だった。


いつからか、自分でも思い出せなくなるほど自然に、"真咲さん"が"真咲ちゃん"になって、"真咲ちゃん"が"真咲"になって。

呼び名が変わっていくごとに縮まっていく距離が、呼び名が変わっても変わらない彼女の笑顔が、嬉しくて幸福だった。




「───いらっしゃい。今日は何をしようか?」




そんな日々を繰り返すうちに、ある思い・・・・が私の中で芽生えていった。


真咲が太客になってくれたおかげで、負債額は一気に減った。

真咲がリフレッシュさせてくれるおかげで、ストレスもかなり和らいだ。

おかげさまで、昼間に出ていたコンビニのアルバイトも、無理なくシフトを増やせるようになった。


"完済してやり直す"が、夢のまた夢ではなくなったのだ。


だから、いつか。

借金が全部なくなって、真咲が私を友達と認めてくれる日がきたら。

今まで私に投資してくれた分、今度はまともに働くことで、少しずつでも返していきたいと。

今度こそ対等な立場として、純粋な友情を育みたいと、思うようになった。




「ユリアちゃん。

来月もまた、一緒に遊んでくれる?」


「もちろん。

真咲が会いたいって言ってくれるなら、来月も再来月も、その先もずっと。

どこへだって、ワタシは飛んでいくよ。」




デリヘル嬢と客の関係を抜けたら、私たちは生まれ変われる。

この時までは揺るがなく、そう信じていた。


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