第五話:友達ごっこ


あのクリスマスイブから二週間後。

二度と会えないかもしれないと覚悟していた真咲さんと、拍子抜けするほどあっさり再会した。


それも以前と同じく、真咲さんの住むアパートで。

私がデリヘル嬢として招かれる形でだ。




「───あのさ。

こないだ別れた時、"もう会うことはないでしょう"みたいな雰囲気出してたよね。」


「えっ、そうだっけ?」


「そうだよ!

また遊びたいから番号教えてよ、とか聞いてくれるの待ってたのに、ぜんぜん知らんぷりだし。めっちゃあっさりバイバイって追い出しちゃうし。

実は結構ショックだったんだけど。」


「ワァ。

ユリアちゃんって、意外といじらしいとこあるんだね。」


「そーゆーことじゃなくて!!

……なんでまた、ワタシを呼んだの。

真咲さんが相手なら、お金なんかいらないのに。いつでもどこでも付き合うのに。

なのになんで、ユリアとしてのワタシを、また呼んだの。」



初対面とは違う意味で、私はまた真咲さんを問い詰めた。


プライベートな交流はNGみたいな顔をして、会うこと自体を拒まないのは何故なのかと。

ユリアとしてのワタシは歓迎してくれるのに、尾田晴子としての私は友達にしてもらえないのかと。



「ごめんね。

ユリアちゃんの気持ちはすごく嬉しいし、ユリアちゃんみたいな人なら、わたしも友達になりたいって思うよ。」


「だったら───」


「でも、だめなの。

ユリアちゃんがこの仕事をしてるから、わたしが役所で働いてるからなんじゃなくて、駄目・・なの。」



申し訳なさそうに、真咲さんは釈明した。

私が食い下がると、今度は寂しそうに、真咲さんは弁解した。



「友達作りが滅法ヘタだって、前に話したの、覚えてる?」


「うん。」


「あれ、積極的にコミュニケーションを取るのが苦手ってのもあるけど、それだけじゃないの。」


「どういうこと?」


「……わたし、もう、普通の人付き合いって、怖くて出来ないの。」




聞けば真咲さんは、同性間での友情に対して、一抹の猜疑心と恐怖心を抱いているのだという。


原因は、かつての曲事くせごと

親しかったはずの友達が、陰で自分の悪口を言いふらしているのを見てしまったから。

笑顔の裏に悪質な本性を隠している人間は、意外と身近に潜んでいるという現実を、図らずも知ってしまったからだそうだ。


いつしか彼女は、誰のどんな在り方にも、まず懐疑の目を向けるようになったらしい。

自ら近付いてくる人、出会って間もない内から慕ってくる人には、特に。



その話を聞いて私は、カルチャーショックに似た衝撃を覚えた。


そもそも世間から見下される立場の私たちは、互いの苦労を知っている分、仲間同士で足を引っ張り合う真似はしない。

逆に公務員など、真昼の世界に生きる人たちならば、エリートらしいスマートな人間関係を築けると思っていたのに。


どうやら世間には、エリートならではの衝突や軋轢というものも、少なからず存在するようだ。




「誤解しないでほしいんだけど、ユリアちゃんを信用してないんじゃないよ。

これはあくまで、私個人の、心の問題。

目の前にいる相手が、どんなに優しい、良い人でも、神様仏様だったとしても。

どうしても邪推が前に出ちゃうのが、今の私ってこと。」


「……うん。」


「お金のことなら心配いらないよ。

今まで殆ど使わなかったから、無駄遣いできる分はたくさん残ってるし。」


「………。」


「だから、お願い、ユリアちゃん。

わたしのために、もう少しだけ、我が儘に付き合って。

わたしがもう少し、大人になれたら、その時改めて、わたしの方から、友達になってくださいって申し込むから。」



真咲さんの気持ちは理解した。

あくまで私を、職業上の"ユリア"として扱いたがる訳も。


それでも。

こうして会って話をするだけの時間に、大事な貯金を使ってほしくなくて。


友情を育む練習として、実験台として自分を相手に望むなら、無償で構わないと。

真咲さんの役に立てるなら、いくらでも時間を作ると、私は説得した。


真咲さんは、譲歩も妥協もしてくれなかった。

私が傷付くことは絶対にしないでくれるのに、私の前向きな提案だけは聞き入れてくれなかった。




「ワタシは、どうすればいいの、具体的に。」


「一緒にいて。

一緒にごはん食べたり、なんでもないお喋りをして。」


「クリスマスの時みたいに、ってこと?」


「そう。」


「……どうしても、金銭のやり取りは必要なの?」


「必要。

病院へ行くのだって、お金がかかるでしょう?

わたしの我が儘───、ほぼ病気みたいなものに付き合わせるんだから、当然の対価だよ。

受け取ってもらえないと、困る。」


「だったら普通に病院に───」


「ん?」


「……いや、いい。」



普段の私だったら、どんな人が相手でも、特別な情が湧いたりしない。


ハリウッド俳優ばりのイケメンであろうと、僧侶並に寛大な人格者であろうと。

妻や恋人には相応しくない女だと、本心では私を馬鹿にしているに決まっているから。


だから尚さら、おかしいんだ。

さっさと負債を減らしたい手前、こんなにお手軽な稼ぎ方は、他にないのに。

彼女の気まぐれに愛想笑いで返していれば、労せず大金が手に入るというのに。




「一応聞くけど、チェンジはなしで、いいんだよね?」


「ユリアちゃん以外はお断り。」



なのに、どうして、私は。

彼女の中身・・が真咲さんだと思うと、真咲さんのためになる方法を選んでほしいと思うのだろう。


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